グライダー飛行で生還せよ
●50 グライダー飛行で生還せよ
敵の狙いは体当たりなのか?
そんな板谷の心配をよそに、混戦ははてしなく続く。
空母赤城に向かう敵の攻撃隊を追いかけ、敵を見極めると、すかさず機銃弾を撃ちこんでいく。さすがに、この歴戦のつわものは技能抜群で、アリューシャンの僻地で稼働するアメリカ陸軍航空隊では、とても太刀打ちできなかった。
とはいえ、持ち弾には限りがある。
もう弾が尽きかけるころ、全機銃の一射を敵の新型機にぶちこむと、その後方からすれ違うように飛来した疾風と一瞬目が合う。
そこには、あのドーリットル空襲をともに防ぎきった、高橋赫一が搭乗していた。
高橋は空域を離脱していく板谷を見て、目ざとくその被害に気づく。
暗い中、日本の戦闘機は全機がキャノピーを開け放っているが、そのアクリルの一部分が吹き飛ばされている気がした。いや、一瞬燃料の匂いもしたから、翼にも被弾しているかもしれない。
(板谷め、なんともなきゃ、ええが……)
マイクを取り上げようとして、やめる。
疾風の性能なら、あるいは板谷の腕なら、この戦闘が終わるまでは、なんとか飛び続けていられるだろう。
高橋はそう考えて索敵に集中することにした。
いったん高く飛び、旋回降下する際に敵影を探す。そのうち、海域を探索するように飛ぶ単機の爆撃機に気づいた。腹の下に爆弾を抱き、かなり低空までその高度をおとしている。
(あやつはきっと、空母赤城を探しているに違いないぞ)
左に右にバンクしながら、用心深く近づいていく。
そういえば、たしかにもうすぐ赤城のいる海域だ。いや、すでに見えているかもしれない。
その刹那、月明かりに照らされて、遠い海上に、黒煙のたなびきが見えた気がした。
……まさか、赤城から黒煙が?
もうやられてしまったのか……?
爆撃機を追いながら、母艦を確認するが、よくは見えない。このまま赤城まで飛んでいきたいが、これ以上は高角砲の距離になる。
気を取り直して低空を飛ぶ爆撃機に狙いを定める。
見失いそうになるたびに、キャノピーから顔を出して、敵の位置を確認する。
とつぜん、敵が速度をあげて上空へと飛翔し始める。
しまった、気づかれたか。
いや、疾風の馬力なら負けることはない。後方機銃を警戒して、螺旋を描きながら後を追う。
次の瞬間、はたして、敵後席の兵士が無茶苦茶に機銃を乱射しはじめた。
ガガガ、ガガガガ、ガガガガガガガ!
後方機銃は自由度が高くやっかいだが、敵兵の練度はかなり低そうだ。まるであさっての方向に曳光弾が飛びすさる。
それを悠々と躱し、左にバンク、それから右に振り、もう一度左へ。
ここまで昏いと、照準は役に立たない。
相手の曳光弾を見ながら、半ば勘でこちらの機銃を撃ちこむ。
ダダダダダダダダ!
……ドン!
あっさりと命中させ、気になる赤城を目で追う。
その一瞬が命とりになった。
ババババババババ!
複数の光跡が自機の周囲を襲う。
(いかん!油断した)
慌てて宙返りするが、すでに時遅し。敵の銃弾がエンジン付近を撃ち抜き、ばっと火の手があがる。首を回して敵を追うと、上空にずんぐりした黒い機影が見える。あれは敵の新型機か?
バルバルと啼きながら、エンジンが停止する。幸い身体に傷はなく、主尾翼ともに無傷のようだ。プロペラは自転しているが、高度は急速に落ち始める。
高橋は覚悟を決め、腰の下にあるパラシュートに手を伸ばす。
しかし、そこには、なにもなかった。
(ああ、置いてきてしもうた……)
不覚……。
南雲艦隊の飛行士は死ぬべからず。万一被弾したら、ただちに脱出して救援を待つべし。
そう、あれほど喧しく言われていたのに、いつもはちゃんと積んでいたのに、今日に限ってつい自分は大丈夫と慢心してしまった。
機体は傾き、高度はますます落ちていく。このままではあと三十秒ももたない。
マイクに手を伸ばす。
「こちら高橋、A6(赤城指令室)、A6応答願う」
『……A6』
「被弾した。海に不時着を試す。皇国に栄光あれ。以上」
『……A6諒解。死ぬな高橋!』
(よしッ、あとはやるだけだ)
急いで照明弾の銃を懐に入れ、操縦かんをにぎる。
まだ絶体絶命というわけじゃない。
このまま旋回して胴体着水できるかもしれない。
海面が白波に光っている。
月明かりがありがたい。
できるだけフラップを倒し、速度を落とす。
風を切る音が不気味だ。
海面がぐんぐん近づいてくる恐怖と戦い、必死で操縦をする。
以前にやったグライダー飛行の練習を思い出せ。
さらに海面が迫る。かなり速い。これでは海面に激突してしまう。
ざあっという波の音が聞こえた瞬間、思い切って操縦かんを引き、フラップを倒す……。
ド――――――――――ン!
激しい衝撃で腰の骨がくだけそうになる。
高橋はそのまま、気を失ってしまった。
敵の編隊は飛び去り、あとには海面に漂う疾風がひとつ。
その上空を、伺うように飛ぶ板谷機の機影が、月に照らされて輝いていた。
護衛の駆逐艦が燃えている。
といっても、攻撃されたのではない。南雲の指示で急ぎふとんが重ねられ、油をかけられて燃やされているのだ。そこからは黒煙があがり、あたり一面に煙幕の役目を果たしていた。
空には七割ほども丸い月。星は見えるが、黒煙と雲でわすかだ。
「電探連動砲用意よし」
「機銃よし」
甲板下にせりだした銃座に兵士たちが詰め待ちかまえる。
ゴオオオオオオオン!
南の上空からレシプロ機の編隊が轟音をあげて襲ってくる。
「敵機~~ッ!」
うっすらと見える敵の編隊が、徐々にせまってくる。五十機ほどあった敵機の第一群は、すでに半分以下になっていた。
やがてその編隊が、連動高角砲の電探に引っかかる。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
駆逐艦からの砲撃がはじまる。
それを合図に、機銃手たちも一斉に迎撃をはじめる。
「撃てえええええええ」
ダダダダダダダダ!
その時……。
機銃手の顔になにかが貼りついた。
(……?)
ヒラヒラヒラ……。
「なにか……なにかが降ってきます」
必死に機銃を放つ横で、補充の兵士が思わず手にとる。
「銀紙?」
いつもご覧いただきありがとうございます。はたして南雲艦隊は夜襲に耐えられるでしょうか。そして銀紙の正体は……? ご感想、ご指摘をよろしくお願いいたします。ブックマークを推奨いたします。




