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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第五章 北の海編
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一分で説得しろ

●34 一分で説得しろ


「くっくっく、お静かに。ちょっと、おつきあいいただきたいだけです」


 山縣はそう言って胸のポケットから黒くて長い布をとりだした。


「キサマ……おれを拉致する気か!」


「目隠しをしていただきます。これから中将をお連れする場所は、陸軍の、それもごく一部の者しか知らない場所になりますので」


 おれの目に伸ばしてくるその右手首を、ぐいっと掴む。


「中将のおれに、少佐ごときが目隠しをする、だと?」


 柔道で鍛えた南雲ッちの握力で、ぎりぎりと締めつけ睨みつけると、山形の顔がゆがむ。


「くっ……これからお会いになる方が、すべてを話されるでしょう。今は私を信じていただきたい」


 手に持った布を見せたまま、山縣はおれの目をじっと見つめる。


 おれには南雲ッちの経験値で柔道の心得もあるが、連れ去られ、組織的な暴力を加えられたらどうにもならない。


「ご心配は無用です。南雲中将が今の日本にとって大切な方だということはよくわかっております」


 おれは掴んだ手の力を抜く。


「さっき、誰かに会うと言ったよな」


「はい……お忘れですか? 会わせろ、とおっしゃったのは中将の方ですよ」


(杉山か……)


 そういえば、あのホテルの部屋で、おれはこの男にそう言った気がする。対ソ方針を談じるために杉山元に会わせろと。


「……どうやら」


 車は夜の道をガタゴトとひた走っている。国道を逸れ、草の蒸す田舎の風景がしばらく続く。


「腹を据えるしかないようだな……」


 おれは山縣の手から布を奪い取ると、自分で目隠しをした。




 車が止まった。


 ドアが開けられ、目隠しのまま外に連れ出される。


 ひんやりと草の匂いがして、虫の鳴く声も聞こえてくる。


 導かれながらゆっくり歩く。地面は柔らかく、土と雑草の感触がある。


 やがて舗装された道になり、建物らしい静けさの前でとまった。


 すぐに重そうな鍵の音がして、鉄の扉が開けられる。中に入ると、コツコツと足音が響く廊下をしばらく進む。角を何度か曲がり、扉をくぐって絨毯の感触になったところで、目隠しを外された。


「!」


 まぶしい光が飛びこんでくる。


 ひとけのない、だだっ広い部屋だった。天井は高く、五メートルほどもある。最新型の蛍光灯がいくつもぶら下げられていて明るい。部屋の幅は二十メートルほどで、奥行きはその倍はあった。床には絨毯が敷き詰められ、中央には空母の指令室にも似た、さまざまな計器と、電話の置かれた机が並んでいる。


 特筆すべきは奥の方にあった。そこには金の屏風があり、その前には、正面に大きな菊の御紋がついた、黒檀の机がでんと据えてあったのだ。


「な、なんだここ……」


 おれは呆然と、その無人の部屋を見つめた。


「こげな遅くに、よう来てくれた」


 奥の方から声がした。


 目をやると、半分開いた扉のむこうから、一人の太った男がのっそりと姿を現した。


 杉山元だ!


 御前会議のときと、そのあと、おれは二度ほど会っている。軍服を着てブーツを履き、胸にはごていねいに勲章までぶらさげていた。太った男はだれも同じに見えるが、こいつは特に目が小さくて感情が読み取れない。


 近づいてくる杉山をじっと睨みつける。おれの背後で、山縣がじりっと動く。


「この……」


 杉山に歩きだそうとすると、山縣が背後からおれの肩にぐっと手をかけた。


「中将……」


 おれは半身をひねって手をかわし、姿勢を低くして山縣の腹に肘を突き刺す。


「むぐっ!」


 ひるんだところを、胸倉を掴んで引き、思わず出た前足を払って倒す。


 転んで腰の銃を抜こうとする山縣の右手を、サッカーボールみたいに蹴りあげた。


 バシッ!

 銃が飛び、机にあたって絨毯の床を滑った。


「なめんなよ山縣」


「な、南雲君やめろ。無礼はこの杉山が謝る。君にはここを見てほしかったんじゃ」


 おれは山縣を踏みつけようとした右足を、元に戻した。


「拉致られりゃあこうなるでしょう。おれは目隠しまでしたんですよ」


「そりゃまっこと謝る。ばってん、場所はまだ知られるわけにはいかんとたい。あれを見てくれりゃ、わかろうもん」


 そう言って、杉山は菊の御紋の机を指さした。


 山縣は右手をかばいながら、よろよろと立ち上がった。


 力なく銃を拾い、腰のホルダーに戻す。


「閣下、申しわけありません……」


「かまわん、南雲君が怒るのも無理はなか」


「……ここはどこなんです?」


「大本営じゃ」


 苦しそうな山縣を無視して、おれは肩をすくめる。


「それはおかしいな。大本営ってのはただの概念でしょう? 実態は宮中にあって、中身はお上と陸海の参謀本部のはず」


 おれはあらためて部屋を見ていく。いくつかの机と、それを統括する大きめの机がひとつの部署を構成していて、その塊が部屋の中には十以上もある。無数の電話、通信設備、そして部屋の片隅には放送ブースのようなものまであった。


 現代的に言えばなんだろう?放送局?


「ここはあたらしい大本営なんじゃ。陛下が世界に大号令をかけるための、な」


 杉山が黒檀の机に近づきながら言う。普段はちょっと愛嬌のある丸い顔が、めずらしく引き締められている。小さな眼もいつも通りだが、ハゲ頭だけは、今は陸軍の帽子で隠されていた。


「陛下が関わる場所だけに、今はまだ誰にも知らせるわけにはいかんたい。そういうわけで、目隠しをさせてもらったとよ」


「それほど秘密なら、おれを連れてくるのはおかしいでしょう。ここのことは海軍の誰が知ってるんです?」


「誰も知らん」

「……」

「ま、こっちに来い」


 杉山は奥に近い場所を指さした。


「ほう。ご丁寧に応接セットですか」


「これは今だけの仮ものじゃ。いずれ陛下がお越しになれば、いいものに入れ替える」


 そう言って、杉山はおれを促す。


「まま、座ってくれ。……おい山縣、茶を淹れてくれんか」

「わ、わかりました」


 山縣が頭を下げ、おれたちが入ってきた扉から出ていく。きっと湯沸かし室のようなものが、あるんだろう。


 杉山が応接セットの一人用の椅子に座ったので、おれも向かい側の長椅子に腰を降ろす。よくある白いカバーはかかっておらず、黒い皮がむき出しのままだ。目の前の低いテーブルは、確かに安物だった。


「この部屋が新しい大本営ですか。でも、なんでおれを呼んだんです?」


 おれは背もたれに体重をあずけた。そろそろ、進たちがおれの安否を気遣いだすころだ。


「時間がないんですよ。用件は手短に願います」


「同感じゃ。わしもこのあと重要な会議がある。一分一秒を惜しむのは同じじゃよ」


「ご用件を」

 おれは冷たく突き放す。


「……うむ、君にはここの一員になってもらいたいんじゃ」

「ご冗談を」

「いや、本気ばい」

「おことわりします」


「陛下のおそばには、陸と海の参謀がおらねばならんのじゃ」


「なら永野さんか山本さんにやってもらえばいいでしょう」


「君は稀代の英雄ともっぱらの噂じゃ。海では機略縦横、敵を知り兵器開発にも造詣が深い。捕虜をつかった戦略に、原爆開発まで……大本営には君が必要じゃと、これはみんなが言っておる」


「HG作戦のことですか? それならもうおれがいなくても動いてますよ」


 捕虜の返還と交換に、戦線を膠着しようというおれの提案は、アメリカの議会を動かしつつあると、今日の面談で永野総長からも聞いていた。


 おれは杉山への視線をはずさない。


「さっき、世界に号令する、と言いましたね。その時の世界ってどこですか。ソ連は敵ですか、それとも味方ですか」


「ソ連を味方に引き入れるのが、勝つ一手じゃよ」


「いいえ、それだといつまでたっても戦争は終わりません。いや、むしろ終わらせたくないんですか?」


「失礼します」


 山縣が茶を持って帰ってきた。おれたちの前に置き、大人しく下がる。


「……大本営に入れ」


「ごめんですね。おれは現場で戦う海軍中将でいい。だからここには入りません。そしてソ連との軍事同盟には反対です」


「ならば」

 杉山がぐっと身を乗り出した。


「一分やろう。一分でわしを説得できんかったら、一生できぬと知れ。……お互い、時間がないからの」


「……」


 けっこう粋な難題をふっかけるんだな。

 こいつが食えない男だということがよくわかったよ。


「あと、五十秒たい」

 杉山が腕時計を見る。


 ここの壁にはたくさんの時計がついていて、世界各地の時刻を表している。その秒針がチクタクと時を刻んでいる。


「四十秒……」


 囲碁や将棋じゃあるまいし、なに言ってんだか……。


 おれは口を開いた。


「じゃあこうしましょう。まず、核実験には陸軍も全面的に協力を約束してくれませんか。さらに、ソ連侵攻をけん制するため、南樺太への守備力強化を陸海共同でやってほしい。……そうすれば、核実験が終わる九月十二日からは、新しい大本営としておれも残り、その後のソ連への対応はお任せしますよ。……もっとも、おれはそのあとで退役しちゃうかもしれませんがね」


 核実験さえすませてしまえば、あとはなんとでもなる。それに、守備力強化と言いながら、おれの狙いはソ連を警戒しての、樺太全土を占領できる兵力の投入だった。


「なん……だ、と?」


「もう一度言う必要はないでしょ。一分でご回答を……五十秒……」


「くく……く」

「四十秒……」


「……わかった」


 どでかい腹を震わせて、杉山元が息を吐いた。


「……」


「原爆実験はやらねばならん。それと、樺太の守備を強化するのはソ連へのけん制になるんで賛成じゃ。……それでお互いの利益ば一致したとよ」


「結構です。……おい山縣!」


 おれは立ち上がった。


「今すぐ衣笠温泉まで送れ。……おれは忙しいんだ」



いつもご覧いただきありがとうございます。きわどい攻防ながら、陸軍とも話がつきそうです。こういう描写のシーンは得意じゃないので、わかりにくければぜひご指摘ください。 ご感想をよろしくお願いいたします。ブックマークを推奨いたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 松代大本営かねぇ、描写的に。
[一言] こいつら国家に反逆してるも同然なんだから調べ上げて処分してしまえばいいのに
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