ダイヤモンドが散る時
●19 ダイヤモンドが散る時
高度三千、距離約二マイル。
木の葉のように見える日本の艦隊は、コレットの目には意外にも貧弱に見えた。六十機あった友軍機は、まだそれほど減っておらず、敵の直掩隊と追いつ追われつの格闘をしながらも、隙あらばと攻撃のチャンスを探っている。
操縦席にはミリタリーメダルが揺れている。彼がまだ若いころ、ドイツとの空戦でもらったものだ。
ゆっくりと旋回し、空母の正面にまわっていくと、緑の爆煙が散発的にあがった。なるほど、あれが敵の高角砲か。前後に敵は……よし、いないな。
右手で操縦かんを操り、敵の空母に狙いを定め、左手はマスクを掴む。
「コレットだ。先頭の空母を叩きに行く。ジグザグに飛行して最後は真正面から左右に抜ける。雷撃隊は遅れずついて来い。ただし、けして横についてはならん。高角砲にやられるぞ」
『ラジャー』
「では、はじめよう諸君」
アヴェンジャーの雷撃隊が、後方へと列をつくる。
軌道修正にバンクしていた翼が水平になる。
艦橋の無い、たいらな甲板を持つ空母が正面に見えた。
「オニュアマーク……3(スリー)、2(ツー)、1(ワン)、ゴー!」
ぐっと操縦かんを押しこむ。
斜め四十五度の角度から、切り裂くように高度を下げる。
スロットルを開き、加速する。プロペラ音が耳をつんざく。
幅の広い翼を振りながら、ジグザグに飛行する。
空母が近づいてくる。上空から、敵の戦闘機が襲ってくるが、加速して躱す。曳光弾が頭上から後方へと飛びすさる。
距離およそ五千。
敵の高角砲が火を噴く。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
周囲では爆発がない。やはりVT信管なのか。
ジグザグを続ける。だがもう空母は目前だ。艦橋の無い、のっぺりした甲板がせまる。
ドン!
ドバア!
右前方で爆発がおこる。
(駆逐艦からの砲撃か!)
ザアアっという音がして、右の翼に被弾した感触がある。だが頑丈な機体にはなにも問題はない。
距離三千。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
周囲で爆発がおこる。速力で切り抜けていく。
爆煙を抜けた正面に突然船の切先が見え、そのむこうに窓が並んだ部屋が見えた。
(そうか! 艦橋のないこの空母は、あれが指令室なんだ!)
窓の中には何人もの軍人が見える。
司令官らしい人物もいた。
コレットは、機銃のボタンに指をかけた。
機首を少しあげ、照準をあわせる。
十二・七ミリ機関砲四連、よもや打ち損じはない。
ボタンを押し……。
ドンッ!
ドバアアアアアア!
「!」
四枚羽のプロペラが吹き飛び、自分が攻撃されたことを知る。
大きなGがかかり、機体が横転するを感じながら、コレットの脳裏になぜか昔の記憶がよみがえる。
「これはただのメダルだが、君は原石のダイヤモンドだよ」
あの時の、大佐の笑顔とまぶしい陽射し……
致命的な横転の中、はじけ飛ぶメダルの向こうに、コレットはほんの一瞬だけ現実を見た。
(ああ、あれが俺を撃ったのか……)
空母龍驤の窓の下、船の舳先の部分では、特設された二式連動高角砲が、正面からの敵をしっかりと狙っていた。
窓が割れている。
空母龍驤の指令室、中央から二枚目の分厚いガラスが、三十センチほどの穴を穿たれていた。
直撃弾ではなかった。だが、敵の銃弾は指令室直下の船体にあたり、その破片のひとつが窓の一部を破壊した。その結果、太平洋連合艦隊司令長官の、あわやという場面を招いてしまったのである。
その中にあって、山本は微動だにしない。
窓の正面に立ち、まるで敵を射殺すように仁王立ちしている。
急降下して飛来した十機ほどの編隊は、二機が高角砲によって墜とされたものの、二発の水雷を発射して飛び去った。それが当たらなかったのは、相手の技術が劣っていたのではなく、ひとえに攻撃に対する操舵の技術と、運だった。
「司令長官、どうぞ中へ」
艦長が声をかける。
「無用だ」
「し、しかし……」
「それよりも兵にケガはないか」
「ありません……今の攻撃では」
「……」
割れたガラスのせいで、外の音がよく聞こえるようになった。重油と燃える黒煙の匂いがして、風にガラスが震えている。ふいにプロペラ音が高くなると、それに反応して高角砲が唸りを上げた。
ドンドンドンドン!
ドバアアアアアアアアアン!
右舷上空で破壊された敵機が、無数の火の玉となって降り、不気味な機銃の着弾音が、上部甲板から聞こえてくる。
攻撃はまだ終わりそうにない。このままでは、いずれ防御にも穴が開くだろう。この窓のガラスのように、敵襲を受け、徐々に破壊されていくかもしれない。
「おい……」
上空を見る山本が声をあげる。
「あれを見よ。二時の方向だ」
参謀たちが並んで双眼鏡をのぞき込む。
白い雲の下に、数十機の編隊が黒い点となって表れていた。
「敵か、味方か?」
山本の問いに、その方向をぐっと睨んでいた参謀たちが叫ぶ。
「さ、坂井隊、味方ですッ!」
「へっへ、待たせたな」
坂井はようやく見えてきた母艦たちにつぶやいた。
艦隊を見て、煙をあげていないことに安堵する。どうやら被弾も被雷もしていないようだ。念のために数をかぞえ、どの船も無事なのがわかった。
だが撃墜された残骸が浮かぶ海面の上空では、今も隙を伺う敵機が飛び回っている。一見して統率はとれており、一機が直掩機を陽動して離脱すると、すかさず別の攻撃隊が空いた空間に滑りこむなどして、そのきびきびした敵の動きには、あなどれないものがあった。
「飯田、岸部、いくぞ!」
そう言ってスロットルに手をかける。
すいっと列機が並び、羽を振る。
坂井は顔を向け、一瞬うなずくと、艦隊に距離をとって旋回する敵機に向かって操縦かんを倒した。
山本さんの人物像は昔は豪胆剛健、今はすこし剽軽?がトレンドでしょうか。この物語では、やる時はやる人、という感じです。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




