おれ氏、大本営に狙われる
●31 おれ氏、大本営に狙われる
おれは仕方なく半笑いになる。
「と、とにかくエンタープライズは曳航しますが、その破壊写真とかをばら撒くのはどうかと思いますね。ホラ、よく言うでしょ? まことの武士に情けありって。鹵獲した敵の元旗艦を原爆の目標にするのは、どう考えても情け知らずですぜ?」
「だからその代わりにだね……」
言いかけるのを、苦笑して抑える。
「とりあえず老朽艦はトラックから出すとして、まだ一週間ありますから、じっくり考えましょう。武士の国たる日本らしいやり方をね」
山本さんはそう言われては返す言葉がない。彼がこういうサムライ問答に弱いことは、おれはよく知っていた。
「さ、宿舎にご案内します。ちゃんとした通訳も呼んだので、ご自由にドイツやソ連と情報交換してください。連中、なかなか面白いですよ……」
兵士を呼んで案内を指示する。山本さんはしぶしぶ立ち上がり、その案内にしたがった。
(さて、と。おれも西村のアンテナでもチェックするかな?)
おれは現場へ向かうことにする。
クエゼリン島にドイツ、ソ連、そして山本長官が揃い、とにかくこれで原爆投下実験の準備は整った。あとは富嶽がまちがいなく原爆を積み込んで、出発さえしてくれれば、あとはビキニ環礁の周囲で観測を詳細に行い、それを世界に発信するだけだ……。
ここは大日本帝国。東京都、立川。
首都近郊でありながら、西に大岳山を望む、自然豊かな山のふもと。
周囲二キロにおよぶその場所には、さまざまな自然がそのまま残り、まるでおとぎ話に出てくる森のようだ。生い茂る草花を食べに野生のシカが顔をのぞかせ、緑の木立には小さな鳥たちが、思い思いに羽を休めている。
だが、目に映る景色がいつでも真実とは限らない。
近隣に住まう人々は、近寄ることを軍に禁じられていたし、金網と鉄条網で囲われたその敷地の中に、不穏な空気はすぐに見てとれた。
目を凝らせば、湿った陰には銃を持つ兵士が佇んでおり、塹壕らしき穴や、草に覆われた大砲もある。それどころか、いたるところに特殊な電線まで張られていて、どう見ても、危険な場所だ。
その危険な敷地の奥。小高い丘にそびえたつ電波塔から五百メートルほど離れた場所に、一辺が百メートルほどもある、コンクリートでできた建物があった。
「海軍さんはまだかね?」
建物の手前に停車した黒塗りの車から降りてきたのは、陸軍参謀総長、杉山元である。むろん出迎えに立つ兵士は、馬面に黒い丸メガネの山縣喜八だった。
「は。まだ来られておりません」
「嶋田はんも、永野さんも来るんじゃろ?」
杉山はでっぷりした腹を抱えて、歩き出す。
「は。間違いごさいません」
山縣は杉山の鞄を持ち、砂利道を先導する。
「今日は戦後のタズナをどっちが握るかを決める重要な日じゃからな。そのために……」
ぶつぶつ言いながら、二人が建物の中に消えていくと、別の車両も次々に到着してくる。
姿を現わしたのはさっき杉山が口にした面子と、政府の首脳部たちであった。かれらは受付をすませ、建物の地下へとエレベーターで降り、広い会議室へと入っていく。
刺繍の入ったテーブルクロスには、それぞれの席に氏名の書かれた名札が置いてあった。
内閣総理大臣兼陸軍大臣 東條英機
海軍大臣 嶋田繁太郎
外務大臣 東郷茂徳
陸軍参謀総長 杉山元
海軍軍令部総長 永野修身
企画院総裁 鈴木貞一
彼らは向かいあった三人ずつのテーブルに分かれて座る。入口から見ると、右の列の一番奥が東條、その手前が杉山、もっとも近いところには鈴木である。むかって左のテーブルには、奥から嶋田、永野、東郷という順になっていた。
「いや、これは涼しいね。無窓で風の通らぬ夏の地下室というのに、この部屋は実にひんやりしている」
開口一番、帽をとった永野海軍軍令部総長が、軍服のつめ襟を閉めながら言った。
「ルームクーラーの設備があるのじゃろ」
嶋田海軍大臣の声にみんながおお、と声をあげる。
「さすがは陛下をお迎えする建物ですな」
満足そうにメガネの鈴木貞一が言うのを、
「なるほど。ほれ、あそこにあるのが空気口ですな」
と、痩せた身体の東郷外務大臣が嬉しそうに指さした。
「うおっほん!」
首相の東條がわざとらしく咳払いして、会議が始まった。
「忙しいところ、よう来てくれた。今日は来月の御前会議を前に、お上に上奏申し上げるわれわれの意見を一致せしめるため、来てもらった。こういう時世柄、中には腹に据えかねることもあろうが、陛下と国民のため、どうか一同のご了承願いたい」
ぐっと眼鏡の奥の目を剥き、みんなを睥睨する。
「じゃあはじめるとするか。杉山参謀総長」
「は」
杉山は懐から半紙をとりだし、読みはじめる。一同は静かに目を伏せ聞いている。
「まずひとつ。戦争完遂を目的として挙国一致の体制をとるため、今後は大本営を中心とした外交体制とすること。そのため、現在外務省を通じて行いたる戦争捕虜の返還交渉は、今後は大本営に一本化すること」
外務大臣の東郷が『えっ』という顔をする。すでに挙国一致は喧伝されていたが、内実は陸海の綱引きだ。ただし最近は徐々に海軍の発言力が増している。捕虜の返還交渉もその一つで、今までは海軍と外務省が主な窓口となっていた。
「つぎに、現在南洋マーシャル諸島において、海軍主導により行いたる原子爆弾の投下実験を、今後は大本営の管轄となすこと。投下に使用する航空機ならびに航空士、および原子爆弾は、暫定として陸軍の管轄とすること」
嶋田と永野は顔を見合わせる。
「最後に、海軍の南雲忠一を対アメリカ戦線より大本営作戦指導部に転属させ、今後の戦争準備に資すること」
いつもご覧いただきありがとうございます。南雲ッち、島で悠々原爆実験していたら……。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




