嶋崎特務攻撃隊
●43 嶋崎特務攻撃隊
紅に染まった空母翔鶴の甲板に、艦攻天山が一機、舞い降りてくる。
ベテランらしく、スムーズな進入で、十分に速度を落とし、一本目のワイヤーに見事フックをかけて着艦をすませる。
元気そうな笑顔で颯爽と降り立ったのは、嶋崎飛行少佐であった。
甲板では、吉岡航空参謀が出迎えていた。
歴戦の勇士にして、いくつもの航空母艦を渡り歩いている猛者への敬意であった。
「ごくろうさま」
「嶋崎、ただいま空母翔鶴に赴任いたしました」
かつん、とブーツのかかとを鳴らして敬礼をする。
吉岡もゆっくりした動作で返礼をした。
「これから忙しくなるね」
「……自分はてっきり、次は瑞鳳に乗るものと思っておりましたよ」
にかっと笑う。
「そうだな。南雲長官の作戦ではこの海域に神鷹を、次は瑞鳳を置いていく予定だからな」
「はい、そのたびに自分は露払いをするものかと……」
吉岡は笑って、艦橋塔へうながす。
「それもいいが、君にはその前に、もっと重要な任務があるんだ」
嶋崎はふと、いぶかしげな顔になった。
「もっと、重要……?」
「まあ中へ。とりあえずは風呂に入って、ゆっくり休んでくれ」
吉岡忠一はこれまで南雲艦隊にあって、乙航空参謀を務めていた。
参謀には首席参謀、参謀長、甲参謀などがあり、乙は副参謀とほとんど同義の、ちょっと下の位を意味している。階級も実は嶋崎などと同じ、少佐だった。
それが草鹿艦隊になって、正式に航空参謀となった。
人柄は実直、冷静にして怜悧。どちらかと言うと職人気質で、大局よりは真面目に実行することを得意とする。
草鹿長官は、そんな吉岡をちょっとあぶなっかしく感じながらも、なるべく各母艦にわかれた航空機の運用を任せるようにしてくれている。
それが吉岡にとってはありがたかった。
艦橋にもどった吉岡を見て、草鹿が言う。
「嶋崎は来ましたか?」
「はい。元気そうでした。とりあえず風呂に入るよう言いましたが、よかったですか?」
「うん、構わない。それより、ちょっと飯でも食いに行こうよ」
「いいですね。南雲長官式に兵員食堂にしますか」
「いや、君と二人がいい。例の件について話したいからね」
「わかりました」
さっそく来たか、と吉岡は思った。
司令官サロンに入り、食事を運ばせる。
「おお、芋の煮っころがしか。おふくろを思い出すなあ」
席に着くなり、吉岡が言う。
「君は鳥取だったね」
「ええ、田舎ですが、いいところですよ」
二人で膳をぱくつく。
「吉岡、君もそろそろ海軍大学校に行くべきだと思うよ。頭は抜群にいいわけだし、うんと出世してもらうためには、専門の勉強をしてこいよ」
「やはりその話ですか……私は、このままがいいんですけどね」
「よくはないぞ」
草鹿が笑う。
「君なら首席で卒業できる。真珠湾、インド洋、源田参謀の下で、実戦経験は誰にも負けない。君のような人物に、これからの帝国海軍航空隊をひっぱってもらいたいんだ」
「その航空作戦なんですがね」
「まーた、話をそらせる気だな」
飯をかっこみながら、草鹿が睨む。
「いえいえ。ほら、例の件ですよ」
「ああ、オーストラリアの暴れん坊の件か」
「はい。嶋崎はそのためにこの艦に来させました」
「ふむ」
オーストラリアの、おそらくはダーウィン基地からしばしば敵襲があり、海軍と草鹿艦隊はその対応も迫られている。
「で、航空作戦とは?」
たずねる草鹿に、吉岡が箸をおいて身を乗り出す。
「これよりわれわれは神鷹を残し、南シナ海を南下して、フィリピンからオーストラリアに向かいます。その間に嶋崎を中心にした特務攻撃隊を編成したいのです」
「ほう」
吉岡は草鹿の反応を確かめる。
茶をすすり、じっと考えているようだ。しかしこの新米の艦隊司令官は、部下の話に耳を傾ける度量を、南雲長官からしっかりと学んでいた。
「編成と数は?」
「それも嶋崎に任せます。聞くところによれば、敵は例の双発機をあやつり、毎日のように帝国の航空機を血祭りにあげているようです。対策を練ってしっかり訓練をさせねばなりません」
「なるほど……」
しばらくあって、草鹿がにっこりと笑った。
「いいですよ。そのかわり、吉岡航空参謀、リベリアが終わって、原爆実験がすめば、君は必ず海軍大学校に行くと約束するんだぞ」
吉岡はそう言われ、うなずくほかなかった。
「……と、いうわけだ。やってくれるか」
嶋崎は吉岡の私室に呼ばれて、作戦のあらましを聞いた。
航空参謀に割り当てられた部屋はせまく、ほとんどベッドと机だけしかなかった。奥にある小さな丸窓のむこうは、黒々とした夜の海である。
「海上輸送路の確保のために、瑞鳳、龍鳳はいずれこの艦隊を離れる。しかし君と特務攻撃部隊は、この翔鶴にとどまってもらいたいんだ」
「なるほど、そうでしたか」
嶋崎はトレードマークの鼻の下のヒゲに手をやって考え込む。
「台湾、南シナ海、フィリピンからマレーにいたる海上路は日本の血脈。それを破壊する潜水艦も敵なら、航空機も敵……」
「そういうこと。これは俺たち第二航空艦隊に課せられた使命なんだよ、嶋崎飛行隊長」
「……敵の数は?」
「わからんが、連日のように二十機から三十機がやってくるらしい。おそらく、全体は……百機」
「百機?」
嶋崎はむらむらと闘志が沸き起こるのを覚えた。
百機もの新型機が入れ代わり立ち代わり、襲ってくるのはさぞかしつらかろう。インドネシアやフィリピンにある航空機は、まだ新型機が行きわたらず、敵新型機のカモにされているのかもしれない。
ぐっとこぶしに力を入れる。
「……こちらは半分でいい。疾風五十機で編成します」
「わかった」
「敵基地は攻撃しても?」
「いや、だめだ。オーストラリアへの空襲は南雲長官が禁じている」
「ではおびき出して戦うのですね?」
「そういうことになるな」
「……」
吉岡は嶋崎の目をじっと見つめる。
「他に、必要なものはないか?」
嶋崎は言下に答えた。
「岩本をください」
いつもご覧いただきありがとうございます。このとき、岩本飛行士は史実でも瑞鶴の搭乗員です。ご感想、ご指摘をよろしくお願いいたします。ブックマークを推奨いたします。




