西からの珍客
●28 西からの珍客
「電探反応って、今度はなんだよ……」
ぶつぶつ言いながら電話に出る。この島の各基地や設備には、すでに電話網が整備されているので、連絡はいたって便利だ。ベルさんありがとう。
『……小野です』
「南雲だ。電探反応はどの方向だ?」
『はッ。西の方角、距離百マイルの海上です』
西?海上?
当然、アメリカは東にある。日本は北だし、オーストラリアは南だ。西にはトラックしかないはずだが……。
「わかった。とにかくすぐに戻る」
あわてて車に乗り、港へと急ぐ。
大発動艇に乗り、空母赤城にもどったとき、艦橋は奇妙な大騒ぎに包まれていた。
「わはははは、これは愉快だ」
「あれが吹っ飛ばされるのか!」
「大本営もやりおる!」
大石や源田もなぜか上機嫌で、おれの顔を見るとうれしそうにやってくる。
「この騒ぎはなんだ?」
「司令官、エンタープライズがきよります」
「は?」
大石の言うことがわからず、おれは思わず聞き返す。
「エンタープライズって、あの?」
「そうです。われわれが鹵獲した、あの空母エンタープライズですよ。原爆実験の中心地に置いて、破壊実験に供することが決定したそうです」
「マジか……」
てっきり戦力に転用するものとばかり思っていたおれは、ちょっと呆然としてしまう。構造の調査がすんで、費用の掛かる改修をするよりは、原爆実験の象徴として壊してしまえ、ということだろうか。
「小野、大本営からの無電はあったのか?」
「はい。たった今まいりました。哨戒機からも報告があり、電探反応は間違いなくこれのようです」
小野が文面を読み上げる。
「「大本営・山本五十六発 南雲忠一 かねて鹵獲しトラックにて停泊中の米空母エンタープライズは、投下中心海域に置き威力の確認に供するためすでにト島を発す。まもなく現地に到着予定なれば実行班は引継ぎせよ」」
ああ、なるほど……山本さんか。彼なら考えそうなことだよ。
でもいいのかね……?
あんまりアメリカを馬鹿にしすぎると、停戦に響かないか?
史実でも、ビキニでの核実験には日本の艦艇がたくさん置かれたが、それは終戦後だったし、これほど象徴的でもなかった。
結局は民衆が議会や大統領を動かすアメリカに、エンタープライズを原爆で撃沈させて、その映像や写真を世界に公開なんかして、激怒させないか……。
「アメリカは相当頭に来るぞ」
「ですなあ。大統領は泡ふくんちゃいますやろか」
大石の一言に、また、ひとしきり笑い声が響く。
(うーん、まあ、あとは山本さんと話すしかないか……)
まだ湧いている艦橋指令室を前に、おれはちょっぴり不安を覚えるのだった……。
こちらはジョセフィン・マイヤーズである。
マッカーサーの命令どおり、B29の五日以内の納品を承諾させたはいいが、彼女にはまだやらねばならないことがあった。
「おかえりなさいマイヤーズ少佐」
基地につくとみんなが笑顔で迎えてくれる。
当初は――どこでもそうであったように――ジョセフィンの存在自体にとまどい、中には著作を持つ単なる象徴的存在だと思っていた連中も、その圧倒的な処理能力とマッカーサー司令官の信頼を勝ち得ているようすを見るにつけ、その反応はすぐに敬意へと改められた。おかげで、最近はちょっとした仕事を依頼するにも、ずいぶんスムーズにことが進む。
「閣下は?」
副官としてつめているマッカーサーの部屋に在室のマークがないことを見てとり、ジョセフィンは作戦課の若い兵士にたずねる。
「お食事です。また戻られるとお聞きしております」
「そうか。今日も遅くなるわけだな」
ワシントン州の夏は明るい。すでに十九時近くになっており、帰っていても不思議はなかった。とはいえ、南西太平洋方面最高司令である彼は基地の中に官舎があり、食事をすませてはまた帰ってくるのが日常だった。
「ではワタシもピーナツバターのトーストを食べてこよう」
真面目に言ったつもりが、くすりと笑われてしまう。ジョセフィンはぷいっと横を向き、なにごともなかったようにその場を離れる。
食堂に行こうとして、ふと気が変わった。
(待てよ。これはいい機会だ。こちらから寄ってみるか)
マッカーサーの官舎は基地から二キロほどの距離にある。歩くのは遠いし時間の無駄だ。さりとて軍用車を調達するのは憚られた。
基地建物を出て、移動に使われている自転車をとりだす。サドルをいっぱいに下げ、それでも足がつかないのでフレームにまたがって立ちこぎでなんとか走り出した。
もう外は薄暗い灰色になっている。訓練の兵士たちもなく、今はただなにかを運んでいるジープが追い越しざまに冷やかしの言葉をかけてくる。
居住エリアの門番に、身分を告げてマッカーサー宅への訪問を告げると、芝生の向こう、一番近い場所にその白い建物はあった。
窓はしっかりカーテンに閉ざされ、外からはうかがい知ることができない。ジョセフィンは家の前に自転車を立て、玄関への数段を昇った。
ノックを五回する。三回は速く、二回は少しゆっくりと。
ジョセフィンは誰に言われるまでもなく、執務室へのノックにいつもそうやって自分を知らせてきた。
「どなた? ……あら!」
ドアを開けた妻のジーンが驚き、ついでぱっと笑顔になる。彼女は美しい茶色の髪を後ろでまとめ、薄い白のブラウスに、膝下までのスカートを履いていた。
ジョセフィンは帽子をとる。
「ジョセフィン・マイヤーズ少佐であります。閣下に火急の報告があり失礼ながら参りました」
「ええ、知ってるわよ。よくいつもダグが噂してるから。さあ、入って!」
簡単に招いてくれる。
玄関を入ると、すぐにテレビやソファーの置かれた広いリビングがあって、座るように勧められた。ジョセフィンが腰を降ろす間もなく、奥から声がかかる。
「こっちへ来たまえマイヤーズ少佐」
ジョセフィンは立ち上がり、奥の食堂に通じる開けはなたれたドアの手前で立ち止まる。
「いえ、お待ちしております」
「食事は?」
「すませました」
「そうか……では、お茶でも飲んで待っていてくれ」
ドタドタと足音がして、小さな男の子が階段を降りてくる。フィリピン生まれのアーサーだった。たしか、今はまだ四歳だったか。ジョセフィンを見て立ちすくみ、おずおずと通り過ぎようとする。
「アーサー、はじめまして。ワタシは父上の部下のマイヤーズだ。よろしくな」
「……ハイ」
ジョセフィンにしてはめずらしく背を屈め、軽く右手を差し出すと、アーサーは照れくさそうに応えた。
出されたお茶を飲み、しばらく待っていると、妻のジーンが食器を片付けはじめたので、率先してキッチンへ運ぶのを手伝う。汚れた皿をすべて積みあげると、ジーンが手を洗いながら言った。
「ありがとう、もういいわ。主人が食堂にいらしてと言ってるのでどうぞ。私とアーサーは二階にいるから、なにかあったら声をかけてね」
「ありがとうマッカーサー夫人」
「ジーンでいいのよ……ジョセフィン」
「ありがとう、ジーン」
食堂に入ると、マッカーサーはシャツの前をはずし、一番奥の席に座っていた。マドロスパイプに火を点けている。
「めずらしいな。君がうちにまでやってくるとは」
一服して、背を椅子にもたせかけながら言う。ジョセフィンは軽く敬礼をする。
「お食事を邪魔して申しわけありません。火急の報告とご相談がありましたゆえ」
「君のことだ、よほどの要件なんだろう。座りたまえ」
ジョセフィンはマッカーサーからは一番離れた、ドアに近い席にたたずむ。
「ドアを閉めても?」
「むろん」
ドアを閉め、椅子にその小さな腰を収めると、マッカーサーが口を開く。
「ボーイング社のことかね?」
「いえ、開発担当役員のダニー・ローマンが三機ならと五日以内の納入を約束しました。明朝から基地のエンジニアを出向させ、引継ぎと検収を行います。ボーイング社へは負担増の補償をワタシの一存で約しましたが、よろしかったでしょうか」
「むろんだ。……で、用件はそれかね?」
「いいえ閣下。実は失礼とは存じましたが、B29スーパーフォートレスの作戦について進言がございます」
「言ってみたまえ」
マッカーサーはパイプをくゆらせ、天井を見つめた。
そう簡単にはいかない原爆実験のようです。ジョシーの狙いはどこに? ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




