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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第五章 北の海編
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伊四百號のつかいかた

●36 伊四百號のつかいかた


 だだっ広い会議室に一瞬静けさが訪れる。


 格子がたくさん入った大きな窓には、今も降り続く雨が、流れる雫となって見えている。その小さな雨音が、室内にも届くようだった。


「一世一代の陽動……血が沸くわいな」

 中島知久平氏が細い目を光らせる。


 この人、そもそも思想的だし、作戦とか大局観とか、好きそうなんだよなあ。


「中島さんにもぜひご協力いただきたい。いえ、貴方なしでは、これらの作戦は成立しません」


「いいですぞ。わしゃ、とっくの昔に南雲はんに命ささげておりますでな」


 みんなもうなずく。

 その時……。


『お客さまがお着きになりました!』


 廊下に立つ当番の兵士が、大きな声で告げる。お客様、というのはあらかじめ申し合わせておいた符牒だ。


「お、進。お越しになったようだぞ」

「はい」


 進が扉を開けに立ち上がる。


 みんなが怪訝な表情で注目する中、


「やあ、ご苦労さん」


 と、堂々入ってきたのは、海軍軍令部、永野総長だった。


「!」

 みんなが驚いて立ち上がる。


 海軍の関係者はもちろん敬礼を、そして中島さんも軽く会釈している。


「これは永野さん、いつ、こちらへ?」

「南雲に呼ばれましてね。ついたのはさっきです」


 にこやかに応じる永野総長を、おれは自席を空けてむかえる。


「さあ総長、こちらへどうぞ」

「うん、悪いね」


 帽子をとり、右手で頭をつるりと撫で席につく。


「今回の作戦は海軍軍令部のトップである永野さんにも聞いてほしかったんだ。でも危険な陽動作戦だけに、海軍省ではやりづらくてね」


「なるほど、それでこちらへご足労を」

「……みんなすまんね。お邪魔するよ」


 そういう永野総長に、全員が恐縮しまくっている。

 へえ、永野さんて、そんなに偉かったのか……。


 その空気を読んだのか、永野総長が口を開く。


「そんなに硬くならずに。ハゲ頭がひとつ増えただけでしょ」


「……あ、いや」

 進まで硬くなっている。

「なんなら、撫でてみるか?」

 頭を差しだす。


「いえ、め、めっそうも……」


 ようやく、みんなに白い歯が見える。


「それでよろしい。じゃあ南雲くん、いつもの南雲流でやってくれ」


「わかりました」


 おれはみんなが落ち着くのを待って、話を再開した。


「じゃあ、原爆実験にともなう陽動作戦について説明をはじめる。これはみんながやっている生産部門にも関連することだから、理解しておいてもらいたい」


「……」


「まずこの原爆実験――これはもうびっくりするくらい、やる前から注目度が高いんだ。すなわち、アメリカでは本が出版されて話題になっているそうだし、ソ連もスターリンが直接情報を聞きに来た。日本の陸軍ですら、おれをこれで動かそうとしているくらいだ。それだけに、この実現には陽動を重ねないと集中砲火にあうだろう。……伊藤大佐もずいぶんお困りなんじゃないですか?」


 あまり無駄口をたたかない伊藤大佐が、ゆっくりとうなずく。


「そうですな。理論的には何人もの陸軍や科学者から問い合わせを受けました。まあ問題は結局ウラニウムなので、それがないと始まらない、ということがわかると、みんな引き上げていきますが」


 進も笑って、


「そのぶん、こっちは大変ですよ。鉱山も精製工場も濃縮工場も、それどころかあたり一帯が陸軍の兵士でいっぱいです」


 と、苦笑まじりに言う。


 なるほどね……。


 鉱山を抑えているから、まだ陸軍には余裕があるんだな。いつでも自分たちの自由にできると。


 もちろん同じ日本の国だし、今はそれで問題ない。問題があるとすれば、原爆が完成したあと、陸軍がかっさらっていって、強引にアメリカや中国に投下するとか言い出すことだ。今までの彼らのやり方を見ていると、それがないとも言い切れない。


 いや、陸送というのは口実で、実は引き渡した段階で、その後は行方不明になってしまうつもりかも知れないよな。


「やっぱり、鉛のつまった偽物を二発つくって陸軍に渡そう」


 永野総長の目が光る。


「永野総長、原爆の輸送には陸軍の手を借りず、海軍独自でやることにしました。その代わり、陸軍には偽物を渡しておきます。敵を欺くには、まず味方からってやつです」


「ふむ。それはいいが、それが陽動作戦かね?」


「いえ、それだけじゃありません。おれたちは世界を騙すんですよ」


 おれは大きな紙をとりだして、机に広げる。今朝旅館でもらった、まだなにも書いていない白い障子紙だ。


 そこへ万年筆で大きく書いていく。


『対アメリカ一 太平洋沿岸部への飛行と爆撃』

『対アメリカ二 フィリピン海域での潜水艦破壊』

『対イギリス アフリカ(リベリア)への艦隊派遣』

『対ソ連 南樺太への戦艦と航空機派遣』


 みんなが真剣な面持ちで見つめている。


 永野総長も中島知久平氏も、身を乗り出しておれのヘタな文字を見つめている。


 おれはひとつずつ説明していく。


「まずアメリカには二つ。ひとつは陽動そのものです。原爆実験の直前まで、すくなくとも本物の原爆が富嶽に積み込まれるまでは目をそらしておく目的で、やや挑発めいたことをやる。つまり、山本長官が手がけている伊四百潜水艦を派遣し、アメリカの太平洋沿岸部を攻撃するんです。八月には四隻が投入できるらしいので、そのタイミングでただちに。当然これの掩護艦隊が必要になるので、これには先の龍驤艦隊をあてます」


 ほう、という声があがる。彼らはほとんどが前回のHG作戦会議にも出ていたから、伊四百のことも晴嵐のこともよく知っているはずだ。


 むろん、永野さんも覚えているんだろう。ちょっぴり皮肉な笑顔を浮かべているのがその証拠だ。


 知らないのは……。


「その伊四百というのは?」


 そう。中島さんだよな。


「中島さん。伊四百號というのは、山本五十六長官が極秘に開発をすすめていた超巨大潜水艦です。高度一万、八百キロ爆弾を積める航空機二機を搭載収納出来る潜水空母です」


 おれが言うと、ふむ、と考え込む。


「そりゃ目立つわな」


「陽動に使うのは申し訳ないんですけどね。きっとアメリカは必死になって叩きに来るでしょう。その間に富嶽が飛ぶ、というわけです。ついでに言えば、核実験を妨害する米英空母を叩きに南洋地域に出るわれわれの艦隊も目立たなくなるはず」


「たしかに……」

 おれは続ける。


「アメリカにはもうひとつ。最近、通商破壊がすさまじいらしい。マレー半島に出る鉄鉱石やパレンバンの石油が今の日本にとって命綱、それがアメリカの潜水艦によってかなりの割合で被害を受けている。これを機にこの潜水艦を叩いておかないと、今後首が締まってしまうし、太平洋艦隊にも障害になる」


 ソロモンやガダルカナルが戦線でなくなり、前線が徐々に膠着してきた今なら、しっかり通商海路を守り、邪魔をする敵潜水艦を破壊することに注力が出来る。逆に、敵は艦隊決戦にやぶれ、この時点ではまだ大量の空母や駆逐艦就航が無理だろう。となると、彼らに出来ることは潜水艦での通商破壊のみだ。


 だからこそ、今は潜水艦を叩いておきたい。


「対潜水艦は具体的にどうやるね?」


 お、永野総長、さすがだね。

 お題目ばかり言っても、やれる具体性がなければ仕方ない。


「さあ、そこが問題なんです。通常、潜水艦には駆逐艦ですが、坂上……」


 おれはセンサーなど、電子パーツの開発をやらせている坂上をうながす。


「はい。前回の海戦で潜水艦電磁探知機がかなり有効でしたので、それをさらに活用します。幸い、半導体がかなりそろってきたので、より性能のいいものが作れます。現在海技廠で急ピッチに製造がはじまっており、それを改造天山に載せて大量に哨戒させます。中島さん、哨戒天山の数はいかほどいただけますか」


「あとひとつきで、じゃな?」

「はい」


「艦戦用に疾風も三百はやらねばならん、むろん富嶽もな。そのうえで、まだ磁気哨戒専用の天山じゃと?」


「中島先生、お願いします」

 驚いたことに、永野総長が頭をさげた。


「うう……」


「愛知にも下請けさせてよろしいか?」


「もちろん」


 愛知とは、愛知航空機のことだ。おれのいた現代では、日産自動車の外注工場、自動車系自動車部品メーカー愛知機械工業として今も稼働している。


「百……」

「あん?」


 おれが怪訝な目を向けると、中島氏がぐっと太い腕を組む。


「百五十……」


「もう一声!」

 あ、こら。坂上はちょっと立場が違うだろ。


「お命、預かってますよ……」

 おれがぽつりと言う。


「ええい、二百!」

「おお!」

 みんなで拍手する。


 二百もあれば全滅とはいかないが、相当の潜水艦を炙り出せるだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 対潜水艦作戦なら、新鋭の天山ではなく97艦攻でもいいような気もしますが。2式大艇を使うのも手ではないでしょうか。ところで日本の潜水艦艦隊は何処に?パナマかサンディエゴを監視しているのかな。
[良い点] 愛知航空機は水上機のスペシャリストです。 川西と並ぶ水上機王国でした。>名古屋市の庄内川河畔に当時のスベリ台が現存してます。 原爆実験だけで戦争の流れが変わるので楽しみです。 こればかりは…
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