坂井のざんざ節
●14 坂井のざんざ節
こちらはアメリカ空母三隻――カサブランカ、リスカムベイ、アンツィオ――を擁した米艦隊である。空母のほかは巡洋艦、駆逐艦十三隻、潜水艦は六隻が帯同するという、物量にものを言わせた巨大な編成だ。
率いるのは、老練の提督、ウィリアム・ハルゼー・ジュニア。彼は体調不良でこの春入院していたが、今回は艦隊出撃を打診され、ようやくナグモに一矢を報いるチャンスが来たと知り、急遽退院して戦場へと駆けつけていた。
「痛みますか?」
歯を気にする様子に、副官のギャラウェイが心配そうにたずねる。
「まだ歯槽膿漏が治らなくってね」
しわがれた声で不機嫌そうな表情のまま、ハルゼーは手を振った。
揺れる空母の指令室でも器用に立っているのは、さすがは大ベテランといったところか。
「それより、作戦は順調かねギャラウェイ君?」
「はい。すでに待機しております」
「うむ……あの戦闘機には期待できる。おまけに……」
そう言って振り返る。
「われわれには頼もしい友人たちもいる。……ですなレイ?」
そこには仏頂面をした将校が一人、こちらはしっかり両手で機材に掴まりながら返事をした。
「おまかせを、ハルゼー提督」
年齢は四十歳くらいか。やせ型でおちょぼ口、鼻の下のヒゲをピンと整え、英国の軍服を身に着けている。
「大英帝国の名誉にかけて。そちらの新兵器とやらは、どうですかな?」
「ふふふ、今から楽しみですな」
この男は、ハルゼー提督という雲の上の司令官にまで、なんだか奇妙に高飛車だ。
ここに来てから、ずっとこんな調子なので、ハルゼーもギャラウェイも、すでに慣れっこになっている。
というより、こうしたやりとりを許容したのはハルゼー自身であり、そうやってこのプライドの塊のようなイギリス王立空軍の将校を遇することによって、自然と部下の兵士たちもそれを許した。そしてそのためか、なぜか艦隊全体の指揮やチームワークもよくなっていた。
要するに、ベテランが減り、心細くなっていたアメリカ海軍のパイロットたちも、彼らには大いに期待をしていたのである。
「レイモンド・マロリー大佐の部隊はまちがいなく戦果をあげるでしょう。それに、わが方も合衆国最新鋭戦闘機を優先的にお貸ししておるのですから」
笑ってフォローするギャラウェイを、レイはじろりと睨む。
「お言葉ですが、優秀な搭乗員を貸しておるのは大英帝国ですぞ」
「そ、その通り……」
とにかくすぐに結果は出る。
ギャラウェイは苦笑しつつ言葉を飲みこむ。
彼らは最新鋭のレーダーによって哨戒機を襲撃し、みごと撃墜した。だとしたら、敵の攻撃機はいずれやってくるだろう。その時にこそ、この作戦が真価を発揮する時なのだ。すぐに答えは出る……。
「大英帝国王立空軍に」
ハルゼーがなにもないグラスを持ち上げる仕草をした。
「合衆国に」
マロリーは両手でしっかり機材を掴んだまま、うなずいてそう返した。
「敵艦隊発見!」
「やはりいたか!」
「く、空母ですっ」
「いけいけ~っ!」
山本艦隊を出た疾風攻撃隊は、距離三マイル、高度三千メートルの上空から、敵艦隊を発見した。その数約二十。白波のようすから、全速で友軍へと接近しつつあるとわかる。
はやる戦闘機の飛行士たちは、われ先にと飛び出していく。こうなったら編隊を維持するのは無理だ。
空母龍驤の攻撃隊長、坂井三郎はその中にあって、敵艦隊にはわずかな直掩機しかいないことを見抜いた。そして同時に、そのあまりにも無防備な様子が引っかかった。
「読めんのう……」
坂井はスロットルを慎重に押しこみながら、思わずつぶやく。
戦闘機どうしの戦いは反射神経ではなく、読みあいで決まるというのが彼の持論である。哨戒機を墜としたら、連絡されることぐらい、わかりそうなものだ。ではなぜ、わずかばかりの直掩機しかいないのか。
「哨戒機、木谷、対空電探に感知ないか」
『……ありません』
その間にも次々に編隊は向かっていく。列機も先ほどから坂井機に並んでは、こちらをチラチラ見ている。はたして、坂井のチャンネルに無線が入った。
『隊長、行かせてください』
「待て、なにかおかしい」
無線のチャンネルを攻撃隊全体に変える。
「こちら坂井、敵の直掩機が少なすぎる。油断せず……」
そう言ったとき、上空に気配がした。
(!)
右へ旋回していた一機に曳光弾が降りそそぐ。
ピュンピュンピュンピュン!
「うおおおおおっ!」
飛行士の思わず出した声が聞こえる。
あっと言う間に、二機の友軍機がバッと火を噴き、黒煙をあげた。
見上げる坂井の目に、降下してくる数十機の編隊が入る。
「上だ! 待ち伏せされたぞ!」
坂井は機首を上に向けながら、横転して空域を離れる。
列機もそれに倣う。疾風の二千馬力のエンジンがうなりを上げる。
たちまち混戦となり、不意を突かれた攻撃隊は逃げ惑うばかりになる。坂井は必死に目を凝らしながら上空を目指す。
下から一機に狙いをつけ、二十粍機銃を放つ。
ドガガガガガガガガガ!
ピュンピュンピュンピュン!
曳光弾が降り注ぐ。躱しているつもりはないが、本能的に機体を振り、襲い掛かる敵機とすれ違う。
その刹那、坂井の目に、小さくずんぐりした機体が見える。それは今までに見たことのない新型機だった。
(そうか。真上にいたから電探にかからなんだか……いや)
一瞬言いわけじみたセリフが浮かび、振り払うように宙返りする。
機体がミシミシと音を立てるのを聞き、歯を食いしばる。
(油断よ。しょせんは油断したのよ)
『うああっ!』
『攻撃機を掩護しろ!』
無線に激しい声が響く。こうなったら、とにかくいったん態勢を立て直すしかない。目の前に敵の艦隊は迫るが、急ダイブで繰り返す一撃離脱の敵機をなんとかしないと、攻撃どころではない。
坂井はバンクして海上に小さく見える艦隊を俯瞰する。雷撃機天山の編隊が攻撃をすり抜けて降下していく。しかし、高角砲の黒煙が艦隊の周囲にバババっとあがると、一機が翼を散らして海へと落下していく。
(くそッ)
戦闘機がいないまま突撃したせいか。いや、それにしては……。
見れば高度三千五百のここからでも、敵の艦隊はやたらと駆逐艦が多い。戦闘機の掩護攻撃がないまま、雷撃機だけで突撃しても、高角砲や機銃砲の弾幕にやられてしまうのかもしれない。
「雷撃隊は待てッ」
坂井はその言葉に効果がないと知りつつ、無線に送る。
とにかく、皆を落ち着かせんと……。
上空から飛来する敵の新型機はあいかわらず一撃離脱方式だ。撃ってはダイブし、空域を離れてから上空に行くと、また落下しながら攻撃してくる。これにつきあっていては、いくら疾風でも不利になる。
とにかく、落ち着いて空域を離れ、上昇する敵を探してこちらから仕掛けるのが一番だ。それにはとにかく、みんなを鎮めなければ……。
ドン!
また目の前の疾風が黒煙をあげる。零戦よりは改善されたが、それでもあの新型機と真っ向勝負するのは辛そうだ。
「落ち着けッ!」
だが浮足立った友軍機たちはあいかわらずダイブ攻撃され、それを追いかけ、追いつけずにまた戻ったところを上空からやられそうになっている。
なにか言わねば……。注意を引くなにかを。
坂井は送話器を抑える。
「あそーれ!岳の新太郎さんの下らす道にゃ♪」
思わず故郷の民謡が口に出る。
(!)
「金の 千灯籠の明かれかし~」
自分でもその節にあわせて、優雅にバンクを決める。
曳光弾が飛び交う中、一瞬音が途切れて、無音になった気がする。
坂井の歌を聞いて、みんなが息をのんでいる。
「ザンザザンザとくらあ!……落ち着け!……皆の衆」
ザンザ節、失礼しました。音声無線のこの世界線なら、ユーモアのある坂井さんなら、こんなことも……というシーンでした。ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




