せっかく来たなら仕方ない
●17 せっかく来たなら仕方ない
坂井のもとに、さらに無線が届く。
『C1より攻撃隊。全機ただちに帰還せよ。母艦が二方向から襲撃を受けている。もどり掩護せよ』
くそっ!やはり敵は潜んでいた。俺の洞察はあたっていたのだ。
敵は俺たちを待ち伏せすると同時に、艦隊を狙っていた。
近接信管といい、待ち伏せといい、今回は敵が一歩先んじている。
坂井はすぐに応じた。
「攻撃隊はただちに引き返す。天山は水雷を捨てろ」
空母龍驤、隼鷹に敵機が襲いかかってくる。
甲板から発艦し続けているため、いまのところ電探連動高角砲は使えない。
ラッチをかけて一定方向に発艦させるやり方が先の海戦で成功したことは知っているが、今回はわずかな数なので先に出した方がいいと、山本は判断した。
「直掩隊は時間を稼げ! 」
司令室の窓から、掩護の疾風が敵を追い、その疾風を別の敵機が追いかけるのが見える。
「二時の方向に雷撃機っ!」
監視所から声が響く。
双眼鏡に水平飛行に入った敵のグラマンが見える。艦長がすばやく対応する。
「右舷機関停止」
「雷跡~~っ!」
「左舷全速 面舵」
シュシュシュシュ……。
「機銃で水雷を撃てッ!」
船がぐうっと傾く。
ダンダンダダン!
機銃が向けられるがさすがにそうは当たらない。
「衝撃に備えよ」
「総員左舷雷撃に備えよ」
「取舵いっぱい!」
「とーりかーじいいいい」
水雷の軌跡を探そうとするが、甲板下の指令室からはよく見えない。
左舷後方に揺れる気配が流れ……。
シュシュシュシュ・・。
なんとか躱したようだ!
ほっとしたのもつかの間、別の戦闘機が機銃を撒き散らして向かってくる。
ババババババババ!
「うあッ」
機銃手が血しぶきを上げて斃れるのが見える。
負傷者をかつぎ、後方へ下がると同時にすぐさま別の兵士が交代して機銃を持つ。
ガガガガガガガガガ!
ブイ―――ン!
小型爆弾を積んだ戦闘機が、甲板にダイブしてくる。
「左舷に爆撃機ッ!」
「爆撃いいいいいいいッ」
ヒュ――――……
ドオオオオオオオオ―――――ン!
海面に水柱があがる。
激しい振動が海面から伝わり船がビリビリと振動する。
直撃は避けたが、戦艦とは違って、軽空母は造りが華奢だ。それに一発でも甲板に直撃をもらうと、それだけで離発艦が出来なくなる。
山本は冷静に状況を判断する。このままでは、危ない。
「発艦の終了はまだか」
「あと四分はかかります」
「そうか」
敵の攻撃は増してくる。味方の戦闘機は死に物狂いで艦隊の掩護を続けているが、相手は巴戦にはつきあわず、はなから艦隊への攻撃だけを目指してくる。
さらに……。
「電探に機影!」
「なに?」
「右百度、距離六十、その数……およそ百ッ」
百だと……?
また新手が来たというのか?
報告によれば敵の空母は小型が三隻のはず。
それならここまでの大編隊は寄こせないはずだが……?
もしや、まだ他に空母がいたのか?
「まちがいはないか」
「確認せよ。……機影に間違いはないか」
間違いであってくれと思うが、望みは薄い。
攻撃が増すなか、ここに百機の攻撃隊が来れば万事休すだ。
「……間違いありません!」
通信士が油汗をしたたらせながら叫ぶ。
山本は観念した。
こうなったら、少しでも多くの敵を墜とすだけだ。それには……。
「ただちに発艦をとりやめ、高角砲を撃て」
「発艦中止ッ」
「艦上の航空機を退避せよ」
「直掩隊は距離二マイル以遠に退避!」
「くりかえす。直掩各隊は艦隊距離を二マイルに保て」
「電探連動高角砲用意!」
「全駆逐隊に伝達。電探連動高角砲撃て~ッ!」
命令はただちに実行された。
近距離で戦闘していた各隊が艦隊から離れていく。
兵士が走り、発艦しようとしていた艦載機を止め、退避させると同時に、高角砲に近接信管つきの砲弾が装着される。
敵機が激しい機銃掃射をしかけてくるなか、予備の弾倉が中から運びだされ、赤城の両舷に設置された二連六基の十センチ連動高角砲のそばに積みあげられる。
この砲は、とにかく打つ速度が速いために、弾がいくらあっても足らなくなるのだ。
「準備よし!」
「撃て~っ」
キュイ―――ン、キュ、キュキュ。
砲台が回転し、めまぐるしく動く。
敵機があまりにも近いため、レーダーに感知される対象が変動するのだ。
キュン!
迎角が一瞬あがるとすぐに高角砲が発射される。
ドン!
バシャアアアアン!
すぐそばに飛行していた敵のグラマン機が、直撃弾を受けて爆発する。
破片が粉々に飛び散り、空母の甲板に降り注ぐ。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
駆逐艦からも高角砲の音が聞こえてくる。
数機が白や黒の煙を吐いて、海上に落下していく。
ようやく留飲の下がる思いがしたとき、思いがけず通信士がこちらを振り向いた。
「チャンネルGに緊急通信あり」
Gとは、艦隊間の音声チャンネルだ。
「流せ」
通信士が司令室内に音声をつなぐ。爆音が鳴るなか、スピーカーから大きな声が聞こえる。
『こちら南雲艦隊艦載機。貴艦隊に向かって飛行中、状況を乞う。くりかえす、こちら南雲艦隊の艦載機、そちらに向かっている。……そちらに異状はないか』
「電探反応はこれか」
「そのようです」
山本は大きく息を吐いた。
どういう理由かはわからないが、マーシャルに向かっていたはずの南雲たちが、こちらの危機を知って艦載機を飛ばしてきたらしい。
「……うん、では状況を教えてやれ」
「ご自分で話されますか」
妙に真剣な表情で通信士が問う。
なら、と手を伸ばす。
「押釦を押してお話ください」
マイクを手にとり、ボタンを押す。
「司令官の山本だ。現在こちらは六十機から攻撃されている。全軍よく戦い、加勢は特に必要ない」
『……』
司令室のみんなが呆然と見つめている。
「ないが……せっかく来たなら、盛大に加勢をたのむ」
『……諒解しましたッ!』
マイクを返す。
「せっかく来たなら、仕方あるまいよ……。各隊にも連絡せい!」
そう命じながら窓へと戻る。
一瞬静まっていた室内が一気に動き出す。攻撃はまだ激しい。高角砲は唸り、爆音が窓を震わせている。
だが、雲間には空が見えてきた。
一方的な防戦にも、ようやく希望が見えてきました。それにしても「せっかく来たのだから……」とは負けず嫌いにもほどがあります。でもまあ、この世界線の山本さんなら、これくらいのセリフは言ったかもしれませんよ。




