水雷屋の血が騒ぐ?
●53 水雷屋の血が騒ぐ?
距離五千までの海域で、迎撃隊が徹底的に敵戦闘機を狙い、チャフの投下を阻止することで、連動高角砲はようやく正常に機能しはじめた。
キュイ――――ン
ドンドンドンドン!
キュイ――――ン
ドンドンドンドン!
ド―――ン!
バシャアアア!
夜陰に、敵機が爆発する火炎が激しく飛び散る。
電探には昼も夜もない。こうなると連動砲は圧倒的に有利だった。
敵機の接近を感知して方位と迎角を調整し、自動的に高角砲を発射する。その近接信管は、敵を見つければ自動で爆発し、あたりに榴弾を撒き散らす。
その間、こちらはただ、必死で弾薬の補給をするだけだ。
それも、今回の出動に際しては過去の実績を考慮して、この赤城ですら、一万四千発もの弾薬を積んでいた。
これは一基につき三千五百発にもなり、ほぼ一時間撃ちっぱなしでも尽きないことを意味する。実際には動作と照準にも数秒かかるから、二時間以上は撃ち続けることができた。
赤城の上空が緑色に染まっている。
高角砲には母艦固有の煙色が使われており、空母赤城は緑だった。駆逐艦は青、巡洋艦は黒である。投光器に照らされて、あたりの空はさまざまな色に染まりだした。
「南雲長官の狙いが当たりましたな」
大石が夜空を見上げながら言う。
「チャフに関してはな」
「と、言いますと?」
「雷撃機がまだ来てないだろ」
おれは腕を組んだ。
今のところ、幸いだったのは、攻撃隊のほとんどが爆撃機だったことだ。しかも敵の攻撃精度は低く、高角砲を避けながらの爆撃は、ほとんどが海中に消えた。
しかし水雷攻撃は比較的ロングレンジの攻撃が可能で、しかも水面をぎりぎりに飛ばれると波で電波が乱反射するから、電探砲とは相性が悪い。
「ふうむ、敵は陸軍さんのようですが、来ますかな?」
「そりゃ来るよ。単に水雷は重いから速度が遅いんだろ」
「となると……まだ油断はできませんな」
「そういうこと。被害は?」
「さきほど右舷後方に爆弾が落ちましたが、直撃はしておりません」
「ああ、あれか……」
そう言えば、いらだった敵の爆撃機が、体当たりに近い攻撃をやりだしているのだ。さっきは危ないところをかろうじて躱した。
「まったく、体当たりとは、策のないバカの仕業ですな」
……うん、そうだね、大石くん。
やがて、高角砲が徐々に散発的になる。
ドンドン……ドンドン!
敵の攻撃がすこし減ってきたようだ。
まさか二百機もいた敵機だから、全部を墜としたわけではないだろうが、弾や爆弾をなくせば、離脱したり、帰投するのは常識だ。
おれは甲板を見おろす。
大石の言う通り、目立った被害はなさそうだ。
ドンドン……ドンドン!
ダダダダダダダダ!
ふと気づけば、時折反応する高角砲にあわせて、機銃手が機銃を発射している。
(……ほう)
射撃指示の兵は、高角砲の反応を見てその方角に照準を修正し、発射しているのだ。本能的につかんだノウハウなのかもしれないね。
甲板の鉄柵にチャフが引っ掛かり、月の光にきらきらと輝いている。律儀な兵士たちが、それを手で回収しては、不思議そうに見て海に捨てている。チャフに遭遇したのは初めてなのだ。
その時……。
「三時と九時の方向、雷跡ですっ」
伝声管から声が響く。
(なるほど、そういうことか)
敵襲がいったん止んでいたのは、雷撃隊に針路を開けるためだったのだ。おれは赤城の左右両舷から近づく敵の魚雷を思い浮かべる。水雷屋の血が目覚める。
「航海長、取舵っ!」
「機関、左舷停止、右舷全速」
エンジン音が高鳴り、船体がぐうっと右へ傾く。おれたちは計器に掴まり、身体を支える。
「雷撃に備えよ」
「赤城に雷撃!迎撃隊は雷撃機を墜とせ!」
艦橋の窓から見ようとするが、ほとんど見えない。
このままでは指示が出せない。
「大石、あとを頼む。おれは上から指示を出す」
「危険ですっ」
大石が目を剥いて止める。
「大丈夫だ。危険と判断したら引き返す」
「し、しかし……」
かまわずベランダに出て、そのまま監視所に上る。
そこには対空監視員四名、海上監視員四名、そして投光器を操作する兵士がそれぞれ二名づつ計四名と、かなり手狭な印象だった。
そこにおれと黒電話を持った兵士二名がやってきたものだから、みんなは驚きの表情を隠せない。
「騒ぐな。集中しろ」
そう言って鉄柵につかまって海面に目を向ける。
投光器が照らす海面を注視すると、遠くに白く波立つ水雷の軌跡が見えた。
(あれか……)
その間も赤城は大きく回頭していく。
反対側に回る。そちらにも向かってくる雷跡が見え、魚雷がゆっくりと接近してくる。おそらくアメリカの航空魚雷Mk13だろう。速度は三十五ノットほどだから、この赤城とそれほど変わらない。
おそらくこのままで躱せると判断する。
「ヨーソロー」
「ヨーソロー!」
伝声管と黒い電話機に指令が走る。直下の艦橋におれの指示が伝えられる。おれは揺れる監視所の柵につかまり、航空機の音に耳を澄ませる。今のところ、上空には敵機はいないようだ。
「一時に雷撃機~っ」
おれの隣で双眼鏡を構えていた兵士が叫ぶ。
投光器が向けられる。
ハエのような小さな機影が水面の近くに機体を振っているのが見える。胴体の下に大きな魚雷を抱いているため、全体としてずんぐりしている。アヴェンジャーだ。
その後方からはおそらくゼロか疾風だろう。上から曳光弾を撃ちかけている。
ぽん、という感じで水雷が投下された。
「水雷が来ます!」
「面舵!」
アヴェンジャーは投下直後にバンクして逃げていく。
それを迎撃隊が追う。
ゴオオオオオオオオオ!
大きなエンジン音がして思わず振り向くと、駆逐艦――それは真珠湾をともにした、あの懐かしい『不知火』だった――が、赤城に並走しようと近づいていた。定石通り、赤城の盾になるつもりだろう。見ると、甲板には兵士がいて、敬礼してくれている。
(やられるなよ)
おれはすばやく敬礼を返し、鉄柵をにぎりしめる。
船体がこんどは大きく左に傾く。歯をくいしばり、足に力を入れる。
三本の水雷が赤城に向かって軌跡を走らせる。
その間隙を縫うように、赤城は針路を変える。
シュシュシュシュ……。
まずは一本目。
シュシュシュシュ……。二本目。
そして最後の一本が、わずか三十メートルほどの距離を通り過ぎて行った。
「……よし」
おれは肩の力を抜いた。
ギャァァァァァァアアアアアア!
(なにっ?!)
突然、左舷前方の上空から、プロペラ音が聞こえてくる。
風を切るカン高い音が、ドップラー効果でさらに高音へ偏移していく。
(しまった、急降下爆撃機だ!)
瞬間的に悟る。
海上へ集中しすぎた。見れば左舷には駆逐艦がいない。
高角砲は……?
だめだ。前の一基が反応していない。弾切れ中か?
右舷のは角度が合わない。迎角はほぼ垂直までだ。
おれはキンというほど、脳裏が研ぎ澄まされる。
赤城の大きな船体が自分の身体の一部になる。
「左舷全速。右舷後進。面舵」
「左舷全速っ!右舷後進っ!おもうかじいいい!」
わずか三秒後、船が反応する。
船首がわずかに上がり、それが降りると同時に加速度がかかって、船体は左にぐうっと傾いていく。
急降下のプロペラ音がけたたましく鳴る。
艦橋上部の監視所が大きく揺られ、ともすれば振り落とされそうになる。
「来るぞっ!」
プロペラ音がさらに高くなる。
間に合わないか……。
赤城のエンジン音が大きくなり、船体がさらに左に傾く。
そして……。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドバアアアアアアアアン!
(よっしゃああああ!)
おれは降りかかる火の粉を浴びながら、ガッツポーズをする。
敵の急降下爆撃機は、左に大きく傾いた赤城の右舷高角砲の直撃弾を受け、空中で爆破されたのだ。
「あつ、あっつ!」
肩をはたきながら身体をおこす。
「狙いどお……」
「六時の方向、二時の方向、水雷が来ます!」
「え、ま、また?」
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