隼鷹の名物男
●25 隼鷹の名物男
おれはうやうやしく話し出す。
だが、本当の目的は別にあるから、適当な戦果をならべたてるだけだ。
「……というわけで、今回の作戦は以上で終了だ。10(ひとまる)への報告はすでにすませた。これより00へ帰投したいが、21、22は問題なきか」
「「22問題なし」」
「「21問題ありません」」
「よろしい。20は30、31ともに41に余裕なし。そちらは大丈夫か?」
「「21大丈夫ですが、31の41がやや不足」」
「「22問題なし」」
「21へ。20から補給しましょう」
「「22ありがとうございます」」
「それでは50には明日の朝に触接の予定だ。ぬかりなくたのんだぞ」
「「30諒解」」
「ではこれで会議を終了する」
わずか五分足らずの通信だった。
しかし、おれは知っていた。
アメリカにはすでにこの時点で、数百人もの人間が働く巨大な施設があって、そこではあらゆる日本の通信を二十四時間体制で傍受し、それを必死に解読していること。そして、おれの知っている史実においては、それが日本の暗号解読と作戦の漏洩につながったこと。
だから、たったこれだけの通信でも、おそらく彼らはおれたちの電波を受信し、南雲艦隊がこれから撤収することを――若干疑いの目を持ちながらも――太平洋艦隊司令部へ連絡するに違いないのだ。
ただし、ごく簡単な暗号表を用いたのは、平文ではあまりにあからさまだと思ったからで、要は夜襲がバレなければそれでよかった。
むろん、この通信が夜襲を完全にするための一手でしかないことは、航空機の連絡で各艦隊にも本土にも伝えてあった。
「さて、やるだけのことはやったな」
おれはマイクを返し、ため息まじりに言う。
椅子の背もたれに身をまかせ、作戦に抜けがないか、もう一度考える。
草鹿は小さな机の前で、おれと向い合わせに座っている。ちょうど、現代で言う収録ブースみたいな並びだった。
「では、夜襲は予定どおりですね?」
もうマイクは撤収したのに、なぜかひそひそ声になっている。
「ああ、おれたちはソ連との明朝の表敬交誼に向かっているが、同時に夜半には発艦して敵の本拠地と空母は沈める……楽しみだな」
「そうですね」
なんとなく、悪だくみをしている感じになる。というか、戦争なんて悪だくみのやりあいなんだけどね……。
「ところで哨戒艇からの連絡は?」
「やっていますよ。後方追尾で記録して二時間ごとに哨戒機も確認のため飛ばしています。今のところまだ一路東へ向かっているようです。……海図、お持ちしましょうか?」
おれもつい、声をひそめて笑う。
「もうなんども見たから覚えてるよ。おれたちが占領したアッツ、キスカ、それから東に行ってアダック、アトカ。でもそれらを通り過ぎたら、あとはウムナックしかないよな」
「はい。自分もそう思います」
「だとすると、あと五時間はかかるだろう」
ウムナック島はアリューシャン列島の終着駅のような島だった。
その先はもうアラスカの本土から三日月のように突き出た半島に接続することになる。もちろん、彼らの目指す基地が半島にある可能性もあったが、その場合は攻撃を中止するつもりでいた。
島ではない本土への攻撃は、あまりにアメリカを刺激しすぎる可能性がある。国民が頭に来すぎて、理性を失えば、もういくら原爆や新兵器で彼らを脅しても、講和に応じなくなるかもしれない。
「そうとなれば、あとは待つしかないな。……飯でも行こうぜ草鹿。艦長にここの一等食堂を一度見てくれと言われてるんだ」
「はっ、お供します!」
通信室を出て、廊下を食堂室へと歩く。
どこもきれいに整頓され、しかもまるで木や紙が見当たらなかった。
「そういや、前から思ってたんだけど、この艦って防火が行き届いてるよな。これが噂のダメコンってやつか?」
「ダメ……こん?」
「ダメージコントロールだ。つまり、燃えやすいものを撤去したり、防火の邪魔になるものを片づけたり……」
「ああ、そういうことですか」
合点がいったような顔になる。
「それなら、ここには名物男がいるんですよ」
「ほう?」
階段をひとつ上がり、食堂に到着する。
そこでは空母隼鷹の上級兵士たちが静かに夕食をとっていた。毎度のことながら、おれは一般兵士の食堂が好きで、いつもそっちを使っていたし、そうでないときは食事を司令官室でとるのでここは初めてだった。
(へー、天井が高いな)
広さは教室がふたつ分くらいか。たしかに軍用艦に転用されたせいで、シャンデリアや無駄な天井装飾は外されているものの、それでも随所に装飾物の名残がある。さすがは元豪華客船だけのことはありそうだ。
「ああ、噂をすれば……彼ですよ」
「ん?」
「やあ、桜庭内務長」
「!」
どんぶり飯を食っていた一人の男がおれたちを見て、がたっと立ち上がる。
肩幅が広く、がっしりしていて、縦よりも横に長い印象だ。年はわずかに中年にさしかかったあたりか。坊主の髪は黒く若々しい。あと、彼にはもうひとつ、わかりやすい特徴があった。
つまり、ものすごく顔が四角い!
「こ、こんれは南雲長官」
あわてて敬礼しようとするのを笑って制する。
「そのまま、そのまま」
「は、はいい」
……ん? なんとなく訛って聞こえるぞ。
「東北かい?」
「あんりゃ、お目もずすて(お目もじして)あっちゅう間に見破られたっす」
「まだ若いよね。……年はいくつなの?」
「三十です」
「ふーん、ま、座ろう」
「あ、いや、では、わだすが飯を持ってまいりましょう。カツ丼でよろすいですか?」
「カツどん……いいね。草鹿は?」
「は、自分もそれで結構です」
「ではすばらく、お待ちを!」
きびきびとした動作で軽く頭を下げ、立ち去る。
「ふーん、彼が名物男?」
草鹿に話しかけると、意味ありげに笑ってうなずく。
「今にわかりますよ」
「そうなの?」
桜庭の後ろ姿を見ながら、おれは首をひねる。
たしかに見た目は変わってるが、名物ってほどではなさそうだ。
だがその時、
「なああにをやってるのかああ!」
その桜庭が突然大声を出した。
いつもご覧いただきありがとうございます。実は艦隊を強化する重要な邂逅だったり……。ご感想、ご指摘をよろしくお願いいたします。ブックマークを推奨いたします。




