厳戒のロスアンゼルス
●46 厳戒のロスアンゼルス
「うむ、そうか、そうか……わかった」
源田航空参謀が疾風隊からの報告を受け、安堵の表情を浮かべた。司令官サロンにある艦内電話機の受話器をゆっくりと戻す。
「どうやら、間に合ったようです」
「よかったよ」
おれもほっと胸をなでおろす。
現在、おれたちは大和、武蔵の樺太配備を後方五百キロに終え、伊四百との合流を待つために、アッツ・キスカの北方前線基地まであと少しというところにまでやってきていた。
「おかげで敵の急襲は防げたが、空母艦隊の到着がばれてしまったな」
「……マズイことになりますかな」
と、おれと向き合うように座る大石が、心配そうにつぶやく。
「まあね。これだけの空母艦隊がここにいるとなれば、敵は総力をあげて攻撃してくるだろう。われわれは移動しながらその追撃をかわすことになる。だが心配はいらないんだ。われわれが向かうのは南へまっすぐ。マーシャル諸島からソロモンだからな。すぐに見失ってくれるさ」
「だといいんですが……」
まだ心配そうな大石を見て、おれは笑った。
「いや、大丈夫だろ。まさか別動隊が西海岸を狙っているとは、夢にも思わないんじゃね?」
このアッツ島から西海岸へは三千六百 海里ある。しかし艦隊にとっては到達可能な距離だった。
たとえば、この空母翔鶴の航続距離は一万 海里だ。つまり二十ノットの速度で進むなら、二十日もあれば到達する。伊四百にしても、水上航続距離は三万マイルを超えるのだ。
それゆえに、この地は補給基地としても、また作戦上も、重要な拠点なのだった。
「しかし、本当にやるんですか?」
と、大石がふいに真面目な顔で言う。
「なにを?」
「アメリカ西海岸の本土空襲です」
おれは笑った。
「やるもんか。西海岸にはそれほど敵の工廠はないし、都市爆撃なんか行ったら、ますます講和は遠のくぞ」
「え? でもわれわれの計画では……」
「狙いはあくまでも脅しと陽動だ。だから、ロスには実際の爆撃は行わず、伊四百二隻から発艦した晴嵐六機が、デモンストレーション飛行を行って危機感を煽るんだよ」
おれはたちあがった。
彼らにはまだ本当の作戦は明かしていなかった。
サロン室の壁に貼ってある大きな海図に向かう。
「聞いてくれ。これよりおれたちは二つの艦隊に分かれる」
おれは指先で海図をなぞる。
「おれたちはこれから山本さんたち伊四百隊と合流し、一方は南東へと進み、ロスアンゼルスを目指す。目的は伊四百二隻に搭載された晴嵐六機によるデモンストレーション飛行だ。もうひとつの艦隊は南下して、ソロモンとクック諸島の連絡を分断したのち、旧独領ミクロネシアのビキニ環礁から百キロの近海に向かい、そこで富嶽による原爆投下実験を掩護する」
「……」
「いいか。ロスの空に六機の爆撃機が現れ飛行すると同時に、ビキニ環礁では原爆が爆発する。その意味がわかるか?」
「あー、なるほど」
大石がぽんと手を叩く。
「これをいつでも落とせるぞ、というわけですな?」
「そういうことだ」
おれの脳裏に原爆のすさまじいキノコ雲が浮かぶ。
「まだあるぞ。それとほぼ同時期に、草鹿艦隊がマダガスカルに立ち寄って油田採掘交渉を行い、そのあとは米国の属国であるリベリアで鉄鉱石の資源獲得に一手を打つ。さらにそのリベリアはアメリカ東海岸の対岸にあると来た。さて、ここで問題だ」
「……?」
「その時、アメリカはなにを考える?」
「いやもう停戦講和の一手でしょう。こんな連中と戦争なんて、あぶなくてやってられない」
「だよな」
おれは笑った。
「連中は空母もなく、太平洋の島々は抑えられている。日本の機動艦隊には暴れるだけ暴れられて、あげくの果てにハワイを挟むように西海岸には水上攻撃機が飛び、マーシャルには空母艦隊、そして東海岸には別の艦隊、さらに原爆実験だからな……」
「原爆実験はいつなんですか?」
と源田。
おれは腕組みをし、海図の横にかけられているカレンダーを眺めた。皇紀二六0三年、などと書いてある。今日で月がかわり、七月がめくられていた。
「あと、ふた月だ。すべては九月上旬、原爆実験は十一日に行う」
「九月十一日……」
「だが、それまでにやることは多いぞ。伊四百と合流したら、瑞鶴を置いておれたちはクック諸島とソロモンを分断する。ここは今アメリカ海兵隊に狙われている可能性が高いんだ。反抗の足掛かりとしてな。だからいまのうちに叩き、原爆実験の邪魔をさせないようにする」
厳重な鉄条網が貼られたロスアンゼルスの海岸線。
この数か月ですっかり様変わりしたこの海沿いの町は、今はすっかり戦時体制に染まり厳重な警備が敷かれている。港湾は要塞と化し、ありとあらゆる防空兵器が設置され、二十四時間体制でレーダーが四方の海上と、そして空を睨んでいた。
「こんなところにジャップが来ますかね?」
基地の整備棟で働く若い整備兵が、ガムをくちゃくちゃとかみながら、レシプロ機の点検をしている。彼のそばには、ヒゲ面の男がひとり、こちらの方はなり年配のようだ。
「ジャップはアリューシャン列島の端まで来てるんだとよ。あそこが前線ってことは、いつでもこっちに来れるってことだ」
「へ! ……パールハーバーじゃあるまいし、もうだまし討ちは食らいませんよ。……見てくださいあれを」
若い整備兵がアゴで指した滑走路には、巨大な高角砲が無数に並び、いつでも敵の空襲に対応できるようになっている。
「三百はあるそうですよ。戦闘機だって、五百以上あるし、ミューロックや近隣基地にも千二百機は……」
「しッ!」
ヒゲ面が顔をしかめる。
「あ、来たぞ。急げ!お偉いさんにどやされる」
見ると、整備棟から二百メートルほど先にある基地建物から、立派な格好をした将校たちがぞろぞろと出てきて、数台の車に分乗しようとしていた。
「おい、さっさと終わらせるぜ。連中の目を見るなよ」
「イエッサー」
若い整備兵は、あわてて工具を掴んだ。年配のヒゲ面男は、横目で将校たちを見ていぶかしげな顔になる。
「いったい誰を乗せるのやら……ん? 女がいるぞ?」
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