ク島UR作戦
●35 ク島UR作戦
深夜を経て、おれの腹はようやく決まった。
まずは電探や哨戒機による索敵に重きを置き、敵を一瞬でも早く探知して叩く。空母どうしの戦いは、相手が発艦する前に、甲板を攻撃してしまうことが一番重要だからだ。
そのうえで、今回の作戦目標は敵艦隊の全滅だから、逃げる敵に罠を張り一気に殲滅することにする。
空母赤城の司令官サロンで、おれ、そして山本長官、大石、源田、雀部、小野の六名は、敵の来襲方向や、敵艦隊の陣形、分散形態をさまざまに変えながら図上演習をなんども行い、作戦の確認を行う。
「1400、第二次攻撃開始」
「敵の応戦」
「1500、別動隊の察知」
「1530、敵襲」
兵士たちがおれたちの指示にしたがって、空母や巡洋艦に見立てた駒を動かしていく。
ま、現代で言う、戦略シミュレーションってところかな。
「潜水艦攻撃にて撃沈」
なんどもの演習の末、ようやく満足のいく結果が出たので、おれは時系列に作戦行動をまとめ、最後に作戦名を白いチョークで書いた。
「クエゼリン島裏口撃滅作戦」
「……おい南雲くん、ちょっと長すぎないか。クエゼリンはク島でいいし、裏口ってのも聞こえが悪かろう」
山本さんが苦笑して腕を組む。
「じゃあ、これでは?」
おれは「クエゼリン島」を「ク島」、「裏口」を「UR」と書き直す。
「ク島UR作戦。うん、いいね」
いいのかよ。
「……というわけで、作戦は決まった。まず、おれたちの主力艦隊はクエゼリン島を中心に四島に分散して待機、索敵は各空母から十五機出して行う。敵発見にそなえ、九九艦爆や雷撃天山は先発して待機飛行とする。……空母の甲板はずっと忙しいことになるぞ」
「索敵機は六十機ですか? 少し多すぎやしませんか」
「いや、それでいいんだ。とにかく今回は先に敵を見つけないと話にならない。それに時間の制限もある。今回は原爆実験までの一週間が勝負だからな。今まで培った経験をフルに生かして、索敵を行う。各空母の電探はもとより、航空電探も使ってな」
航空参謀の源田も艦隊の配置を確認している。
「源田。赤城、加賀、蒼龍、飛龍の主力艦隊はいつもの連携守備だ。万が一敵襲があった場合、ただちに他の空母直掩隊が掩護に向かい、全体で防御する」
「わかりました」
「南雲君、われわれの伊四百はどうする? 裏口に向かうなら、もう出しておいた方がいいぞ」
山本さんがまだ置かれていない潜水艦に模した駒を見る。おれはそれを手にとり、指先につまんだ。
「そうですね。伊四百は他の潜水艦に先行して裏口に向かわせましょう。これが今回の、最後のツメですからね」
海図のある部分を示し、駒を置く。
「うん、逃げる敵を潜水艦が叩く。つまり裏口を閉じる……か」
「はい……」
山本さんはじっとその駒を見つめている。
「この先はソロモンにもつながるんです。おれはいずれ米軍はここをとっかかりにして、反抗に転ずるつもりだと睨んでます」
「……よし、わかった! ではヒトマルに出発命令を出そう」
山本さんは決心したように言う。
その後、細かい確認を行い、大石や源田が作戦を時間軸に沿って記録しはじめるのを見て、おれと山本さんは席を離れる。
「ところで、その後大本営からは、なにか連絡はありませんか?」
停戦条件の提示があったあと、原爆実験の中止命令は来ていない。おれとしてはなにがあっても強行するつもりだが、軍令部が富嶽を飛ばしてくれなければそれまでになってしまう。
「あれからはないな。今頃は小田原評定だろう」
大本営はきっとどうするか、ずっと決めかねているに違いない。
「だがないということは、予定通りということだ」
「だといいんですがね」
おれはため息まじりに言った。今はそれを信じるしかない。
とにかく、これで大まかな作戦は決まった。ただし、おれにはまだやることがある。
「では長官、あとをお願いします。おれは一度島に戻ります」
「例の……だな?」
「ええ、そうです。……北のくまさんを説得してきます」
「エナーシャー回せ。」
「前離れ」
「コンタクト!」
曇天の昼下がり、マーシャル諸島の島々に分散した六隻の空母が、一斉にプロペラ音を響かせ始めた。船は発艦にそなえて全速力で風上に走り、飛行甲板には強い風が吹いている。
発艦命令を待つ航空機の姿は、たとえ索敵機であっても、自然と兵士たちの胸を高鳴らせた。やがて、指令室から発艦の許可が出ると、脚止めが外された索敵隊は、つぎつぎに発艦していく。
おれは参謀連中と一緒に、空母赤城の甲板に立っていた。順に飛び立つ零戦、疾風、天山らの索敵隊を、帽を振って見送る。
「小野、情報管理室はたのんだぞ」
ひといきついたあと、通信参謀の小野をふりかえった。
電探と索敵を機動的に運用する今回の作戦は、まさに情報管理室の真骨頂だ。あらゆる情報は――たとえば天気図の情報さえも――すべて赤城の情報管理室に集められ、一元的に分析される手はずになっていた。そのため、今も百名以上の兵士がつめかけている。
「お任せください。島で西村がやってくれているので、自分はこちらに集中できます」
「ああ、アンテナ塔のおかげで遠国との交信もうまくいったよ」
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