動き出す超空の要塞
●32 動き出す超空の要塞
「以上が上奏の骨子である。戦争遂行のためには国家が一体となり、陸海、内閣の枠組みを超えて共闘せねばならん。このため、大本営にすべての権限を集約し、事を進めるべく……」
「あいや、お待ちください」
めずらしく東條首相の弁を遮る形で、永野修身が口を開いた。
東條はジロリと睨みつける。
「永野軍令部総長、なにかな?」
「は。上奏の骨子ならびに三項の趣旨については、大変結構かと存じます」
笑顔で答える永野の言葉に、東條が頬をゆるめる。
「ほう、賛同してくださるか」
「はい。そこに否やはございません。ただ……」
「?」
「少し委細に疑問がありますゆえ、お尋ねします。まず、ここで言う、大本営とはなにを示されるのでしょうか。われわれの理解によりますと、すなわち陛下を頂点とする、陸海軍幕僚と内閣の総意であると存じますが、いかがでありましょうか」
それはこの場にいる全員が知っていることだった。戰時大本營條例はもともと明治二十六年に、海軍大臣西鄕從道と、陸軍大臣大山 巖にむけ天皇陛下が裁可して発布、その後二度ほど改正されているが、つまりは陸海幕僚と内閣による合議制の組織なのだ。合議制であるがゆえに、これまで海軍が主導してきたものに対して、そこに陸軍の介入を認めることになる。
「その通りである」
東條が憮然としてこたえる。
「ならば、お聞きしたい。まず第一に、今後の捕虜の返還交渉には陸軍の捕虜も含まれるのでありましょうか。第二、原爆とあわせて、今後陸軍にて開発される新兵器の実験もそれに含まれるのでありましょうか。第三、南雲に限らず、今後陸軍人事に関しても大本営にて審議または答申するのでありましょうか。以上、お答え願いたい」
「むろん、そうなるでしょうな」
杉山元が口を開いた。
「ほう……」
「現在、捕虜の返還は、戦線の局地的停戦と交換にて行われておる。これに陸軍が捕獲した捕虜を含めるのは当然と解する。また、原爆に匹敵する驚異的な新兵器が生まれ、あるいは南雲忠一に匹敵する傑出した陸軍軍人が出るならば、その扱いを大本営にて決することは、至極当然であると思われる」
杉山の弁は重い。陸軍参謀総長の彼は、海軍軍令部総長の永野といわば同格だ。その彼が言うのならば、きっと守られるだろうと、この場にいる誰もがそう思った。
だが、永野はさらに食い下がる。
「では、捕虜はいいとしまして、さらにお伺いします。たとえば新兵器が生まれたとして、それが原爆に匹敵するや否や、という判断、または傑出した軍人が排出したとして、それが南雲に匹敵するや否や、という判断は、いったい誰がするのでありましょうか。それも、大本営の決定によりましょうか?」
「法理からして当然そうなりますな」
杉山に代わって、こんどは鈴木貞一が答えた。東條や杉山もうなずいている。
「……では、最後にもう一つだけ、お尋ね申します。この上奏に際し、原爆や南雲そのものが、その審議に匹敵するや否や、遡上に乗せるや否やという審議は、いつされたのでありましょうか。重大な武力を大本営管理とするという、趣旨には賛同いたしますが、その原理原則として原爆が脅威の新兵器かどうか、南雲が傑出した軍人であるかどうか、その審議がまずあってしかるべきと解しますが、いかがでしょうか」
「!」
全員が永野の尖った禿げ頭を見つめ、その真意をようやく悟った。この知性の怪物は、この審議の根本に重大な欠陥があることを見抜き、それへ周到に誘導してきたのだ。
「なにを言う。今日はその審議のために、こうして集まったのではないか」
東條が思わず怒りをあらわにする。
「……で、ありますか。では、原爆や南雲の扱いに関する事項はまだ決定ではないと?」
「決定ではない」
「これから検討するのですな?」
「くどい!」
東條が机をパン、と叩いた。
「その前に、私からひとつ申し上げたいことがある。海軍の原爆管理不足についてだ」
杉山が発言する。
「朝鮮において原爆を輸送中の列車がなにものかに襲われ、これを奪取されかけたとの報が入っておるが、これはいかなる仕儀か」
「なん……ですと?」
東郷外務大臣が声をあげる。
「幸い、陸軍が護衛していたため、ことなきを得たが、もしも強奪されていたら、こんな検討をするどころの騒ぎではなかった。海軍は抜かりを認めよ。これが海軍から原爆管理を取り上げる理由のひとつである」
「それならば……」
永野総長がにっと笑う。
「原爆の行方はいかに?」
「陸軍で厳重に保管しておる」
「では、輸送の途中で、この件の音信が途絶えたのは?」
「急襲を受けたゆえの判断である」
「ええい、原爆は無事なのか無事じゃないのか、どっちなんじゃ」
「無事だ」
「無事ですよ」
東郷外務大臣が半ば立ち上がって聞くのと同時に、杉山と永野が声をそろえた。
しばらく沈黙が訪れる。
「……陸軍さんがお持ちの原爆はニセ物です」
それまで発言していなかった嶋田海軍大臣が口を開いた。
「なん……じゃと?」
「輸送中に急襲の報はわれわれにもあった。それゆえ、出立前に急遽取り替えたそうだ。その後その旨をお知らせしようと何度も連絡したが、返事がなかったゆえ、今にいたったと聞いておる」
「キサマら……」
忌々しそうに眉を吊り上げる杉山を見て、これ以上の深堀は不利と見た東條がため息をついた。
「まあいいではないか。原爆が無事なら。……それより、審議をすすめよう」
「かように……」
永野が続ける。
「原爆が管理を要とする新兵器でありますことは自明でありますが、この際、投下実験まではこのまま海軍にて進めさせていただくのはいかがでありましょうか。つまり、現在の原爆と、今後の原爆を切り分け、現在のものはたちまち投下実験にて消費されるものであるからして、いたずらに管理を復元化するよりは、このまますすめさせていただくほうが妥当であると、存じますが、いかがですかな?」
「……う、うむ」
東條も杉山もこれには黙るしかなかった。
「では、南雲の件はどうか」
鈴木貞一が問うのを、嶋田大臣が腕組みをして答える。
「ありゃあ、アメリカが終わったら、退役して中学校の教師になると言っておる」
「ま、まさか……」
杉山が言いかけて、淀む。なにやら思い当たるフシがありそうだ。
「なるほど。馬を水場に引っ張ってきても、水を飲ませることができるとは限らんのじゃな。それは仕方なかろう」
東郷外務大臣がそう言ってうなずく。永野が頭を軽くさげた。
「その前提で、辞令を発するのであれば、賛同いたします。……ま、南雲とはよく話し合う必要がありそうですがな」
アメリカ合衆国、ハワイ沿岸。
とつぜん大空に轟音が鳴り響いた。
ひそかに小さな漁船で諜報活動をしていた日本の諜報員が、あわてて釣り竿を放り出し、双眼鏡を目にあてた。そこには銀色に光る巨大な航空機が三機、編隊を組んでオアフ島の方向からやってくるのが見えた。
高度はよくわからない。空はいたって快晴なのだが、雲がないので逆にわかりづらくなっている。その銀色の飛行機は、丸い機首を持ち、銃のようなものも突き出ているから、軍用機には違いなさそうだ。
しかし、だとしたら今までにみたことのない機体だ。少なくとも昨日までは見た覚えがないから、もしかすると、夕べの深夜か早朝のうちに配備されたのかもしれない。
それにしてもなんという大きさだろうか。エンジンが四発で胴が太い。たぶん輸送機か爆撃機だ。ぐんぐんと高度をあげながらゆっくりと旋回している。なにかの訓練だろうか。
諜報員はしっかり目に焼き付け、すぐに無電を打ち始めた。海の上ならば、発信源をつきとめられてもすぐに逃げおおせることができる。
ただ、緊急の通報ゆえに、暗号化は間に合わなかった。大日本帝国の新しい暗号はあまりに難しく、時間がかかる。一刻も早く連絡して、この場を逃げ出したいのに、それはまずい。仕方なく、暗記している以前の暗号で送信をすませる。
ほっとして無線機を船体に隠し、漁船を動かそうとしたとき、背後から警備艇が近づいてくるエンジン音が聞こえた。
「スタップ!ホロアーープ!」
兵士の怒号が聞こえる。……くそっ!捕まったらおしまいだ!
諜報員は無線機を放り出し、ゆっくりと両手をあげた。
警備艇のエンジン音がしずかになり、だんだん接近してくる。
諜報員が手を上げたまま後ろを振り向くと、警備艇の甲板に銃を構えた兵士が二名、こちらを狙って立っていた。
「すまねえ、おいらあ釣りが好きでさ」
現地なまりを入れて話す。もちろん東洋人の顔つきだが、ハワイには開戦前に三十万人もの日系人がいたし、収容されていない混血村民がいたとしても、少しも不思議じゃない。
先頭にいて警戒する兵士は、じろじろと諜報員をながめた。
漁船とおぼしき小舟には、漁民らしき人間が一人。だが、その足元には……無線機と、双眼鏡。
(まずい!)
諜報員はばっとひるがえり、高速エンジンに手をかける。その瞬間、兵士たちの銃が火を噴く。
バンバンバンバン!
血まみれになった諜報員がよろめき、海上に落ちるのを見て、兵士たちはようやく銃を降ろした……。
ここのところ地味なシーンばかりで誠に恐縮です。これから徐々にヒートアップしてまいります。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




