山本五十六、調子に乗る
●20 山本五十六、調子に乗る
「よし、行こばいッ!」
旋回する敵機に坂井隊が襲いかかる。列機三機が申し合わせたように二十粍機銃を放つと、頑丈なF8Fもたまらず火を噴き、残りの雷撃隊は蜘蛛の仔を散らすように逃げ出した。
バンクしていったん上空を目指した坂井隊は、軽く旋回してさらにもう一撃を加えにいく。駆逐艦への攻撃態勢に入っていた別の雷撃隊がこの犠牲になる。
ガガガガガガガガガガ!
坂井の銃撃にキャノピーを破壊され、操縦士を失ったアヴェンジャーは、一回転して海面に激突した。
たったそれだけで、敵の攻撃隊は艦隊から距離を取らざるを得なくなった。
艦隊至近距離では電探連動高角砲が容易に近づかせてくれない。かといって、距離をとって攻撃しようとすれば、疾風が襲ってくる。
坂井攻撃隊の参戦で、たちまち敵の編隊は四散していく。それまで一進一退か、むしろ米軍機の優勢だった戦況は、がぜん日本側有利へと傾きだした。
『隊長ッ、西から敵ッ!』
一息ついた坂井は、無線の声で顔をあげる。見れば敵の新型機が五機、上空から切り込んでくる。
『敵の新型機には複数で当たれ』
指令室からの無電を思い出す。たしかに敵の新型機体は頑丈そうで、初期型零戦のように、弾が当たれば一発で火を噴くという感じはしない。さっきも、二十粍機銃をしこたまぶちこんで、ようやく破壊できた。
だが、馬力は疾風と同じくらいの印象だ。
重量はもう少し重そうだから、十分、一対一でもやれるはず……。坂井は翼を振ると、猛然と向かっていく。
ガガガガガガ!
曳光弾が降り注ぐ中をきりもみで上昇し、軽やかにバンクして旋回する。
ダダダダダダダダ!
敵の新鋭機F8Fも必死で反撃してくるが、坂井は後ろにつけさせない。二回転ほどで今度はこっちが後ろをとり、徐々に照準にとらえる。
……もうすぐだ。もうすぐ。
機銃のレバーに手をかける。あと少しというところで、ふっと敵の機影が消えた。
(なに!?)
頭をまわして目で追いかける。角度のある見事な宙返りをしながら、もう水平飛行している。
(インメルマンターン!)
こちらも急いで横転し、追随する。
それは台南でしごかれていたころ、中隊長の笹井に薫陶された宙返りの方法だった。坂井はなつかしさとともに、相手への警戒を新たにする。
五機の敵編隊はすでにばらけて、それぞれ友軍機と交戦しているようだ。この一機と勝負したくなり、坂井はスロットルをぐっと押しこむ。
相手はたしかに手練れだが、こっちだって歴戦のつわものである。おそらくは帝国海軍でも、一二を争う――いや、正直に言おう。
腕には世界一の自信がある。
(相手が悪かったな……)
坂井は速度を落とし、空域の全体を見る。右上方に別の機体が見える。あれは列機の飯田か。そちらへ追い込むように左に軽く射撃を行う。
ババババババババ!
敵が反応する間もなく、すいっと右へと回り込む。相手が右に切り、罠に気づいて慌てて左に逃げる瞬間、今度は左にくるりと横転した。疾風の二千馬力のエンジンが唸りを上げ、フェイントに騙された敵機が、目の前に現れた。
照準はまだ甘い。そのまま全速で追いかける。敵機が近づき、眼前に迫る。照準がぴたりと合った。
ドガガガガガガガ!
残り弾の気になる二十粍と、十二・七粍機銃を同時に撃ちかける。
ガガガガガガ……。
ピュンピュンピュン。
ほとんど同時に、別の曳光弾が走る。友軍機か。
両方の弾が交差するように降り注ぐと、翼は爆音とともにちぎれ、敵はきりきりと舞い視界から消え去った……。
『……隊長、ご無事ですか』
飯田の声が聞こえた。
「あほう。わし一人でもやれたわい」
『新型には複数であたれ、でしょ?』
坂井は苦笑いしながら上を見あげる。
飯田機はもういない。優秀な無線はありがたいが、かなり離れた機体からも、すぐ目の前にいるかのように聞こえるのは、なかなか慣れなかった。
「ふん……そっちの手柄にせい」
『ごっつあんです隊長』
(最後は……連携技か。ま、これも時代じゃな)
苦笑するが気分はすこぶるいい。
そう、今はたったひとりの戦いではない。
天下のアメリカ相手に連戦連勝、物資は豊かにあり、兵器もいくらでも補充がきく。訓練を重ね、教え込んだ部下たちはこうして頼もしく育っている。
「一機、撃墜確実じゃあ!」
はるか海上へと墜ちていく機体を見ながら、坂井はもう次の獲物を探していた。
「あっと言う間に……」
「ええ、ずいぶんスッキリしましたね」
空を見上げる参謀たちがあきれたように話している。
「あ、あっちでも撃墜しましたな」
割れたガラスのそばで双眼鏡を覗いていた別の参謀も、半笑いでつぶやく。
山本は満足そうにうなずいた。
「うん、見事だ」
高角砲の音はまだ散発的におこっている。
だが、さっきまでの猛攻はすっかり鳴りを潜め、艦隊の防衛ラインは確実に距離が長くなっているようだ。
「第一航空艦隊の艦載機より、また無線が入りました!」
通信士が声をあげた。
「司令長官、直接話されますか?」
「む」
手を伸ばす。
さっきと同じようにスピーカーが接続される。
『こちら第一航空艦隊艦載機、まもなく到着します。そちらの戦況を……』
「山本だ」
『……ははッ!』
「敵の六十機はあと二十機ほどになった。……だから言ったろう? 加勢は無用だと」
いや長官、今から百機来るんですが…… というシーンです。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




