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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第一章 真珠湾攻撃編
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武装解除なる!

● 武装解除なる!


 一辺が1メートルほどもある大きなシーツをデッキブラシのに括りつけて、比奈かずこは百人ほどの部隊の先頭に立った。


 動きやすいように腕まくりをし、後ろで束ねた髪を風になびかせながら、旗の柄を空母甲板の床にたんっ、と突き立てる。威風堂々、とはいかないが、ちょっとぽっちゃりで大柄なからだつきに、ナース服がよく似あっていて、まさに戦場の女神だ。


 サンゴ礁に突き出たサンド島の南端埠頭は、空母赤城の接岸にも耐えた。埠頭の高さも低くなった部分の甲板高ならほぼ問題なく上陸が可能だ。


 荷車を曳きつつ、桟橋をおそるおそる渡って、百名ほどの支援部隊が上陸し、あたりを警戒して見渡す。今回、威圧感を与えないようにとの南雲司令長官の配慮で、比較的優しそうな、あまり上背のない兵隊たちが選ばれていたので、よけい比奈の姿が目立っている。


 一行が埠頭を百メートルほど進むと、そこはもう滑走路の一部になっていた。幸いにも銃撃はどこからもやって来ない。


 後ろを振りかえり、目で合図を送る。


「せえの!」

「しいいす、ふぁいあーーっ!」


 一隊のまさに先頭で、比奈さんは教えられた英語を叫び、白い旗を必死で振る。


 ……ぶーんぶーん!


 一声さけんでは、数歩歩き、また旗を振る。


 白く大きな旗は、コンクリートが剥きだしの、あるいは艦砲射撃に破壊され、黒い煤や漏れた燃料や硝煙の匂いが残る灰色の軍港に、ことさら映えた。


 青い空の下、警戒はゆめ怠らず、それでも彼らはゆっくり、ゆっくりと進んでいく。


 治療と食餌係を担当する銃も持たない二十名に、八十名ほどの警備兵が付随している。警備兵といっても、両手を大きく差し上げた先に三八歩兵銃を掲げていたから、見ようによっては降参しているようにも見えた。


 彼らはそのまま、あたりを1時間ほど行進した。




 時間は昨夜にもどる。


 作戦司令室でご飯を食べながら、参謀たちと図上演習をこなすおれは、比奈さんを呼んでこの計画を話した。


「わたしがですかああああああ?」


「あ、いや、君に闘ってもらいたいんじゃないよ。われわれの目的はケガの手当や食料の供与で、それをわかってもらう象徴として、君が必要なんだ」


「で、でもっ……そんなこと、わたくし習ってませんわ」

「大丈夫。ただ棒を思いっきり振るだけだよ。ただし笑顔でねー」

「で、でも」


「島の敵はもう弱っている。しかもこの戦いは、おれたちが一方的に仕掛けたものだ。……敵に塩を贈るって言葉もあるでしょ。助けてやりたいんだ」


「長官……」

「君の笑顔が必要なんだ。よろしく」

「ちょ、長官////」


 ……そんな会話がありつつの、翌朝にはもうここにいる。

 

 比奈はたしかに思いっきり旗を振れていた。

 ……が、笑顔の方はひきつりまくりだ。



 一時間がたち、ようすをうかがったが、攻撃される気配はなかった。


「比奈くん」

 田垣軍医が後ろから声をかけた。

「はあ、はあ……」


 比奈ももうへとへとだ。よくこれだけの時間、重い旗をふりつづけたものだと、自分でも思う。

「敵はおとなしいものだね。もういいんじゃないか?」


「は、はい」

 荒い息をして、旗の柄にぶらさがる。


「この建物の陰で仮設テントを張ろう」


 ふと見ると、格納庫のような倉庫があって、そのおろされたシャッターの横にほどよい空き地があった。ここなら仮設の救護所にはうってつけだろう。


 田垣は後ろに控える中隊長を振りかえった。


「ここでテントを張ることにしませんか」

「いいでしょう」


 年配の中隊長は、油断なく周囲を警戒し、充分偵察をおこなうと、ようやくその命令を出した。

 きびきびとした動作で、兵たちが荷物をほどき始める。




「だけど、こうヒマなのもどうかと思いますよ?」


 比奈かずこは設置した仮設テントのそばで、荷車の上にすわって頬づえをついていた。

 あちこちに英語の旗をたてたり、テントにも大きく赤い十字を描いたり、できることはやったつもりだ。しかし、誰も現れなかった。


「まあ仕方ないだろう。すぐには来てくれんよ。敵に施しをしようなんて、南雲長官も驚いた人だが、敵にはわかるまい」


 傷ついた兵士が現れたら、いつでも治療できるよう、聴診器を首にかけたり、清潔な布や薬品を準備しながら、田垣軍医が溜息まじりに言う。


「ま、気長に待つさ」


「んもう! でも、どうするんです?このまますわってたって仕方ないですわ。もう一回りしますか?」


「みんな破壊された基地や建物の中に隠れてるんだろうよ。とはいえ、こっちからその中に入っていくことは危険すぎるよ」


 つきそいの兵士たちが炊事の支度をはじめている。

 白い蒸気が大量にたちのぼり、味噌汁のいい匂いが、あたりに流れ始めた。

 比奈がくんくんと鼻を鳴らした。


「お腹、すいたかね?」

 くすっと笑いながら、田垣は折りたたみ椅子に腰かけ、煙草を咥えて火をつける。

 風が強い。

 なんども失敗してようやく一服する。


「すみません。……わたくし、午前中いっぱい歩いたのでお腹が……あれ?」

 比奈のあげた声に、田垣がふと顔を上げた。


「どうしたね?」

「せ、先生、あれを!」


 見ると、昨日の艦砲射撃ででこぼこに穴が開いた滑走路の奥の方で、なにかが動いた気がした。

 さらに目を凝らす。


「おお!」

 その声で、兵士たちも一斉にふりかえり、反射的に銃を構える。


「これ、じゅ、銃をおろせっ」

 田垣が声を殺して言う。


 それを聞いて一隊を率いる中隊長が手で合図を送ると、兵士たちがあわてて銃を降ろした。


「ホラ!あれ!」


 比奈が指さす先に、上着を脱ぎすて、あるいは傷ついた同僚をかばい、よろよろとやってくる米兵の一群が見えた……。




「司令長官、サンド島の武装解除が完了しました!」

 艦橋に響きわたる、大石の大声を聞いて、おれはほっと胸をなでおろした。


「よかった!戦闘はなかったんだね」

「はい。怪我の治療と食糧の配給は実に効果的でした。確かに、メシと戦闘、同時は無理ですから」

「ははは、そりゃそうだな」


「報告によれば、サンド島にいる敵の海兵隊は多く見積もっても三百人程度、腹も減ってケガ人も多いそうです。武器の放棄にも協力的で、それほど凶悪な戦意を持っているとは思えないとのこと」


「三百人……じゃこっちで管理は無理だな。敵捕虜のうち、一番階級の高いものを代表にして、その者はこちら側に、それとは別に連絡係を二名、選んでもらってくれ。放棄した敵の武器はひとつの施設に入れて監視を。警戒は怠るなよ。油断は……」


「禁物でしたのう」

 大石はにやりと笑った。


 うん、わかってるじゃないの。


 おれはあらためて、参謀たちに胸をはった。


「よし! それでは計画通り要修理の航空機のうち、自力飛行が可能なものはイースタン島の滑走路に移動して補給と修理を急げ。整備要員は翔鶴、瑞鶴、それとこの第一航空隊からも内火艇を出す。とにかく狭い艦内とは効率が違うから時間が稼げる。修理を急げ。出発は明後日!それまでは警戒を怠るな!」


「わかりました!」

 参謀たちが口々に返す。


「レキシントンは来ますかのう」


 艦橋の窓からは、明るい陽射しと青い海が広がっている。


 大石は海の向こうに目をやりながら、巨大な敵空母を想像しているのだろう。いかつい顔をひきしめている。


 草鹿が明るく言った。

「来るよ。きっと」




 イースタン島の上空を、帝国海軍の航空機がしきりに飛び回っている。この島の滑走路に、飛行が可能な要修理機がつぎつぎに飛来しているのだ。


 自力飛行できない機体は、いまごろ空母内で修理を行っているか、単なる部品取りに使われているかだ。


 いずれにしても、せまくて暗い空母内は、とても修理に適した空間とは呼べない。レキシントンとの決戦を前にして、この基地利用による修理は、空母艦隊にとってこの上もない名案だった。


 それに、複数の機体を同時に修理するためにはそれだけの数の工具が必要になるが、搭載する重量が重要になる空母には用意が少なく、ここ米軍の基地には上質なものが豊富にあった。ペンチ、ドリル、埋設リベット、溶接機。修理に使われる工具は、サイズや規格の関係ないものも多い。天候も良く、ある意味、整備兵たちには天国のような環境なのだ。


「いそげ!穴をふさげ!出撃できるようになればええんや。あとは乗組員の腕で埋め合わせる!」


 修理機と一緒にやってきた淵田隊長が、滑走路上をあちこちをまわって整備兵に発破をかけている。応援はありがたいが、これでは正直邪魔になる。


「隊長!今はゆっくり休んでくださいよ。ここはおれたちの戦場ですぜ」


「ほー言うやないか」

 淵田は苦笑して、肩の力を抜いた。


「ほな、任せたぞ」

「任されました!」


 笑い声が響く中、淵田は滑走路を渡って格納庫に向かった。


 そこでは長机が出されて、休憩の整備兵に茶がふるまわれていた。


「あ、隊長おつかれさまです!」


 係のものが、石油ストーブの上で湯気を立てるやかんから、熱い茶を淹れてくれる。

 淵田は受け取り、湯飲みに入れられた茶をひとくちすすった。


「上の様子はどうや?」

 淵田は格納庫の二階をアゴで差した。


「相変わらずですよ。数人でしっかり見張りさせてますから、暴れる心配はいりません。ま、もっとも、捕虜は丁重に扱えと言われておりまして」


「ははあ。南雲長官にだろ?」

「はい。ぜったいに殴るなと言われています。殴らずに笑顔で、しかし油断するなと……正直、どうしたもんやら、困っとります」


 若い兵士は屈託のない笑顔を見せた。


 それにしても、こういう若い兵士が笑顔を見せるなんて、この海戦の前にはなかった気がする。なぜだろう、と淵田はふと思った。


「殴るな……か。けど、わしらかて、新兵の頃は毎日殴られたもんや。いきなり殴るのは大日本帝国軍の伝統やがのう」


「はっ!わたくしもよく殴られました!」


 二人は笑った。


 アメリカの連中にナメられやせんだろうか、と淵田はもう一度上を見た。


 兵士がストーブの上に、アルミのやかんをふたたびかける。

 やかんの湯気が、ゆっくりと立ち上っていった。


 その湯気が消える外壁の高いところ、二階の窓は細く開けられていて、そこからミッドウェーの明るい陽射しが差し込んでいる。


 窓の中は、十メートル×二十メートルほどの広い倉庫だったものを、荷物を全部下に降ろして、今は臨時の米軍捕虜収容所としていた。


 捕虜たちは全部で百人あまり。彼らは中央に集められて、床に座らされている。


 その中に、ジョセフィン・マイヤーズもいた。


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