NAGUMOは悪魔か
●27 NAGUMOは悪魔か
おれたちは艦橋にいて、じっと攻撃隊からの無線を待っていた。
夜襲とはいえ、戦争はやはり戦力と戦力の拮抗で勝敗が決まる。
そういう意味では、今回の攻撃隊は決して満足な陣容とは言えなかった。この編隊は、現有艦載機のうち、昼間の戦闘で無傷だった機体だけを選んだから、どうしても数に不安が残る。
戦闘機は疾風およびゼロ戦の合計十五機だったし、雷撃機は天山と九七式艦攻の十五機、さらに爆撃機は彗星と九九式艦爆をあわせて十二機、合計四十二機の編隊だった。予想よりも意外に被弾が少なかったものの、空母と基地の奇襲攻撃隊としては物足らない。
だが、真珠湾とはいかないまでも、ウムナック島基地と軽空母一隻くらいは破壊できる布陣だとは思っていた。ただし気になるのは、あのP―38だ。あれが基地にどれだけ残されているか、あるいは高角砲や四十ミリ機銃などの武装がどれくらいあるのか、全く分かってない。
いつもなら、十分な準備と調査をして作戦をたてる。それが、今回はアリューシャンの島にそれほどの軍備はないだろうという、けっこういい加減な憶測で動いている。おれにはそれが不安だった。
艦橋は静まり返っていた。
無線は艦橋内のスピーカーに直結させている。
そして……じりじりとして攻撃隊からの報告を待つおれたちに、ようやく一報が入ったのは、発艦から一時間半もたったころだった。
「「……われ、ウムナック島基地を視認す!」」
その少し前……。
小さな港に似合わぬ、大きな船体がゆっくりと近づいてくる。斜めにたちあがった船影がすぱっと水平に切れ、上部には天守閣のような構造物がついている。
空母だ。島の内海に停泊し、しばらくして巨大な錨を降ろしていく。
戦闘海域を逃れ、ようやくの入港に、甲板に並ぶ兵士たちは、皆ほっとして顔をほころばせている。
ウムナック島の小さな基地と、その港には巨大な灯りが煌々とともされ、疲労の色濃い兵士たちを出迎えている。
その中に、アフリカ系の兵士がひとり、軍服の前をはだけ、下船の順番を待って立っていた。
この時代にはめずらしいアフリカ系のパイロットだった。親が裕福だったおかげで高等教育を受け、それなりに努力もして志願兵となった。いじめにもあったが、なんとか乗り切って、見事海軍のパイロットになった。
そして、今日の戦いに参加していた。
激しい戦闘だった。だが、それなりに満足感はあった。
(NAGUMOは悪魔だ)
仲間たちからは、そう聞かされていた。
だが実際戦ってみて、そうではないと感じた。
たしかに、日本の艦隊は数で勝り、しかも航空機も性能にすぐれていた。中国戦線で鍛えた操縦士の練度も高く、まるで神業のような機体操作を易々とやってきた。
だが、こちらもそれなりに空戦を戦い抜き、相手にも痛手を負わせた。日本は倒せない相手じゃあない。
俺たちはヤツらの米国本土への侵略という、看過できない行動に、なけなしの空母二隻を投じて阻止しようと図ったが、運がなかった。空母一隻が沈められ、俺がこうして立っている空母の甲板も、機銃や爆撃の衝撃でささくれだち、、破壊の爪痕が生々しい。
だが、勝敗は時の運だ。生きていればまた戦える。
そう。俺たちの母艦、新鋭空母プリンストンは耐え抜いたじゃないか。
おかげで俺は生き残ったし、俺だってやるだけのことはやった。二度もF6Fで出撃し、やつらに弾もぶちこんだ。明日はまた出撃するかもしれないが、とにかく、今日は、終わったんだ。
空母から小舟に乗り移り、波止場を目指す。
兵士は白く光る港のアーク灯を見る。
基地にはシャワーがあり、揺れないベットもあると聞く。船を降りられるのはわずか数百人だけらしいが、その運のいい一人に俺は選ばれたんだ。今夜はこの幸運を神に感謝しよう。
思わず白い歯がこぼれる仲間たちと一緒に、小さな船舶へと乗り込んだ兵士は、肩の力を抜いて大きなため息をついた。
(……眠いな。今夜はコニャックもおあずけだ。早く眠ろう)
……?
ふと、顔をあげる。
今、一瞬なにか聞こえなかったか?
母艦の向こう、上空で……。
「ヘイ!静かにしろ!」
誰かが叫ぶ。
耳をすます。
ブオオン、という音が近づいてくる。
数瞬後、上空を見つめる誰かが叫ぶ。
「敵機だっ!」
「敵が来たぞおおおお!」
兵士は呆然とした。
今から、だと?
今から、戦えというのか?
いったい、なにを考えてるんだ?!
(NAGUMOは悪魔……)
小舟に揺られながら、兵士は呆然とつぶやいたのだった……。
「「照明弾の要なし」」
「「空母停泊中を確認」」
「「敵高角砲多数、各機警戒せよ」」
「「航空基地発見!照明弾撃て」」
「「基地双発機約十機。これより機銃攻撃す」」
草鹿がよしっと短く言っておれを振り返る。
「長官!」
「……ああ。十機なら機銃でやれるな。追撃戦が回避できれば言うことないんだが……」
「そうですね」
夜襲は日本海軍の十八番とは言え、航空機によるものはまだ慣れていなかった。だから、今回、おれは攻撃の優先順位を明確に決めてあった。
つまり、まずは空母、それも雷撃だけでなく、徹底した爆撃による破壊だ。なんと言っても太平洋に空母艦隊を許すわけにはいかない。
そして次が航空基地にいるP―38への機銃攻撃だ。そいつらが飛びたてば攻撃の障害になるだけでなく、帰投する攻撃隊を追撃されてしまう。
「夜襲で反撃くらうわけにいかんよな」
「はい……」
やがて、攻撃開始命令が聞こえてくる。
そして、はじまってしまえば、時間はあっという間に過ぎる。秒ごとに激しさを増す戦闘と、戦果の報が飛び交う。
「「空母に雷撃四命中!」」
「「甲板に爆撃命中!」」
むろん、こちらも無傷ではなく、無線のやりとりでは敵基地の激しい抵抗が目に見えるようだった。
「「空母の砲撃に気をつけろ!」」
「「上空双発機っ!見えん」」
「「爆撃隊空母にむかえっ」」
チャンネルを次々に切り替えながら、各編隊の通信を傍受して戦闘のようすをつぶさに聴きとる。それをそのまま作戦に還元して指示を出していく。あきらかに、電波兵器の進歩によって、作戦行動は進化しつつあった。
航空指揮と戦果の報告が徐々にいいものに変わっていく。
「「空母爆発!」」
「「甲板に動くものなし」」
「「基地火災発生。燃料タンクに引火したもよう」」
「「列機いるか!」」
「「前畑隊異常なし」」
「「空母撃沈!」」
「「おお!」」
おれたちは無線にかじりつき、しばらくしてから、やっと息を吐いた。
「どうやら……」
おれが言うと、草鹿もうなずいた。
「……成功のようですね」
いつもご覧いただきありがとうございます。今回は空母を降りる米軍兵と、南雲の視点の両側で描いてみました。 ご感想、ご指摘をよろしくお願いいたします。ブックマークを推奨いたします




