改造空母のお手並み
●40 改造空母のお手並み
通商破壊の防止は大日本帝国にとって死活問題だ。
特に鉄と石油は戦争遂行には欠かせないものであるにかかわらず、日本の国内ではほとんど生産が不可能で、戦争直前の1941年においても、たとえば鉄鉱石は朝鮮、満州、中国などから年間三百五十万トン、東南アジアからは二百万トンを輸入している。
これは数万トンの資材を積んだ船舶が、毎日海路を往来していることを意味する。このシーレーンを確保し、資材船を護送することは、戦争と同様に、軍部にとって重要な任務だった。
しかし、この輸入量は、開戦後の1942年になって、急速に縮小してしまう。
おれの知る史実においては、1942年で朝鮮、満州、中国ルートはまだ健在だったものの、東南アジアからは一気に13万トンにまで減少し、1945年にいたると大陸からは二十万トン、東南アジアからの資源はほぼゼロになっている。
これは主にアメリカによる通商破壊によるもので、おれの作戦はこのアメリカの通商破壊――特に潜水艦による破壊工作を恒常的に防ぎ、さらに新たな輸入ルートを確保して、日本の発展と戦争継続を可能にすることにあった。
ちなみに、1973年における日本の鉄鉱石輸入量は、年間一億三千万トンをこえている……。
草鹿は九州から台南への通商ルートをゆっくり進んでいた。
台湾に配備された哨戒天山四十二機が、艦隊に先立ってこの海域をなんども往復している。
天山の磁気探知機に反応があれば、それはすなわち海中の潜水艦を発見したのであり、着色料の自動投下と駆逐艦への通報を行う手はずだった。
掃海に投入されている駆逐艦は総勢五十隻に近く、日本の保有する駆逐艦の三分の一にもなる。敵空母艦隊との決戦が一息ついた今だからこそ投入できる数だ。
空母瑞鶴の艦橋から、掃海のようすを見ている草鹿が口を開いた。
「あの噴進爆雷砲はどうだ?」
空母瑞鶴にもわずか二基が装備された、爆雷を遠くに飛ばせる新兵器について、草鹿はたずねた。
「は。とてもいいです!今まで駆逐艦からの投下だけだと、攻撃範囲が限られますが、あれを使うと数百メートルの範囲にバラまけるので、威力が格段にあがります!」
そばで痩せぎす眼鏡の村上大五郎が言う。
この草加艦隊には、本来は格上で不可能人事のところを、首席特別参謀として山口多聞、同じく特別航海参謀に角田覚治を、南雲のたっての希望として、実現させていた。
さらには航空参謀として吉岡忠一、そして機関参謀としては、この村上大五郎を抜擢していた。
主に潜水艦への攻撃を主たる任務とするこの艦隊も、南大西洋ではどんな襲撃を受けるかわからない。相手はアメリカのみならず、イギリスの裏切りだってありうるのだ。というわけで、南雲はあえて攻撃的な参謀連中を選定したのだった。
「ただいま、戻りました」
山口多聞が艦橋に現れる。
「やあ、ごくろうさま」
草鹿が帽に手をやって答える。
「翔鶴は大丈夫だったか?」
「ええ、万事抜かりはありません。桜庭問答集をしっかり実践しとります」
「それはよかった」
草鹿は白い歯を見せる。
南雲に慣らされてから、無駄口を一切ゆるさない帝国海軍の伝統は、ほんの少し変化している。
演説調でやっていた単調で無駄の多い報告なども、今は多少の会話でゆるされる風潮になっている。
「あの桜庭問答集を完全にやるのは難しかったでしょう」
桜庭問答集とは、あの空母隼鷹の名物男、桜庭平八郎のやっていた防火対策基準を、わかりやすい問答集にしたものだ。丸と罰を記入することで自然に防火対策が万全になる、という南雲のアイデアが取り入れられた。
「みんな真剣に取り組んでますよ。なんといっても、一ページ目に南雲長官の言葉が書いてあるのが大きいですな。艦を守り、被害を最小限に抑えるのは将士一人一人の命を守ることにつながる。これを遵守できぬのは、敵に利すると同じである」
「長官にしては言いましたよね」
草鹿はときどき、山口に対して丁寧な言葉になることがあった。同じく1892年の生まれで同い年だったが、なんとなく山口には敬意を払っている。そのことを山口もまた感じており、二人の関係はこの艦隊になって極めて良好だった。
「哨戒天山の配備と、物資輸送はどうだ、角田航海参謀」
「は。天山は台南、フィリピン、マレー、インドネシの各基地に配備が完了しております。また、南洋の井上中将、トラックの細萱中将の協力を得て、各基地への爆雷輸送、ならびにディエゴ・ガルシアへは輸送を行っておるところです」
ちょびヒゲ、ずんぐりした体形の角田が答える。
「おるところ、とはなにか。輸送が完了したのか、まだなのか」
山口がやんわり口を挟む。
「う、うむ、マレーにいったん陸揚げされた石油、兵器、その他物資は徴用船舶と護衛船ですでに一週間前には出港しとる。現在はインド洋からディエゴガルシにむかっておるから、輸送中だ」
「委細承知」
どっちもバリバリの武闘派だから、山口とは気が合うだろう、と思っていたら、双方ともに相手を意識しているらしく、わずかだが反目しそうになる時がある。
そんなとき、草鹿はまずは山口をたて、あとで角田をフォローするのが常だった。
「山口さすがだ。角田もごくろうだった。君の手配は実にぬけ目がない」
南雲の明るさには及ばないが、なんとかあの思いやりや公平さを、学びたいと常日頃から草鹿は思っていたのだ。
「敵潜水艦発見!台南の哨戒天山が敵潜水艦を発見しました!」
とつぜん、しずかな艦橋内に通信士の明瞭な声が響く。
「どこだ?!」
草鹿はいそいで海図に向かう。
現在の哨戒海域は、。まだ台湾と日本の間の海域なのだ。
「発見海域北緯……」
「こ、こんなところにまで……?」
やはり、敵の潜水艦はひそかに日本の支配海域にまでやってきて、通商破壊を虎視眈々と狙っている。
報告を受け、草鹿はただちに駆逐隊の出動を命じる。
「哨戒天山は目標海域より周囲十海里を探索。第二、第四、第六、第七、第十八、第二十一駆逐隊と駆潜隊は発見現場に急行せよ。残る戦隊は周囲を包囲!」
大きく取り囲み、さらに長丁場を覚悟して徹底捜索の構えだ。
「逃がすなっ。ここで逃した一隻が、将来の禍根になるぞ」
「はっ!」
「電探による警戒を怠るな。敵艦隊の襲来もある」
南雲の指示により、艦隊の旗艦には情報管理室が設けられ、百人もの情報系兵士がすべての情報を逐一分析している。
「空母はどうしますかな」
山口が問う。
草鹿は一瞬考え、中型の空母をより現場に近い海域に向かわせることにした。
「翔鶴と瑞鶴は南のまま。瑞鳳、龍鳳、神鷹は北に回りこめ」
「神鷹、大丈夫かな……?」
航空参謀の吉岡がひとりごちる。
神鷹とは、もとはドイツのシャルンホルストという客船だった改造空母だ。
神戸港に停泊していたところ、大戦の勃発にともない呉の海軍工廠で空母への改造を受け、帝国海軍の航空母艦として生まれ変わった。
むろん訓練はしっかり繰り返していたものの、今回の任務が初の出撃となる。はたして離着艦の運用がしっかりできるかどうか、吉岡はそれを気にしていたのだ。
草鹿がうなずく。
「大丈夫だよ。それに、神鷹には……あいつが乗ってる」
いつもご覧いただきありがとうございます。まずは草鹿艦隊が敵と遭遇しました。神鷹とはいかなる船か。ご感想、ご指摘をよろしくお願いいたします。ブックマークを推奨いたします。




