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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第六章 原子爆弾編
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合衆国最後の抵抗

●26 合衆国最後の抵抗


 南雲がまだマーシャル諸島を目指して航行していたころ……。


 与えられた職務を忠実にこなし、ようやく温かいお茶を淹れようとたちあがったジョセフィン・マイヤーズに、マッカーサーが声をかけた。


「マイヤーズ少佐、ちょっと来てくれ」

「なんでありましょうか」


 ジョセフィンはマッカーサーの執務机に向かう。


 開け放たれた窓からは気持ちの良い風が吹きこんでくる。ジョセフィンの金髪が揺れて、肩ごしにふわっと流れた。


「日本がついに原爆実験に成功したようだ。次はマーシャル諸島で投下実験を行うと言っている」


 椅子をくるりと横に向け、ジョセフィンから半身になる。むろん彼女はそのニュースを知っていた。マンハッタン計画には関わっていないが、核エネルギーの研究者であり、アメリカ各地でその啓蒙を引き受けてくれたアインシュタイン博士から、早暁電話をもらったのだ。


「日本が原爆を完成させたのですか」


 とぼけて聞くジョセフィンに、マッカーサーが苦虫を噛みつぶしたような表情で答える。


「そうらしい。詳細なレポートが各国大使館と新聞社に送られてきた。それによれば地下で爆発した原爆のエネルギーは、TNT火薬一万トンを超えるそうだ」


 ジョセフンにはそれがどのくらいの威力かはわからないが、一トンの爆弾が百人を殺すとしたら、一万トンは百万人を殺す、ぐらいの計算はできる。


 ジョセフィンは慎重に老司令官の言葉を待つ。


「日本が次なる原爆投下実験をマーシャルで行うという宣言は、わが合衆国にとってさらに深刻な意味がある。すなわち、やつらは長距離爆撃機によって、原爆を世界中のどこにでも投下できる証明をするのだよ。この意味が分かるかね?」


「先日、西海岸で撒かれたビラが、今度は原子爆弾になる」


「そういうことだ。今朝の新聞には早くも厭戦の声が載りはじめている」


 ぽん、とニューヨークタイムズの紙面を机に置いた。いくつかの記事が赤い鉛筆で囲まれており、そこには日本の原爆実験に関する記事と、それに関連する署名記事が多数よせられていた。


『日本、原爆実験に成功』

『勝てない戦争――海を知る国と知らない国の差』

『英国はすでに停戦へ。わが国の無策』

『軍需産業の犠牲になる若者たち』

『原子爆弾の恐怖。地下シェルターのすすめ』


 半年ほど前まではあれほどリメンバー・パールハーバーと叫んでいた人々も、ナチスが暴れまわる欧州のニュース映像や、ある日突然、訃報が届けられる家庭の悲しみ、ふと聞く知り合いの不幸から、この戦争が負けていることに気づき始めていた。


「民衆だけではない。大統領や顧問団、議会の一部も、日本との戦争継続には一定の疑問を呈しはじめている。日本は戦線を拡大せず、捕虜の解放と各地の停戦を交換しはじめた。そこへ停戦講和を示唆するビラがまかれ、さらに原爆のニュースだ。君も知っての通り、原子爆弾についてはわれわれもマンハッタン計画を進め、開発しているが、残念ながら、彼らの後塵を拝しているのは間違いない……」


「……」


「太平洋をあずかる身として、奴らの投下実験だけはなんとしても阻止せねばならん」


「閣下、追い詰められたわが軍の現状は把握しましたが、このワタシになにをしろと?」


 ジョセフィンがふてぶてしい笑顔になる。こうなると年齢とは関係なく、この若き将校には知性の迫力が宿った。だがそんなことを知ってか知らずか、マッカーサーは新たな書類をジョセフィンにさしだす。


「ニミッツとも相談し、太平洋軍を統括するわれわれとして、最後の抵抗を試みることにした。君には二つの任務を命ずる。すぐにシアトルのボーイング社に行き、XB-29-BOスーパーフォートレスの五日以内の軍事作戦投入を確約させてくれ。ボーイングの連中はどんなに急いでも来月中旬しか無理だと言っている。これには私の全権委任状をつける。どんな手段を使っても構わん。それと関係各位との会議をセッティングしてほしい。場所はここ。日時は明日だ」


 もうお茶どころではなくなった。


 ジョセフィンはすぐにボーイング社への出向を準備しなければいけなくなった。仕方なく運転手の若者を選び、車の手配を行う。航空機のことだから、メカニックに強い人間を連れていく必要もあるだろう。基地の技師に人選を相談し、シャワーと身なりの手配を命じると、机の上にはもうマッカーサーの委任状が置かれてあった。


(やれやれ、老兵は死なず……か)


 ジョセフィンはロッカーに走り、軍服を揃えながら、南雲との約束を思い出す……。



『今から半年後の九月十一日、太平洋のビキニ環礁という島で、おれたちは核実験を行う』


 別れの日、南雲はそう言った。


『ウェーク島の南約四百六十四マイル、昔、独領ミクロネシアだったマーシャル諸島の中にある環礁だ。ビキニという名前はおれが適当につけたが、島の場所はたいして意味がない。なぜなら核爆発で周囲数十キロは近づけないし、逆に大爆発がおこればいやでも場所はわかるからな。……おまえらは近くまで来て見るなり、偵察の航空機を飛ばすなり、好きにしてくれ……』


 南雲はおそらく約束を守るだろう。だからこそ、この八月半ばのタイミングで、地下爆破実験を敢行したのだ。


 一方、ジョセフィンは特派員を装ってこの軍事ショーに紛れこむつもりでいたから、今回の命令は渡りに船だ。あとはうまくボーイングの連中をたきつければよい。しかし……。


 準備がすみ、フォートルイス陸軍基地の玄関に立つ。そこに年老いた整備士がよたよたと駆けつけ、やがて黒塗りのフォードが、タイヤの音を立てながら滑りこんできた。




「じいさん、よろしく。マイヤーズ少佐だ」


 車に乗り、後席の奥を陣取ったジョセフィンが手を伸ばす。エンジニアの老人は、一瞬不機嫌そうな貌をして、しわくちゃの手をさしだした。


「やれやれ、アンタはいくつかな、少佐」


 ジョセフィンはこういう扱いにはもう慣れっこになっている。気に留める風もなく、さりとて気圧されもせず、静かに前を向く。


「キサマが生きてきた時間には敬意を表する。それにワタシの知らない知識と経験にもだ。だがその前に、敬意を払う相手の名前を教えてほしいんだが」


「……ジェームズ・アッシュフォードだよお嬢さん。あんたは名前も知らない男に、仕事を放り出してシャワーを使わせたってのか?」


「言っておくが……」


「?」


「まず第一に、ワタシはマイヤーズ少佐だミスターアッシュフォード。第二に、マッカーサー南西太平洋方面連合国軍総司令官とワタシが指定したのは、基地で一番優れた航空機エンジニアだ。人選を間違ったか?」


「……いや、あたっとるね」


 鼻の下のヒゲを撫でながら、満足そうに笑う。


「なら問題ない。よろしくたのむミスターアッシュフォード」


 金髪を揺らしてジョセフィンもにやりと笑う。


「ワシのことはジェームズと呼んでくれよマイヤーズ少佐。仲間にもかみさんにも、そう言われとるんだ」


「オーケージェームズ。では行こう。……おい、早く出せ」


 どんと運転手の背もたれを叩く。


 若い運転手は目を丸くしながら、アクセルを踏み込んだ。


 ボーイング社のあるシアトルは同じワシントン州にあり、車では二時間もあれば着く距離だった。開け放たれた窓の景色を楽しんでいるうちに、車は目的地に到着した。


 すでに電話で用件は伝えてある。ジョセフィンたちは大勢の出迎えを受け、そのまま賓客用の会議室に通される。運転手は残してきたので、部屋に入ったのはジョセフィンとアッシュフォードだけだった。


「ここでしばらくお待ちください少佐。私は営業担当役員のギャツビーと申します。まもなく責任者が参ります」


 ダンディーな背広に身を包み、奇妙に笑顔の明るい男がやってきて、ジョセフィンの肩を気安く触った。


「どうぞ、そちらの席へ。あ、その前に……」


「ダグラス・マッカーサー司令官の全権委任状はここにある」


 自分の肩くらいしかない少女が書類を高く差しだすのを見て、ギャツビーは目をぱちくりとさせた。


「間違いないようですな」


 ジョセフィンは書類をどかし、日焼けしたギャツビーの顔を見あげ、ゆっくりと話す。


「われわれがここに来たのは合衆国の命運が、ひとえに貴社の今後五日の働きにかかっていると知ってもらうためだ。マッカーサー司令官はそのことをワタシとこのジェームズに託し、それを証するためこの書類にサインした。おわかりかな? ギャツビー営業担当役員。わかったら、一刻も早く責任者を招集し、われわれをXB-29-BOスーパーフォートレスの工場に案内してほしい」


南雲への反抗を命ぜられたジョシー。その思惑とは? ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者と読者との推理合戦ですね。 自分がマッカーサーなら・・。 XB29で 爆撃機を破壊か撃墜ですが、富嶽なので相手になりませんね。 高高度性能も単機でしょうし・・。 まるで某田舎の日暮ら…
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