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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第一章 真珠湾攻撃編
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かもめのジョセフィン

●20 かもめのジョセフィン


 ジョセフィン・マイヤーズの父、遠藤伸一郎は、兵庫県明石市で、弟の大二郎とともに、双子の兄弟として生まれた。


 二人とも幼い時から学歴優秀で、常に一番を争いつづけたが、やがて伸一郎は東京帝国大学理科星学科、弟大二郎は同じ大学の工学科に進学した。


 伸一郎がなぜ当時それほどメジャーとは言えない天文学に進んだのかと言うと、幼い日に登山が趣味だった父に連れられ、兵庫県にある虚空蔵山こくぞうさんに登ったことがきっかけだった。


 そこで道に迷い、野宿することになり、その時に見た星々の美しさ、そして恐怖をまぎらわせるために父が双子にしてくれた宇宙の話に、すっかり心を奪われてしまったのだ。


 二十二歳のとき、先に技術助手として渡米していた弟の紹介で、アメリカ天文学の権威、ハッブル博士に師事することになり、伸一郎は1924年に完成したばかりのアメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス郡にあるウィルソン天文台に赴任することがきまった。


 ところで、この双子はけっして研究の虫で、運動が苦手だったわけではない。学生時代はテニスに明け暮れ、その腕前もオリンピックに出ないかと言われたほどだ。


 伸一郎と大二郎がサンフランシスコのテニスクラブに入り、そこでシルビア・マイヤーズと出会ったのは、そんな理由からだった。



 シルビアも、カリフォルニア工科大学の非常に優秀な学生だった。父は軍人で射撃を得意としたが、シルビアは小さいころから数学に特殊な才能を見せた。


 五歳のころには、すでにハイスクールの問題を解き、一輪車をあやつるなど運動神経も抜群によかった。


 やがて、なみはずれた英才として成長する娘を、父は国家機関に紹介したがったが、それを嫌った彼女は、カリフォルニア工科大学に飛び級で進学したのだった。


 ある日、生まれて初めてやったテニスで、シルビアは大学のテニス部員をこてんぱんにやっつけてしまった。


 彼女の運動神経からすると、テニスボールをラケットの面でどんな角度で叩けば、どんな方向のどんなスピードで返っていくか、練習などしなくても勘でこなせたのだ。その部員にさそわれ、州のチャンピオンが何人も在籍する市のテニスクラブに入ったのは、十七歳のときだった。


 そして、彼ら三人は出会い、遠藤兄弟はともにシルビアに恋をした。


 だが、シルビアの心をいとめたのは伸一郎だった。


 伸一郎とシルビア……。


 この二人が恋に落ちたのは運命のいたずらか、それとも神の御業か。


 とにかく伸一郎が星を見せたいとシルビアをウィルソン天文台に誘った夜、彼らは結ばれ、そしてシルビアはその年のうちにジョセフィンを産んだのだった。




「もーーーーーっ!マイヤーズさん、やめてください!!」


 比奈の甲高い声が艦内に響きわたった。


「これは知ってる。これはさっき見た。これには書いてない……」


 ここは病院区域の一番奥まったところにある、上官用の個室だ。


 ベッドと本棚だけの狭い病室だが、捕虜のジョセフィンに自室としてあてがわれたのだから、特別待遇にはちがいない。


 そこに置いてある日本語の百科事典を、ジョセフィンがかたっぱしからパラパラめくっては、ぽいぽいっと投げ捨てている。


 なにか調べたいことでもあるのだろうか。しかし、そのせいでたちまち部屋はめちゃくちゃになっていく。


「マイヤーズさん!なんでこんなこと、するんですかあ!」


 柔らかい二の腕を目の前でこぶしにしながら、比奈は抗議をくりかえした。しかしジョセフィンは歯牙にもかけない。


「比奈、日本の歴史や風俗に関する書籍があれば持ってこい」


 ジョセフィンはその間も百科辞典にざっと目を通しては、ぽいぽい捨てることを繰り返している。


「に、日本の歴史ですか?」


「そうだ。今まであまり興味がなかったからな。思うところがあって至急知る必要がある。この艦になければ他の艦に問い合わせろ」


「わたくしにはそんな権限ありませんわ!」

 比奈はびっくりして叫んだ。


 いっかいの看護婦にそんなことを申請する権限はないし、日本の歴史をよこせ、なんていかにもスパイが言いだしそうなことを、恐ろしくて言いだせるはずもない。


「お前に権限がなければ、南雲に言えばよかろう? ワタシはどういうわけか、客として扱われている。それならキサマたちは客の要求に答えるべきだ。すぐにやれ」


 比奈はたまりかねて、軍医の田垣に救いをもとめた。




「え?日本の歴史だって?……うーん、なるほどね」


 おれは田垣軍医からの艦内電話を受け、首をかしげた。日本の歴史本なんてこの艦に乗ってる日本人なら誰でも知っているからないんじゃないか。あっても意味がないからな。


(ならおれか? おれがレクチャーでもしてやるのか? でもそんな時間、あるかな……?)


 さっきエンタープライズ攻撃隊の淵田から、空母大破の報は受けたところだ。


『……正確には大破ですが、ほとんど沈没みたいなもんでしょう。あの海域では修理も曳航えいこうも無理ですから!』


 そうちょび髭の淵田隊長も笑顔で話していたし、艦内も湧きたって、空気もようやく戦勝ムードに変わりつつある。


 時間はまだようやく夕陽が照りつけてきたころだ。


 これからおれはミッドウェーに向かって進路をとり、三日後には上陸してレキシントンをひきつける、と言う大作戦を指示する予定だった。


 やることは山ほどあるんだけどな……。


 おれは苦笑するしかなかった。


 受聴機のむこうから、田垣の声がかすれて聴こえる。


「どうしましょう。ないと言いましょうか」


「ところであの子、日本語読めるの?」


「さっきから普通に読んどります」


「ほえ―――」


「どういたしましょう? このままだと自分で探しまわりそうな勢いですが」


「じゃあさ、夕食がすんだらおれの部屋まで連れてくるよう比奈さんに言ってくれない? おれがレクチャーするんで」


「長官が……れく茶」


「緑茶みたいに言わんでくださいよ。レクチャー、つまり講義、もっとひらたく言やあ授業です」


「ああ、なるほど」


 センセイ、やっとわかってくれたか。


「なんせおれ社会の教師なもんで」


「はあ……、それは知りませんでした」


 ま、知らないだろうけどね……。




 ミッドウェーは、西に三本の滑走路を持つサンド島、東にはオイルタンクや工場をつめこんだイースタン島という、ふたつの島とサンゴ礁で構成された小さな島嶼だ。


 おれの生前世界線じゃ、1942年の6月5日、この島をハワイへの橋頭保として占領し、同時にアメリカ艦隊を撃滅するため、空母四隻、戦艦九隻、艦載機二百六十三機などの大部隊で出撃したことになってる。


 いわゆるミッドウェー海戦ってやつだな。


 ところが、すでにアメリカは日本の通信暗号を解読してたし、レーダーも優秀なのがあったりして、日本の行動は筒抜けになってた。


 おまけに海兵隊三千人、航空機百五十機で待ちかまえられたあげく、アメリカ艦隊の襲撃を受け、空母艦隊ほぼ全滅と言う、歴史的大敗北を喫することになったんだ。


 でも今、史実より半年も前の現在なら、ミッドウェーはほんの四か月前、基地化されたばかり。


 防衛拠点とよべるほどの武装はまだないし、おそらく常駐の海兵隊も千人に満たない。


 それにおれの目的はミッドウェーの占領じゃなく、あくまで空母レキシントンの破壊だ。


 このミッドウェーを占領するのは、こちらの修理と補給と、陽動のための一時的な利用にすぎないんだ。


「よしみんな、ミッドウェーは作戦通りいくぞ。全艦隊に補給はすませたか」


 司令官室に手の空いている参謀たちを集め、おれたちは小さなテーブルを囲んで椅子にかけた。


 部屋の隅っこでは、ハワイのラジオが小さく鳴っている。


 こういう時だから、派手な音楽はやっていないが、アナウンスの合間に静かな音楽はかかってたりして、妙にアメリカのゆとりを感じてしまう。


 おれは航海参謀の雀部さきべを見た。


「どの船も油でいっぱいですよ。そのぶん、補給船はだいぶ空になったはずですがね」


 雀部が冗談まじりに答える。


 座った姿勢でも長身痩躯はあきらかで、そのためか冗談を言っても不思議と嫌味がない。


「オーケー。じゃ大石」

「あいよ」


「お前は上陸部隊を指揮してくれ。空母の翔鶴しょうかく瑞鶴ずいかく、それに重巡洋艦と駆逐艦三隻を先行させるから、先に行ってくれ」


「はい」


「むこうに着いたら制空のあと、まずおれたちが艦砲射撃をやる。航空機はレキシントン戦に温存したいが、そうもいかんだろうな。艦砲射撃のあとはサンド島の滑走路、基地や格納施設を空爆するからそのつもりで」


「了解ですわい」


「草鹿」

「はい長官」


「一番大事なのはそのあとだ。今回わけあってできるだけ敵を殺さない方法をとる。だから西のサンド島を攻撃し、敵兵をいったん東のイースタン島に追いやったら、今度は逆に陸戦隊がイースタン島に上陸し、武装解除させながら徐々に敵をサンド島に追い帰す。最後は破壊した後のサンド島滑走路に捕虜を並べて自然の牢獄だ」


「……なかなか難しそうすね」


「まあ陸軍さんじゃないからな、多少の失敗は仕方ないさ。そのあとはイースタン島から着陸してゆっくり補給、ケガ人の治療、航空機の修理。タンカーにも油の補給をたのむ。捕虜にも食事と治療を忘れるなよ。あとは三日もしたらレキシントンがやってくる」


「ホントに来ますかね? やつら怖気づいて来ないんじゃ……」


「もちろん、怖気づいてるんだよ」

 みんながキョトンとした目でおれを見る。


 おれは吹き出しながら、

「だってさ、レキシントンはミッドウェーから四百海里のところにずっといるんだぞ。きっと真珠湾攻撃のまきぞいを警戒して、司令部から待機を命じられてるんじゃね?」


「それは愉快でんな」


 航空参謀の源田もつられて吹きだした。


「でも、ミッドウェーが攻撃されたら、ますます動きよらんのじゃないですか」


「でも、そこでおれたちが島から消えたら、どうする?」


 草鹿が膝を叩いた。


「……そうか、われわれが帰ったと思いますよね。で、状況の確認にやってくる」


「わかったかね草鹿クン!」


 おれはあわせるように、ポン!と机をたたいた。


「くわしくはまた直前に言う。もうひとつレキシントンをおびき寄せる秘策もあるんだ」


「へえ……秘策ですか」


「あと、潜水艦隊には今のうちから進路を言っておく方がいいな。かれらには島の北部で待機させてレキシントン艦隊が来たら東がわの背後から特殊潜航艇で魚雷攻撃させたい。そのとき、おれたちの第一と第二艦隊の雷撃は同士討ちにならないよう、南から攻撃するから。という内容を、しっかり人をやって説明しといてほしいんだ」


「わかりました」


 必要な作戦の指示が終われば、ようやく一息つける。

 参謀たちはさっそく、おれの作戦をかみ砕いて、具体化の議論をはじめた。


 やっぱ、こいつらって優秀だよな……。

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