二百機の来襲
●48 二百機の来襲
『総員敵襲にそなえ。くりかえす、総員敵襲にそなえ!』
メインマストの拡声器から放送が聞こえてくる。
「司令官、お戻りください」
伝令が叫んでいる。
兵士たちが一気にあわただしく動き出す。
山本さんもいぶかしげに、夕闇の空を見上げる。
「長官、中へ!」
とにかく今は情報を確認するのが先だ。
おれは山本さんを促し、早足で艦橋にもどる。
「どうした?」
艦橋に入ると、小野が駆け寄ってくる。
「電探に敵機の反応がありました。三時の方向、高度五千、距離八十!前後二つの大きな機影あり、ひとつが百ほどかと思われます」
「では、合計二百機か?」
「ふむ、ものすごい物量だな」
山本さんが半ばあきれたように言う。
「ウムナック島の基地からですかね」
大石も心配そうに駆け寄ってきた。
「いや、ウムナックの航空機はおれたちが夜襲で破壊した。前回の空襲もそうだったが、おそらくはダッチハーバーじゃないか? なにしろここは敵地だ。島々が続く敵の本土だから、やつらはいくらでも島の基地を経由できる」
「それにしても執念深すぎませんか?これだけ叩かれてもまたやってくるなんて……」
大石はいまいましそうに下唇を噛んだ。
「今は悩んでいるときじゃない。距離八十マイルなら、百五十キロほどだ。全速の戦闘機なら十五分で来るぞ。まずは敵の目標を探れ。そこへ直掩機を向かわせるんだ」
おれたちはアッツ島を取り巻く配備態勢をとっていた。さらに各空母艦隊は百キロの間隔を遵守している。全部を一度には狙えないように散開しているのだ。
つまり、敵襲と言っても、敵の目標地が問題になる。アッツ島前線基地か、それともキスカ島か。あるいは、おれたちのいずれかの艦なのか、敵の目標によって、場所が異なる。
「それが……」
小野が言い淀む。
「どうした、敵の目標は? 電探の方角でわかるだろう」
目を泳がせ、意を決したようにつづけた。
「敵機影は二つ、その両方がこちらに向かっております。敵の目標は……この、空母赤城です」
「なに?」
「……」
「……この艦に?」
「はい」
たしかに今は、悩んでいるときじゃなかった。
「……よし、すべての直掩機をただちに迎撃にむかわせろ」
「はっ!」
「山本長官」
「ん、なんだい?」
山本さんはたいしてびびってもおらず、おれの指示を興味深そうに聞いている。さすがは連合艦隊司令長官だ。腹が据わってるね。
「しばらくお帰りにはなれませんよ」
「かまわん。とうぶんは君の采配を楽しむよ」
「ではこのままここにおられますか」
「君が邪魔でなければな」
にやっと笑う。
「晴嵐は飛行士の救助に使ってもいいですか?」
「いいとも。……おい、伊四百に無電を打て。赤城に停泊中の晴嵐一機に戦時救助を任ず、とな」
小野が敬礼して走る。
おれも眼だけで笑って、軽く頭を下げた。
「助かります」
まったく、この人、こういう時には頼もしいね。
「大石」
「はっ!」
「風上に全速前進。ただし巡洋艦と駆逐艦には先を走らせろ。直線陣形をとり、両翼は電探連動砲で弾幕をはらせるんだ」
「わかりました」
「雀部」
「なんでしょう」
「戦闘機を飛ばしつづけろ。ただし、味方の電探連動高角砲にかからないよう艦載機は、発艦したら三千五百以上上昇してから敵機に向かえ」
「合点承知」
「砲撃長、連動高角砲の制御装置には零時の方向にラッチをかけよ」
「はい」
「長官、赤城の前を行く護衛艦にも連動砲があります。ラッチを指示しておきますか?」
「ああ、よく気づいてくれた。たのむ」
「はい!」
もう電探連動砲と離艦の同時運用には慣れていた。連動砲にラッチをかけ一部の方角に回らないようにすれば、味方の航空機はその方向への離着艦が可能となるはずだ。
「なるほど。みごとなもんだな。これが南雲艦隊か」
一息ついたところで、山本さんが感心したようにつぶやいた。
「報告書や話には聞いていたが、実際に見ると実に生き生きしておるな」
「長官、申しわけありません。赤城、加賀、蒼龍、飛龍、龍驤、隼鷹、すべての直掩機を足しても今は百機がいいところです。万一この赤城にもしものことがあったら、島への退去をお願いします」
「わかった。だが、俺のことは気にしなくていい。ぞんぶんに戦ってくれ」
すべての指示が終わり、艦橋につかのまの静寂が訪れる。
山本さんに椅子を預け、おれは立ったまま、双眼鏡で暗い空を眺めている。このほとんど夜にもなるタイミングで、まさか敵の航空機がやってくるとは驚きだ。しかも狙いがよりにもよってこの赤城とは、あまりにも話が出来すぎている。
この赤城の艦橋は甲板のほぼ中央左舷にある。
右舷の窓から次々に離艦していく迎撃隊が見えている。敵の雷撃機や爆撃機がなにかまだわからないが、二百もの来襲ともなれば、無傷ではすまないだろう。
グア―――ン!
他の空母艦隊からの直掩機が赤城を通り過ぎていく。
迎撃のために、敵影の座標に向かっているのだ。
「二時の方向、グラマン二機!」
伝声管から対空監視員の声が聞こえる。おそらく哨戒機だ。
「墜とせ!」
いつもご覧いただきありがとうございます。山本さんの面目躍如です。ご感想、ご指摘をよろしくお願いします。とても勇気づけられております。




