クエゼリン島にて
●24 クエゼリン島にて
マーシャル諸島。
1920年、国際連盟の承認により、正式に大日本帝国の委任統治領となった太平洋上に浮かぶ島嶼である。ハワイとソロモン諸島のちょうど中間に位置し、それぞれに二千三百海里ほどの距離にある。
生前の史観を持つおれにとっては、アメリカの進行を食い止めるために、なくてはならない要害の地だし、ビキニ環礁において行うはずの、原爆投下実験の用地でもあった。
「おーい小野!」
おれはまもなく到着するクエゼリン島の海図を開きながら、通信参謀の小野に声をかけた。最近ではすっかりこの赤城の司令官サロンが作戦司令室になっていて、参謀たちもそれぞれの机を置いている。
「なんでしょう?」
小野が立ち上がる。ここのところ暗号の更新で忙しく、かなり疲れ気味だ。実際、おれもしょっちゅう呼びつけてる気がするな。
「小野くん、目に隈ができてるぞ? ちゃんと寝てるのかい?」
「あ、失礼しました」
目をこすり、あわてて襟を絞めようとする。
「いや、すまん。楽にしてくれ」
小野の生真面目なようすに思わず反省する。忙しいのは間違いなくおれのせいだよな。
レーダーを重視したり、艦隊全体の指揮をここに集中して情報管理室をつくったり、そこへ暗号のアップデートだ。よく考えたら、それって全部おれ発で、開戦前とくらべれば、通信参謀の仕事がずいぶん増えてることになる。
「冗談言ってわるかった。君の負担はおれも気にしてるんだ」
「いえ、情報管理室にはたくさんの部下がおります。すべてに目を通すのは自分の悪い癖でして……」
「上司は仕事ぶん投げるタイプだしな」
頭を掻く。
「め、めっそうも……。南雲長官は帝国海軍稀代の英傑でらっしゃいます。どんどんわれわれにぶん投げていただかないと、帝国の損失です」
嫌味かと思ったら、真面目な顔をしてる。
「そう言ってくれるのはありがたいがな……」
本題をいいにくそうにしてると、逆に小野が助け舟を出してくれた。
「ところで、ご用件はなんですか?」
「うん、実はクエゼリン島に着いたら、ラジオファクシミリをふくむ実況中継局をつくりたいんだよね」
「はくし……」
「いや、ラジオファクシミリ、つまりファックスだよ。え~と、どう言えばいいかな?」
「……」
また変なことを言いだしたぞ、と参謀たちがこちらを向く。おれは仕方なく、この話題をつづける。
「ちゃんと初めから説明しないとな。つまり、こうだ。先日の原爆実験は、おれの要請で成功した事実を全世界に告知してもらった。それはいいとしても、やっぱ世界中の人間はまだピンと来てないと思うんだ」
原爆実験の成功は秘密にするのではなく、世界に発表してこそ、その威力を発揮する。かねておれがそう進言していた通り、大本営はその事実を各国の大使館と世界の新聞社に発信してくれた。その報告はきのう貰ったところだが、それがどの程度の反響を呼んでいるのかはわからない。
この時代の人間には、まだ核の恐ろしさも、威力もぴんとは来ないだろうし、敵国の言うことは、なおさら大きく取り上げない可能性もあるだろう。
そう考えると、他にも手を打っておく必要があった。そこでおれは投下実験と同時に、その実際の写真映像を世界に送信すべく、まだできて間もない無線による画像送信装置、すなわちラジオファクシミリの機材をこの艦に積み込んで来たのだ。
「でな、おれのアイデアはこうだ。島の飛行基地についたら、そこにでかいアンテナを建て、ビキニ環礁での実験風景、投下実験、さらにその映像を世界に生中継したいんだよ。つまりでかい電波塔の建設と発信基地の設営だ」
「はあ……」
小野の顔が真顔になる。まあ、無理もないよな。
「と、思ったんだが、小野は忙しいよな。実際の作業は島の兵士や島民にも協力してもらうとしても、アンテナの建設を短期間で指揮するのは、相当マンパワー……おっと、かなり人の力がいる」
「やります!」
小野が目の隈をこすりながら答えた。
「いま生返事になったのは嫌だからじゃありません。どうやるべきかを考えていたからです。自分にやらせてください」
あ、なるほど。頭の中で実現への絵を描いてたのか……。
だけど……。
おれは小野の疲れた顔を見ながら、どうすべきか考える。ただでさえ多忙な彼に、新しい仕事を押し付けるのはしのびない。過労で倒れては、もとも子もなくなる。
「うーん」
このまま通信参謀が責任者なのはいいとしても、誰か小野を助ける人間が必要かもな……。
「じゃあこうしよう。電波技術に精通してる人間を君が任命してくれ。そいつを中継基地建設の責任者にしよう。具体的には発電設備の拡張、電波塔の建設……これは鉄パイプをリベットで接合する簡単なものでいい。それから送信用電線の施設、最後にファクシミリの設置と試験だ」
ああだこうだと渋る小野を説得し、なんとかこの案に納得させる。
まわりを見ると、他の参謀たちもよかったみたいな顔をしてる。やっぱ、みんな心配してたんだな……。
小野が情報管理室から一人の兵士を連れてきたのは、それからまもなくのことだった。
それが、まあ……。
「西村雅夫一等水兵であります。ここ、このたびは栄えある任務をいただき、まま、まことに」
すごく、なんというか、でかくてぽっちゃりした兵士だ。
「待てい」
おれはびっくりして小野を見る。
「おい、帝国海軍の兵隊に、なんでこんなやつがいるんだ?」
身長こそ百七十六のおれと変わらないが、肩の筋肉はもりあがってるし、腹だってこれでもかと突き出てるぞ。それだけじゃない、顔だってまんまるじゃないか。こんなやつが情報管理室にいたとは、まったく気づかなかったよ。
「こいつは大相撲におりました。しこ名を豊島と申します」
「え、マジで?」
「マジです。なあ西村」
「へ、へえ。……前頭まで進みまして」
「すごいじゃん!」
「はは、ごっつあんです」
頭を掻いている。
「でもさ、なんでこいつが中継基地建設の責任者なんだ? そりゃ力はありそうだけどさ」
なんか筋肉ぴくぴく動かしてないか?
「いや、こいつはこう見えて大阪電通大第一期生なんですよ」
「はあ?相撲取りが?」
「相撲部です」
「あ、そういうことか」
この時代でも、大学の相撲部ってあったんだな。それも、電気通信大学だとは盲点だった。
「つまり……」
おれは半ばあきれながら小野にたずねる。
「つまり、こういうことか? こいつは電気通信にも通じ、体力もめっぽう強い」
「ついでに言うなら、飯もめっぽう食います」
「え、えらい、すんまへん」
おれはため息をついた。
「いいさ、ちゃんと仕事してくれるならぞんぶんに食ってくれ。たのむぞ西村」
「はい、ごっちゃんです」
そのとき、サロンのスピーカーが鳴った。
『電探反応あり!方位角右二十度、距離六千!』
「……なんだと?」
まさか、こんなところに?
ビキニ環礁での投下実験にむけ着々と準備が進む中、なんかクセのありそうな新キャラ登場です。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




