アレな停戦戦略
●30 アレな停戦戦略
クエゼリン島の南港には、現在ドイツのUボートとソビエト連邦のS型潜水艦という、二隻の潜水艦が停泊している。
この湾は左右を二本の桟橋で区切られており、その間に二百メートルほどの停泊スペースが設けられていた。遠くにはおれたちの艦隊が、黒い小山のように点々と浮かんでいる。
「おー来た来た!」
海の向こうから護衛の疾風が低空でやってきて、湾を旋回して航空基地へと翔んでいく。その直後、港からわずか数百メートルの沖合に、巨大な四隻の伊四百號が、威風堂々たるその雄姿を海中からあらわした。
ザバアアアアアアア!
「UOOOOOO!」
(たく、派手好きだねえ……わざわざそこで浮上するのかよ)
Uボートの乗組員たちも、S型潜水艦の乗組員も、みんな甲板に出てほとんど戦艦にしか見えないその巨体を見守っている。その笑顔にいくばくかの敬意を感じるのは、同じ潜水艦乗りの親近感か。
苦笑するおれの目の前で、四隻の船は徐々に横ならびになり、桟橋に停泊中のドイツとソ連の間に静かに入港してくる。それは艦と艦の間が二メートルもない、名人芸のような航行だった。
スクリューをまわし、慣性で航行したのち、タイヤのぶら下げられた木の桟橋の手前で逆回転をかける。
一番右の艦がまず停泊し、その後順に滑りこんできた。
最後の艦が接舷したころには、右端の艦のハッチが開き、砲塔の向こうから銃を持った兵士が油断なく顔をのぞかせる。
ややあって、上機嫌の山本さんが姿をあわらわした。
「よお!」
真っ白の軍装に帽子をかぶり、なかなかの男ぶりだ。おれは桟橋から敬礼をし、なつかしい笑顔を見あげる。
まあ、この人もいろいろ問題あるけど、堅物の大日本帝国にあっては、数少ない先進的な人間と言えるよな……。真珠湾攻撃は失敗かもしれないし、史実の方はその後の戦争戦略だってまずい部分があるけれど、とにかく日本をリードしたひとかどの人物だ。
それに、この世界線でのおれが、ここまでやってこれたのは、この人の理解あってかもしれないね。思えば最初から勝手な行動ばかりしてきたおれに、ほとんど叱責らしい叱責もなかったのは、この人のおかげだろう。
おれは小走りになって、恐縮している伊四百のお乗組員から率先してロープを受けとり、桟橋の兵士へと渡す。四隻の伊四百は連結され、それぞれ往来が可能となるアルミ製の板がかけられる。
おれは山本長官が立つ甲板に手をのばした。
「ようこそクエゼリン島へ」
「すまん」
上陸しながら、開口一番、バツの悪そうな顔をする。
「え? どうしたんです?」
「いや、どうしても歴史的瞬間をこの目で確かめたくてね。君の邪魔をする気はなかったんだが……」
「いえいえ……」
あらためて陸に降り立った山本さんと握手をかわす。
「それにしても豪気なもんだな。この並びは。ソ連とドイツは仲良くやってるのかね」
後ろを振り返る。
湾内には、参加国の潜水艦がずらりと並んでいる。左から順にS型潜水艦、そこから順に伊四百が四隻あり、一番右端はUボートだ。
「なんとかやってますよ。ヒトラーが見たら気絶するかもしれませんがね」
「わはははは。そうだな」
うおおおお、っという声があがる。
驚いて周りを見ると、独ソの艦から歓声があがっていた。
「YAMAMOTO!」
「YEEEE!」
「DAFUR」
やんやとはやし立てる独ソの兵士たちに、潜水艦の上官たちが慌てて大声をあげ、整列と敬礼をさせている。山本さんはにこやかに帽子を振り、若い両国の兵士たちに応えていた。
強い風が吹き、山本さんは目を細める。
「さ、長官、つもる話は基地で。これからの予定をいろいろご説明します」
「ときに南雲くん、エンタープライズは受け取ってくれたか」
港湾部の基地建物に入って、氷で冷やしたお茶を一口飲んだ山本さんが言う。 ここは基地の二階にある会議室だ。今日のように天気の良い日には窓からは海岸が一望できた。
「ははあ、アレはやっぱり長官のアイデアなんですね」
「うん、老朽艦を選べと言われて、ふと思いついた。兵隊の士気もあがるし、アメリカは意気消沈する。……名案だろう?」
得意そうに坊主頭を撫でている。
「どうですかね。アメリカとの停戦講和を見すえたこの時期としては、ちょっとやりすぎではないですか?」
「戦争にやりすぎなぞ、ないぞ」
「今はデリケートな時期なんですよ」
「でりけいと……?」
「だって、原爆投下実験まであと一週間ですよ? おれたちが原爆実験をわざわざ公開でやるのは、威力を世界に示して抗戦の意欲を失わせるためでしょう? 敵空母艦隊の旗艦を沈めるのは逆方向ですって」
「そうかね。……ところで、そういう君なら、わかってくれると思う作戦があるんだがな」
「ほう」
見れば山本さんが悪い貌をしている。
「伺いましょう」
「こっちがエンタープライズを沈める代わりに、老朽艦を差し出すってのはどうだね? ちょうどトラックに適当なのがあるんだ」
「差し出す……」
山本さんはうん、とひとつうなずいた。
「俺だって馬鹿じゃない。そろそろ停戦講和への布石を打たなきゃならんことぐらいわかっている。こっちが原爆実験をやって引き上げる際に太平洋に老朽艦をいくつか残して、それをアメリカに破壊させる。そうすれば連中の顔もたつだろう。現在捕虜開放の窓口になっているグルーにその旨を打診させてみる手はどうだ?」
グルーとはかつてのアメリカ全権大使だ。開戦後も日本に留め置かれて、今は捕虜返還交渉の窓口になっている。
それにしても……。
う~ん、つまんないな。
ヤンキー魂の象徴みたいなエンプラと、老朽艦が同じになるわけないよ……。
あと一週間。山本さんは怪しげな作戦を提案し、日米それぞれの思惑がぎりぎりのタイミングで交差します。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




