目測、五千メートル
●51 目測、五千メートル
艦橋の窓から、光るなにかが見える。
最初はきらきらと。
やがては紙吹雪のように……。
なんだこれは……?
おれは窓に駆け寄り、上空を見あげる。
銀のテープ?
(!)
チャフだ!
窓に一枚、銀色のテープが貼りつく。
これはおれたちの電波兵器を妨害するためのチャフ(電波欺瞞紙)だ!
おれは唇をかみしめた。
そういえば史実においても、アメリカはすでにチャフを実用化していたし、日本軍でも模造紙に錫箔を貼った欺瞞紙を使用している。
1943年の第四次ブーゲンビル島沖航空戦では、大日本帝国海軍航空隊が、敵艦隊の一方にチャフを散布し、そちらに警戒を惹きつけておいて、反対側から雷撃を加えるという作戦を実行し、大きな戦果を挙げているのだ……。
米軍がおれたちとの過去の戦いで、電探連動や近接信管の可能性に気づき、その対策をとってきたとしても、なにもおかしくはなかった。
「この銀紙はチャフという電探を妨害するためのものだ。……艦長!現在の風速は?」
おれは長谷川をよぶ。
「六メートルです」
「よし、風と直角に針路をとれ。雀部、航空機の発艦をただちに停止せよ」
「わかりました」
「大石、駆逐艦は散開させろ。固まるな」
「はッ!」
空母艦隊は通常風上に向かって全速航行している。しかしそれではチャフをまともにかぶることになる。風に対して直角の針路をとり、駆逐艦を離すことで、できるだけ影響を受けないようにするのだ。
「両舷機関停止。……両舷全速反転」
「右舷全速!」
船がごおっと大きな音を立てて速度を落としたかと思うと、今度は右へ大きく傾き、左舷方向へ回頭しはじめる。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
連動高角砲はこの間も反応して撃ち続けている。
案の定、チャフが舞う右舷の反応が多い。
艦橋の窓から上空を睨んでいる監視員にたずねる。
「敵は見えるか?」
「いえ、よく見えません!」
無理もない。もとより夜襲だ。それに黒煙の煙幕もある。
この状況下で、人間が機銃で敵を撃ち落とせるとは思えなかった。
「砲撃長。機銃は上空に撃て。弾幕を張って、急降下爆撃を防ぐんだ」
「はッ!」
さて、次はどうするか。
まずは……この人だな。
「山本長官」
「ん、なんだい」
それまで大人しくおれたちを見ていた山本さんが、なぜか嬉しそうにこちらを振り向いた。
「この艦橋から退避していただけませんか」
「……わかった」
意外に素直だ。二人の司令官がこの艦橋につめているのは、敵の爆撃リスクに対して問題があると、わかってくれたのだろう。
「司令官室がいいでしょう。あそこなら頑丈な甲板の下で水雷にも耐えられる。おい、ご案内を」
「はッ!」
「南雲君、健闘を祈る」
「ありがとうございます」
颯爽と山本長官が出ていくと、おれはいよいよ腹を据えた。
「よし。こうなったら、チャフとの勝負だ。投光器で上空を照らせ。チャフが見えたら避けるように針路をとるんだ。あとは、電探砲のラッチを外して全方位に撃てるようにしろ」
バッ!バッ!
四台の投光器がいっせいに輝き、上空と海面を明るく照らす。
兵士たちが走る中、敵機がけたたましい音を立てて飛来する。
ブイ――――――ン!
ガガガガガガ!
バシバシバシバシ!
電探砲があさっての方向を撃っている間、敵の戦闘機は機銃を乱射して、赤城の甲板を穴だらけにしていく。
あまりにも危険なため、飛行士たちはすでに退避ずみだった。
たまたま、甲板にあがっていた一機の疾風はそのままリフトに戻され、格納庫に消えていった。
対空監視所から、戦闘機から撒かれるチャフの方向が知らされると、そのたびに赤城は針路を変更して、極力かぶらないようにする。
チャフが薄くなると、電探砲はようやく威力を発揮しはじめた。
ドンドンドンドン!
バシャアアアア!
夜の空に爆裂する敵機の火花が飛び散る。
「敵戦闘機撃墜っ!」
「四時の方向、爆撃機!」
艦橋では、対空監視員の叫び声が響いている。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ガガガガガガ!
ドオオオオオン!
赤城の右舷三百メートルほどの海面に敵が激突する。
チャフの効果は確かにあった。
投下されたチャフは電探の誤反応を招き、しかも近接信管はこれを敵ととらえて爆発した。
しかし、現在この艦は風と直角に針路をとり、全速で航行している。したがってチャフの影響を受けるのは限られた方向になっており、別の方向へは高角砲が待ちかまえている。さらに、チャフに反応して誤爆はしても、榴弾がばらまかれるのは事実なので、おいそれとは近づけない
ばら撒く係の戦闘機が減ってきたこともあって、敵は急速に墜ち始めた。
キュイーーーーン!
ドンドンドンドン!
ドバアアアン!
「一機撃墜~っ!」
夜のことでもはや戦闘機か爆撃機すらわからない。
とにかく、上空で大きな爆発がおき、あとは空を舞ってこちらを伺う戦闘機ばかりになったようだ。
ほっと一息く間もなく、声が響く。
「敵、第二次攻撃編隊二時の方角!数……」
おれは
「数は?」
「……約……五十!」
くそ!
おれは心の中で舌打ちする。
いくらなんでも多すぎる。五十もの敵機がこの赤城の上空に舞い、隙をみて向かってくるなら、とても無傷ではすむまい。巡洋艦に二基、四隻の駆逐艦に八基、合わせて十四基の電探連動高角砲は、チャフのおかげで威力は半分といったところだ。
どうする……?
普通に考えれば、数発の被爆、もしくは被雷を覚悟しなければならない。だが、この赤城は戦艦じゃない。それほど装甲は厚くないんだ。
くそ! あのチャフさえなければ、十四基の連動高角砲なら、十分相手ができるものを……。
チャフさえなければ……。
チャフさえなければ?
……。
……そうか! チャフを消せばいいんだ。
おれは振り返る。
「雀部、迎撃隊に連絡してくれ。赤城から目測五キロまで接近して敵を叩け。それも爆撃機ではなく、戦闘機を狙うんだ。チャフを撒いているのは戦闘機だ」
「高角砲は……?」
雀部がおれの目をのぞきこむ。
「そのままだ」
「……」
連動高角砲の信管射程は五百から三千五百メートルほど。それでも通常は誤爆を避けるため、味方の航空機には、通常一万メートル以内に近づくことを禁じていた。
「五千だ。それを守れば、射程からは外れる」
「しかし……一触即発」
「ああ。しょせん目測だから危険はある。だがこれしかないんだ。間違うなよ。戦闘機を狙え」
「わかりました」
雀部が迎撃隊に連絡を入れる。
「A6より各機。母艦より五千まで近づき、敵戦闘機を撃墜せよ。くりかえす。母艦より五千まで近づき、敵戦闘機を撃墜せよ。……まちがうな、五千だぞ!」
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