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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第一章 真珠湾攻撃編
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あらわれた影二つ

●27 あらわれた影二つ


「ジョセフィンちゃん、寒くないかい?」


「ああ、大丈夫だ……」


 そばにすわる太っちょが小声で尋ねるのを、ジョセフィンは憮然として答えた。


「いらぬ気遣いは無用だ。ワタシはただのファーストメイヤーにすぎない。 捕虜としての粗雑なあつかいはイヤだが、特別扱いされるのも困る。こんな風にな」


 ジョセフィン・マイヤーズは、仲間のみんなが木の床にすわっているのに、なぜか自分一人いるだけが、結構立派な皮の椅子をあてがわれ、おまけに毛布まで渡されているのを、うんざりと思っていた。


「そ、それ日本の兵装かい?似合ってるな」

「……くっ!」


 しかし、周囲の捕虜仲間たちまでが、この扱いを受け入れてしまっているのは驚きだ。日本の兵士たちがジョセフィンを特別扱いするので、自分らもなんとなく気をつかって、ジョセフィンのためにそっと椅子を移動したり、その周囲を一メートルほども空間にして敬意を表したりしている。


 日本兵が、通訳とともに、足音荒く入室してきた。

 ここにいる捕虜全員の氏名を記した名簿を手にしている。


「おまえら、ケガのものはおらんか! 手当が必要なものは今すぐ申し出ろ!」


 通訳がすぐに内容を翻訳して伝える。

 仲間の捕虜たちがざわめいている。


 おずおずと手をあげ、日本兵はそれを受けて、氏名とケガの内容を聞き取り、名簿になにかを書き加えていった。


「他にはおらんだろうな!隠し立てするとためにはならんぞ!」


 偉そうなもの言いは日本兵のアイデンティティーのようなものだ。よくもわるくも、小柄で痩せっぽちな日本人の虚勢が嵩じた尊大さなのだ。


「ふん!ばかなやつらだ。これほど迅速に捕虜を治療してやる軍隊など、聞いたことがない。なのに、あの憎ったらしい言い方はどうだ。もしかして照れ隠しか?」


「くく……ジョセフィンちゃんとそっくりだったりして……」

「な、なんだと?」

 ぎろりと睨まれて、太っちょが首をすくめた。


「へいへい! ケガの治療はいいけどよお!メシはどうなってんだメシは!飢え死にしちまうだろ!」


 突然、前の方の捕虜が立ち上がって、でかい声で叫び始めた。

 背の高い白人だが、軍装の前をはだけてだらしない印象だ。


「おい座れ!」

 名簿を持った日本兵が激高して叫ぶ。


「うるせえ! 英語で話せよチビすけ。それともなにか? おれと勝負してみるか、ええ?」

 思わず、その場にいる捕虜たちが笑い声をあげる。


「キサマっ!反抗するかっ!」

 日本兵は、この室内をもともと警備していた兵士の銃を取りあげ、自分より頭一つ大きいその男につかつかと近寄り、銃剣を突きつける。


「な、なんだよ……」

 思わずたじろぐ白人の男を、日本兵は三八歩兵銃の固い木の銃把で殴ろうとした。


「よ、よせ!」

「……」

 戦友たちが思わず目を閉じそうになる。


 ……日本兵はゆっくりと歩兵銃を降ろした。


「……おれたちもまだ喰っておらん。おとなしく待っておれ!」


 日本兵はどん、と白人を突き飛ばし、座らせると、警備兵に銃を返し、出て行った。


「お、おれたち、どうなるのかな……」

 ジョセフィンの右隣にうずくまる、痩せたヒゲの男が心細そうにつぶやいた。


「安心させといて、銃殺とかないだろうな。おれ、日本人ってすごくずる賢くて恐ろしいやつらだって、この前、資料で読んだんだ。同胞には人情が厚いけど、外人には冷酷で残酷で、おそろしいやつらなんだって」


「もしそうだとしても……」


 ジョセフィンは、いつのまにか自分だけ携行がゆるされた、帝国海軍謹製の布鞄に手を忍ばせていた。


「ただでは死なん」

 彼女は、握りしめていたナイフを、ようやく放すのだった。




 夕暮れになった。


 今日一日、おれたちの艦隊は、ミッドウェーの両島に停泊し、傷ついた飛行機や船体を修理したり、心細くなった油を補給したりして、戦力の回復に努めた。


 おれは自室で、最後の戦いに備え、なにか見落としがないか、どうやってこの戦争を勝利させればいいのか、必死に考えていた。


 あたりまえだが、この世界で、史実と知識のバックボーンを持っているのはおれしかいない。

 この艦隊を動かして、戦いを勝利に導くことが出来るのは、おれだけなんだ。



 ……見たところ、このミッドウェーにはあんまり飛行機が残っていない。

 つまり、まだレキシントンには満載の、艦載機七十八機が、まるまる乗っていることになる。


 一方、おれたちの空母艦隊の飛行機はもう無傷なものが百機ほどしかない。応急修理しても使えるものは全部で百二十機ほどだろう。それで勝てるのか?


 いや、それより、もし敵の接近を見落とし、今夜、寝こみを襲われたら?

 あのオパナで奪取したレーダーは、ちゃんと稼働してるのだろうか?


 ミッドウェー海戦の史実で、大日本帝国の空母をすべて葬ったあの有名なドーントレスが、停泊中のこの艦に急降下爆撃をしかけてくるところを想像し、おれは思わず身震いする。


 それに、この戦いを切り抜け、レキシントンとその護衛艦隊をみごと破壊できたとしても、問題はそのあとだ。


 局地戦をいくら勝利しても、結局、アメリカの工業力には勝てない。

 緒戦を有利に勝利したとしても、アメリカはけっして講和に応じたりしないだろう。


 日露戦争のときのような、他国の仲介による早期講和は、この戦いでは実現しようがない。なぜなら、1941年6月にドイツがソ連に攻め込んだ段階で、スターリンは日本との両面戦争を嫌い、日米戦争を強烈に望むようになっている。講和の仲介なんか、絶対にするわけがないんだ。


 そのうえ、アメリカは太平洋を渡ってアジア、とりわけ中国での権益を狙っている。


 この時代まで、アメリカの国論はモンロー主義、つまり同盟相手をつくらず唯我独尊中立を貫く、というものが中心になっていた。しかしルーズベルト大統領とその一派は、それをどうにか覆し、対日戦争へと導きたいという思惑がある。そのため日本への経済封鎖や資産凍結をし、ついにはハルノートという挑発ともとれる最後通牒をつきつけた。


 それに、まんまと乗ってしまったのが、この真珠湾攻撃だった。


 ……やっぱ、アメリカの国論を分散させるしかないか。


 おれはそう考えていた。

 あのモールスによる宣戦布告や、ミッドウェーへの攻撃宣告もそのための思いつきだった。


 アメリカは自由主義で、いろんな考え方の人間がいる。

 本来そういう国柄では、国論が二分されやすい。


 共和党と民主党の二大政党政治体制もそうだし、南北戦争だってその延長線上なんだ。


 だから、この戦争を早期終結させるには、親日派を生み、対日厭戦気分の世論を生み、国論を多様化させなければならない。この大日本帝国の複雑な一面を見せ、アメリカにとって戦争の継続が大きな損失になることを教えてやらないといけない。


……実際、あいつら大損してるんだよなあ。


 第二次大戦によって、アメリカは中国での権益を失い、ソ連の台頭を許し、アジアの独立を招き、その後大きな費用をかけてそれらと戦っていかねばならなくなった。つまり大損してるんだ。


 アメリカの国論を二分させるためには……?

 そして西欧諸国連合を割るためには……?


 おれはともすれば心細くなる自分を奮い立たせて、必死に考え続けた……。




 「……あれ?」


 「どうかした?」


 「オーテ!」

 「ソコハ、ヒシャガキイテルヨ」

 「オーマイガ!」


 駆逐艦不知火の甲板にある移動式レーダー車両の中、ウィリアム・ショックレーとドリス・ミラーは、小野通信参謀と坂上通信参謀から習った将棋に夢中になっていた。


 レーダーの操作はもうすっかり習熟した小野と坂上がやっている。


「これを!小野参謀!」

「ん?」


 坂上が緑色の点々がオシロスコープに映るのを指さした。


「さっきまでなにもなかったんですが」

「ん……これか?」


 二人は将棋に講じるアメリカ人を振りかえった。


「ウィリアム先生、ちょっといいですか?」

「なんだね?」

 ウィリアムが顔を上げる。


「あの、これ見てください」

 坂上が指さすその部分に、ウィリアムが顔を近づけた。


「OH!よくやったキミたち!」

「エ?見つかった?」

 ドリスも顔をあげてオシロスコープを見る。

 ウィリアムは左手を腰にやり、右手で坂上の肩を抱いた。


「諸君、おめでとう!君たちの迷子艦隊は発見されたようだ!」

「小野参謀!」

「よし!すぐに司令部に知らせを……」

 小野が鉄の扉を開けようとしたそのとき、


「……お前らの迷子はもう一人いるのか?」


 ドリスがなにげないようすで言った。

「……え?」

 小野がぎくりとしてドリスを見た。


「いま、なんと?」

 ドリスがオシロスコープの別の部分を指さした。


「ホラ、ここにもいるぜ?」

「えっ!」

 見ると、画面の隅の方に、もう一つの点々が、うっすらだが確かに見えていた。

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