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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第五章 北の海編
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小さな戦利品

●55 小さな戦利品


 遠くで航空機の音がしている。


 顎の下で、波が揺れるたびに、ちゃぷちゃぷと小さな音を立てている。


 高橋赫一とバド・ミッチェルは、もう長いことお互いに銃口を向けあっていた。二人とも、はあはあと激しい息使いをしている。


 ふいにバドが鼻まで浸かり、むせこむ。見えない足元では、なんとか浮かぼうと必死に足掻いているのだろう。さっきから、彼はなんどもこんなことを繰り返している。


 高橋とて、疲労は限界に達していた。銃を持つ腕はぶるぶる震え、腰や足も痛む。なにより冷蔵庫のような冷たい海水が、体力を刻一刻と奪っていく。


(撃ってしまおうか……)


 と高橋は考えた。


 かじかんだ指は動かないかもしれない。だがやってみる価値はある。


 ただし、これは照明弾だから、直撃したとしても、相手が死ぬとはかぎらない。


 ……ま、それは相手にしても、同じか。


 この状況であの拳銃が当たるかどうか怪しいし、そもそも、弾が出なければそれまでだ。


 またバドが溺れそうになる。今度は頭のてっぺんまで沈んで、あわてて波をかき分けてはせき込みながら、水面に顔を出す。


 航空機が近づいてくる。


 力強いプロペラ音が、上空からだんだん大きくなる。


 高橋はふいにバカバカしくなった。


「……やめるか」


 高橋はゆっくりと照明弾を真上に向けた。


 神経を集中して指を動かしてみる。


 ドン!


 ひゅるるるる……バアン!


 あたりが明るくなる。普通なら照明弾はパラシュートでゆっくり落下するものだが、どうなっているかはわからない。とにかく、上空でジリジリと燃焼材が燃える音がして、その明かりが闇に慣れた目にはまばゆいほどにあたりを照らした。


 三メートルの向こうに浮かぶのは、まだ若い兵士だった。


 白人だが、日に焼けた褐色の肌をしており、黒い髪なのであまり違和感はない。


 瞳の色はわからないが、映画で見たなんとかいう俳優にちょっと似ている気がした。


「……おい、これに掴まれ」


 疾風の翼をすこし差しだすようにする。


 その意味に気づいた男が、さして迷いもせず、こちらに足掻き、やってくる。


 高橋は空を見上げた。


 飛行艇らしい航空機が旋回をはじめる。見たことのない、知らない機影だった。


「あれがどっちの救助艇かで……どっちが捕虜か決まるのう」


 皮肉に笑いかける。


「……Thank you」


 男が左手のパラシュートを手放し、翼に手をかける。


 右手に持つ自動式の拳銃はまだ手放していない。無意識なのか、それともわざとなのか、高橋にはわからなかった。


「わしゃ高橋じゃ。マイネーム、イズ、タカハシ」


 高橋は照明銃を海に放り、右手を差しだしだ。


 男はちょっと考え、同じように拳銃を捨てた。


「バヅ・ミッチュ」


 二人は手を握りあう。


 百メートルほどのかなたに、水上機が水しぶきをあげて着水した。


 それは伊四百型潜水艦による潜水艦搭載用の水上攻撃機、晴嵐せいらんであった。




 ようやく敵の攻撃部隊がいなくなり、海上では夜を徹しての救助活動が行われている。


 航空機が何発もの照明弾を撃ち、あたりを照らしだす。波間に浮かぶ兵士たちを、晴嵐や、十機あまりもの飛行艇、そして大発動艇が走り回って、懸命に救助していた。


 おれの命令で、救助に際しては、敵兵もわけへだてなく収容しているはずだ。むろん、銃を向けたり、武装解除に応じず、やむなく射殺したりと、多少の悶着はあったものの、帝国軍の捕虜の扱いが良いことは、米兵にもある程度知れ渡っているらしく、総じて大きな混乱はなかった。


「未帰還機はどれくらいだ?」


 おれは源田からの報告を受ける。


「はい。艦隊出撃数は百七十七機。未帰還は五十三機です」


「うーん、多いな……」


 緒戦にも関わらず、思わぬ被害が出た。


 ようやく艦橋にもどってきた山本さんも、おれの隣で腕を組み、報告を聞いていた。


「南雲くん、飛行士たちはよくやってくれたよ。あれだけの猛攻を受けて、この航空母艦が無事だったのは奇跡じゃないか」


「そうですね……ずいぶん機銃ではやられましたが」


 おれは甲板で修復の作業を行う兵士だちを見おろす。穴を塞ぎ、鉄板を敷き、破壊されたフック止め具を応急修理しているようだ。


「それで、救助できたのは?」


「現在までで二十三名。ただし、これは継続中であります。明日も夜半までは捜索を続けます」


「うん、たのんだぞ」


 おれはすばやく計算する。今回の出撃は迎撃ばかりだったから、ほとんどが一人乗りの戦闘機だ。つまり、五十三機はほぼそのまま墜とされた人数で、すくなくとも、三十名が犠牲になったことになる。


「不知火の船員はどうだ?」


「むろん海に投げ出されたものは全員救助しました。被雷した際の死者は機関部の九名です」


「よく沈まなかったよなあ」


 窓から後方を見る。


 そこには、乗員二百五十名に満たないあの駆逐艦不知火が、やや後方へ傾きながらも自力で浮かんでいた。


「亡くなった兵は残念だけど、不幸中の幸いってやつだな。うちの艦隊も、ダメコンがうまくなったもんだ」


「だめこん?」


「ダメージコントロールですよ山本長官。日本語なら……被害回復技術、ですかね?」


「被害回復技術」


 なにか感心したように唸っている。


「なるほどな。破壊されないことと同じくらい、いや、それ以上に重要な技術ってことだな」


「空母隼鷹には桜庭という名物内務長がおりましてね。彼の助言でマニュアルを全艦隊に配備しました。同時にダメコンの要員を増やして、戦時には水没区域の封鎖や退避行動を統括させたんですよ」


「なんと。き、君という男は……」


 攻めるばかりが戦争じゃないですよ、と喉まで出かかる。


 気を取り直して大石にむきなおる。


「とにかく、遭難者の救助をしっかりたのむぞ。生きてるものは全員救い出せ」


「わかりました」


「晴嵐をもっと出そうか?」


 山本さんが言う。


「お願いします。今回、晴嵐には大活躍ですよ……」




 空母赤城の病院エリアでは、駆逐艦不知火の重傷者を筆頭に、負傷者や救助された兵士たちの治療が、行われていた。


 そこにはあの田垣医師や比奈かずこの姿もあった。


「先生、み、みず、水をくれ」

「検査がすむまではいかん!我慢しなさい」

「誰か、母艦へ連絡してくれよ」

「わたくしがしておきましたわ。安心してくださいな」

「俺はなんともない。行くぞ」

「勝手にせい!」

「うーん、うーん」


 ケガをしたものは、それぞれの姿で、処置を待っている。


 その中に高橋赫一の姿があった。


 疲労困憊とはいうものの、海水をしこたま飲んで眩暈に苦しんでいるだけだ。したがって治療と言っても、湿布を貼られた後は、白湯を飲まされ、ただ休めと言われた。


「……」


 高橋の腕には米陸軍の腕時計がつけられている。


 それは晴嵐の機内で、あのアメリカ兵と交換したものだ。


 武装解除で、持ち物をすべて出せと言われた彼が、時計を外して高橋に差しだした。


 そして高橋も――なぜそうしたのかは彼自身わからないが――思わず自分のものを外し、渡したのだった。


(あいつ、いつ帰れるんかいな?)


 何年先になるかはわからない。


 長ければ、この戦争が終わるまで、ずっと捕虜として収容され続けるだろう。飛行士などは特に返さないと聞いていた。


(ま、いいか)


 と高橋は思った。


 戦って、生き延びた。

 それだけで、十分じゃないか。


(俺もいつ死ぬかわからん。こっちが先かもしれんしな)


 高橋は腕時計を少しだけ眺め、それから、うとうとと眠りだした。



いつもご覧いただきありがとうございます。戦いが終わり、それぞれの夜が訪れます。 ご感想、ご指摘をよろしくお願いいたします。ブックマークを推奨いたします

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうお話しは救いがありますね。 兵士は戦いを強要されているのであって、戦場を離れれば普通の人間に戻れる。 大岡昇平の『俘虜記』を思い出します。 [一言] これからも楽しみにしております…
[気になる点]  細かい事ですけど水上艇は水上飛行艇の略称なのでしょうか?、水上艦艇は聞いたことがありますが、あまり無いもので一応、  ・水上機--フロートのみで浮いている航空機。  ・飛行艇--フロ…
[一言] なるほど、水上機の『晴嵐』がありましたね。 人命救助は時間との勝負だし、南雲中将が負傷兵を見捨てるはずが無いですよね。 高橋たちが救助されて良かったです。 今後の更新も楽しみです。
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