板谷飛行士の疑念
●49 板谷飛行士の疑念
ただちに迎撃機が撃墜に向かう。
哨戒機は目的を達成したため、反転して逃亡を図るが、次々にやってくる刺客に機銃弾を撃ち込まれ、一機は胴が半分になり、もう一機は翼を破壊されて飛行士がパラシュートで脱出する。
「敵機撃墜!」
「よしッ」
よしじゃねえよ山本さん。
(それにしても……)
こんなにたくさんの艦隊の中から赤城だけを狙って、しかもわざわざ哨戒機で確認するとは、いったいどういうつもりだ……?
赤城艦隊は徐々に風上へと進んでいる。
今や空母を中心にして前方左右に駆逐艦二隻と、そのさらに前方には巡洋艦、後方にも二隻の駆逐艦が左右にわかれて掩護していた。
今回の出撃には駆逐艦が足りておらず、旗艦赤城の四隻はまだいいほうで、加賀や蒼龍、飛龍にはそれぞれ三隻しか伴走しておらず、龍驤や隼鷹には二隻のみだ。
理由はもちろん、潜水艦の掃海任務を担った草加艦隊に重きを置いたためだったが、すべての空母に電探連動砲が四基づつ配備され、対空艦としての能力が充実したという判断でもあった。
通常航空母艦にとっては水雷攻撃がもっとも脅威になる。それを自身が盾となって防御するのが駆逐艦の役目だが、電探連動高角砲は、その雷撃態勢に入ろうとする左右舷の敵機を正確に撃ち落とすことができる。
しかし、今回は島の基地から敵が総力を結集して攻撃隊を送り込んできている。理由はわからないが、結果的におれたちは二百機という膨大な敵を、単艦の艦隊で相手にしなければならなくなった。さすがにこれでは撃ち漏らすこともあるだろう。なにか、対策が必要だ。
「大石」
「はい」
「全艦隊に投火管制を敷け。離艦に必要なもの以外、灯りをすべて消すんだ」
「しかし、離艦には多少の灯火が……」
言外に巨大なリスクへの懸念を匂わせる。
「多少の灯火はいい。それぞれ現場の判断に任せるとしよう。月あかりがあるから、十分とは言えないが、敵への目くらましくらいにはなるだろう。その代わり駆逐艦は徹底した投火管制を敷いて姿を隠すんだ。さらに重油を燃やして黒煙で煙幕を張ろう。電探連動砲の効果を最大限に生かす」
急報を受け、板谷飛行士は迎撃隊の一番機として赤城から発艦した。
操るのは言わずと知れた疾風である。エンジンは二千馬力級にして自重二千六百キロ、燃料タンクには炭酸ガス放射自動消火装置と、内側へのゴム貼りつけによる防漏構造、さらに搭乗員背部への防弾鋼鉄も装備されている。
指示通り、甲板をまっすぐ飛び立ち、そのまま高度をあげていくと敵の飛来する座標へ向かう。
夜戦と覚悟して尾灯は点灯していない。したがって僚機とは無線で互いの位置を確認しあうしかない。宵闇はすでに天空を漆黒に染めだし、大潮の月は緑色の機体をわずかに浮かび上がらせている。
「敵高度は五千だ。このまま六千あたりで会敵する」
『諒解』
もうすぐ見えてくるだろう敵を必死に探す。迎撃戦という意味では最悪といっていいほどのタイミングだ。
しかし、板谷はふだんから闇夜には目を慣らしていた。夜襲は帝国のお家芸といってもよい。暗闇には交互に片目をつむり、夜目と音で探るテクニックがあるのだ。
(いたッ!)
見ればまだほの明るい海面に、黒い影の編隊が見える。
「十時の方向、敵機確認!」
無線を送る。
「板谷隊会敵す。全機突撃せよ。攻撃機を狙え」
覚悟はしていたが、敵は無数だ。
すくなくとも、三十以上はいる。機種もさまざまで混成部隊のように見えた。
操縦かんを倒し、一気に距離をつめていく。
敵はまだこちらには気づいていない。
敵機の編隊が間近にせまる。鈍重そうな雷撃機に狙いを定める。
スロットルレバーを倒し、突撃態勢に入る。
ふいに敵がバンクしてコースを変えるが、一瞬、板谷の察知が速かった。本能的に追い、追いかけつつ照準を合わせて行く
二十粍機銃を発射する。
バババババババババ!
敵があっけなく被弾して火を噴く。
板谷はぐい、と操縦かんをあげ、ほとんど宙返りのような恰好で旋回した。
(まだまだッ)
そのまま新たな敵を探す。僚機はすでに乱戦に入っている。
ふいに目の前に機体が横ぎり、撃ちそうになって赤い丸の印が目に入った。
同士討ちはまずい。ふたたび無線をとりあげる。
「日の丸を撃つなよ。腹の下をよく見ろ。爆弾を抱えているのが敵機だ。全機風防を開けろ」
ピュンピュン!
曳光弾が飛び、自身が狙われているのに気づく。
いったん上を目指し、しかし敵に遅れをとらないよう先行する攻撃機を探して速度を上げる。
何機かの敵を追い抜く。
目指すは先頭集団だ。
目の前に五機の編隊がいた。高度を微妙に変え、爆撃機であることを確認する。後方銃座も見える。
その瞬間、敵の後方機銃が火を噴く。
ダダダダダダダダダ!
バシッ!
左の翼に被弾する。確認している暇はなかった。
すぐに下方へと針路をとり、難をのがれる。
上を目指してみると、雲に月明かりがかかって、敵の機影を浮かび上がらせている。下から舐めるように上昇し、戦闘の機体を狙う。
ガガガガガガガガガガ!
そのままフットバーをけりこんで隣の機体にも撃ちこむ。
ガガガガガガガガ!
ドン、という音が聞こえる。破片が開け放ったキャノピーの一角を飛ばして板谷の肩を掠める。
衝撃を感じるが、構ってはいられなかった。
板谷は混乱して編隊をくずす敵の攻撃隊を追い、さらに上空へと上昇しようと操縦かんを引き上げた。
その時……。
ぐわっという音ともに、複数の敵機が上空から迫ってくる。
ものすごい音がして、一瞬耳が塞がれる。
ダダダダダダダダダ!
曳光弾が四方に散り、狙われているのがはっきりとわかる。
一瞬みえた敵の隙間を夢中でかいくぐり、雲へと逃げこむ。
(くそっ。今のが新型機か?)
先の海戦での報告を板谷ら飛行士たちは受けていた。
その時の、飛行士たちが描いた下手な絵を思い出す。
ずんぐりした機体。しかしとんでもなく馬力があるエンジン。
よくわからないサメの落書きすらしてあったという。
(ははあ、今のがサメか)
会敵した飛行士の話によれば、疾風なら互角、ただし敵の操作技術は低かったという。もったいない話だ。
戦闘機との一騎打ちをしてみたい欲望が一瞬走る。
……いや、よそう。
この作戦は赤城を護ることにある。敵の雷撃機を探さねば……。
雲間から出ると、まっすぐ赤城を目指すことにする。赤城を目指して一直線に飛ぶ敵の攻撃隊には、なるべく旋回などの行動はとらないほうがいい。そうしなければ、無駄に乱戦に巻き込まれ、結果敵の艦隊攻撃をゆるすことになる。
追いながら敵を見ているうちに、板谷は不思議なことに気づいた。
敵の雷撃機が極端にすくないのだ。
さっき、板谷が真っ先に墜とした機体のほかには、数えるくらいしか魚雷を抱いた機体がない。もしかすると、敵はよほど慌てて出撃したために、魚雷への換装をしなかったのではないか。
いや、そもそも敵の防衛隊は島の基地にあるから、雷撃機がなかったのかもしれない。
板谷は口の端で笑った。
だがその刹那に衝撃が走る。
なら、連中はどうやって赤城を撃沈させる気だ?
急降下爆撃か?
それとも……。
まさか……。
体当たり……?
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