王立空軍の勇者
●18 王立空軍の勇者
「……ま、やっぱ気になるもんな」
おれは報告を聞きながらほっと息を吐いた。なにかある、と睨んで空振りを覚悟してまで、百機の編隊を送ったことは、結果的には正解だったわけだ。てことは、
「「「北緯二十九度東経百三十七度付近にてさんくう……」」」
という、あのナゾの報告は、敵艦隊発見の通報だったってことになるな。もしかすると、
(……付近にて三空母含む敵艦隊を発見)
とでも言いたかったのかもしれない。つまり、その通信を発信中に、哨戒機なりは墜とされてしまったんだ。
史実でも、大戦の後期になると日本の哨戒機はどうしたわけか撃墜されるケースが多かった。やはりアメリカは、なにより情報を重視する傾向にある。
とりま、山本さんのピンチに対応することが出来てよかったよ。
にしても、六十機の攻撃隊に襲われたら、二隻の空母とその護衛艦隊じゃ防ぎきれないよな……。
「なあ、大石、もういちど電文を読んでくれ」
大石をふりかえる。
「はい。――状況紹介に対する山本司令長官返答。一、われ敵機六十の襲撃を受けり。全軍よく戦い加勢は無用なれどせっかく来たなら盛大にたのむ。二、敵艦隊に近接信管あり。三、敵機はグラマンに似た小型機にて馬力、格闘性能高し」
なんど聞いても、せっかく、のくだりで笑いだしてしまう。
「いろいろあるな。まず、われわれの編隊はあとどれくらいで着く?」
「はい。……あと二十分くらいかと」
「二十分か……もつかな」
「おそらく。加勢は無用、とのことですので」
といいながら、大石も不安そうな顔をしている。
山本さんがどういう性格か知ってる人間なら、無用というのが負けず嫌いのセリフだってことぐらい、すぐにわかる。
ちなみに、反転させた南雲艦隊は、現在戦闘海域にむけて全速で航行している。とはいえ、すでに五百海里ちかく離れているから、そう簡単に到着しない。
「ま、そこは頑張ってもらうしかないか。気になるのはあとの二つだ」
「近接信管と……」
「うん、新型機ってとこだよなあ」
近接信管はもともとの史実では、アメリカの発明品だった。
おれが現代の知識で開発を持ちかけたから、海技研の伊藤大佐をはじめとするチームががんばってくれただけで、すでにアメリカでは巨大な予算をかけて開発をすすめていたのだから、それが現実のものになったとしても不思議はない。
だが、それに対抗する手段は、今の山本艦隊にも加勢部隊にも持たせていない。自分たちが持つ電探連動砲の威力を考えると、用意もなく突撃するのはあまりに危険だ。
おれの脳裏に、先日遭遇したチャフが蘇る。あのキラキラしたアルミ箔の妨害工作は、自分たちが近接信管を開発していたからこそ、出せたアイデアだったわけだ。
「近接信管には、それなりの対応策を用意しないとダメだよな」
「……」
「あとは新型機だな。ジェット推進じゃあなさそうだから、あとはなんだろう? グラマンに似た小型機?」
「ええ、そうありますね」
首をかしげる。
「えーと、グラマンはF4FとかF4Uとか? F6Fは馬力はあるけど大型で取り回しがよくないだっけ。後期にもなるとアメリカは一撃離脱でP―38やら、P―40とか、いや、あれは陸軍機か……あ」
そうか!
天啓のようにひらめく。
「F8だ!」
ただ目を見開いている大石を見つめながら、おれは両手を真鍮製の手すりに伸ばした。
「艦載機ならF8Fかもしれん。にしても早すぎないか?」
ああwikiがほしい。どうなってんだこの世界線は……。
たしかF8はF6が大型すぎて空中戦などの格闘性能が劣ったため、そのカウンターとして開発され、1943年あたり、この世界線から言うと一年後に実践投入された。しかも、日本軍機とは一度も戦わなかったはず。
でも……。
ない話じゃない……。
アメリカが軍事大国で武器を世界中に輸出しているのはこの世界でもたぶん、同じだろう。
だとしたら、敗戦つづくこの太平洋戦線で、対日本への新兵器開発に他の資源をまわし、結果おれの知る史実より一年早く投入されたとしても、おかしくないぞ。
(よし!)
「大石、加勢隊と山本艦隊に電文は送れるか?」
「は。以前の暗号なら」
「それでいい。内容はこうだ。一、敵艦隊には不用意に近づかぬよう配慮あれ。敵の近接信管には防衛措置が必要。二、新型機には高度五千以下で、できるだけ二機以上で戦うべし……」
「おい、二機以上で戦えってよ」
爆音の疾風をあやつる、赤城艦載機隊の大淵が無線で列機に流す。
ここは山本艦隊から約二十海里の海域だ。もうすぐ激しい戦闘がおこなわれている現場が見えてくる。
海は青いが波は高い。雲は五段階で言うところの三・五ってところか。
『強敵なんですかねえ』
「さあな。南雲さんにしちゃ、ずいぶん慎重なこった。こちとら、そんな風に育てられてねえや」
『だよな。なんせハワイじゃ牛に激突……』
「あほう、あれは進藤大尉が……」
無線から笑い声が聞こえてくる。あれから十か月、大淵もいまや立派な飛行士だ。
「とにかく、油断するなってことだな。特に高高度はな」
『諒解した。しかし、今回の任務は艦隊掩護だぞ』
逃げ回るわけにはいかない。列機はそう言っているのだ。
「わかってる……やるときゃ、やる!」
大淵はそう言って疾風の操縦かんを握りしめた。
山本艦隊への攻撃は続いていた。
いまや米軍にも、派兵されているイギリス軍にも、大日本帝国への侮りは微塵もない。この常に一手先んじる強大な敵に対して、恐怖とともに敬意すら覚えだしている。
だから、山本艦隊が発艦をやめ、電探連動高角砲による迎撃を開始したとき、F8Fの攻撃隊はすぐに異変を察知することができた。
大英帝国王立空軍(RAF)のクライブ・コレット大尉は、F8Fの軽快な動きに満足しながら、あの兵器についてのブリーフィングを思い出す。
「……これが敵の対空砲だ。おそらくVT信管が使われている。狙いが正確なことと、速射性能にはまだ謎があるが、おそらくなんらかの電波を使用しているものと思われる。そして君らには申しわけないが、今回、電波妨害用のチャフは用意できなかった」
背の高いマッケンロー少佐の言葉を、カイゼル髭のコレットは真剣なまなざしで聞いている。
「では……」 と、コレットが口を開く。
「どうすればいいんです? まさか、なにもしないってわけにもいかんでしょう」
「無論だ」
黒板に船らしきものを描き、マッケンローが解説する。
「対抗策はわが合衆国でも議論している。ひとつは二方向から攻撃すること。そうすれば砲撃はひとつの戦闘機にしか反応できず、もうひとつは攻撃が成功する」
砲台に見立てた点に対して、大きく二つのラインを描く。一本のラインにバツを描き、もう一本は矢印で船へのラインを描く。
「だが、どっちかがやられる」
「残念ながらその通りだ。五十パーセントの確率は悪すぎる。もっと同時攻撃を増やせばいいと思うかもしれんが、榴弾である高角砲は攻撃範囲が広いんだ。いずれにせよ、この方法はあまりお勧めしない……」
「他には?」
「あとはもうひとつ、やってみる価値がある攻撃法がある。実際にこの方法は過去の海戦でもある程度の有効性が証明された」
「ほう……」
コレットは大きくF8Fを旋回させながら、その時の米国人少佐の笑顔を思い出した。
(よし、やってみるか)
軽くうなずき、ようやく慣れた黒い計器類を確認する。
このひと月、この機体には毎日のように乗ってきた。もうすっかり自分の一部のように操ることができるし、無線も優秀で、馬力もあるこの機体を彼はかなり気に入っていた。
マイクの内蔵されたマスクに手を伸ばす。
「こちらコレットだ。これより敵空母に突撃する。攻撃隊は後に続け」
『……ラジャー』
コレットは気合を入れる。
大英帝国のパイロットの真価が問われている。そう思った。
ゴーグルをチェックし、照準器を立てる。
ぐっと操縦かんを押しこんだ。
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