南雲中将に転生す
●2 南雲中将に転生す
南雲忠一
・1887年3月25日生まれ
・米沢尋常中学校興譲館(現在の高校)卒
・海軍兵学校百九十一人中を五位の成績で卒業
・あといろいろ軍艦に乗る
・そこそこいい年になってから海軍大学校に行き二位の成績で卒業
・第一水雷戦隊司令官、第八戦隊司令官、第三戦隊司令官などを歴任
・↑のあいだに海軍大学校の校長に就任
・そしてついに世界初、空母を中心とした海軍機動部隊、第一航空艦隊司令長官になる
・真珠湾作戦→南方作戦→ミッドウェー作戦
・1944年7月8日 サイパン島にて自決
おれの頭に流れこんでいた南雲中将の記憶は、おれ本来の知識とごっちゃになって急速に共存しはじめた。
……なんだこれ?
脳内を暴れまわってばらばらだった記憶カードが、少しずつ自分のものになってくる。
ようやく目を開くと、そこにはちょっとかわいい印象の軍人がひとり。
「どうかしましたか?」
「こ、ここはどこだ?」
おれは目の前の、草鹿参謀長にたずねた。
「や、やだなあ、どこか具合でも悪いんですか?ここは空母赤城の艦橋、指令塔じゃないですか。明日はいよいよ真珠湾攻撃なんだから、しっかりしてくださいよ司令官」
草鹿がまるでひとりごとのようにブツブツと言って、おれの顔をのぞきこんだ。
空母あかぎ?
明日は真珠湾攻撃だって?!
おれはあらためてまわりを見た。
縦横五メートルほど、ぐるりを大きな窓に取り囲まれた部屋だ。
窓の外には海、部屋はつねに揺れている。
床には無機質なでかい計器や、無線の機械みたいなものが埋め込まれた机が頑丈に取りつけられていて、少々の振動や衝撃では動かないようになっている。
数人、草鹿と同じ黒い軍服を着た軍人もいて、忙しく立ち働いているようだ。
灰色で、無骨で、狭い、鉄だらけの部屋だった。
「そ、そうか。ここは赤城か。あ、ああ、そうだよな」
「だいじょうぶですか?」
「いや、すまん、ちょっとぼんやりしてた」
草鹿は不思議そうに首をかしげている。
「……もういいんだ。なあ、草鹿よ」
「は、はい」
おれは目の焦点をしっかりと草鹿にあわせる。ひきしまった顔になって、草鹿はおれを見つめた。
「……今日の日付は?」
「昭和十六年十二月七日ですが……あ、ハワイだと六日でしたっけ?」
「……う、うむ」
ようやく、頭がはっきりしてくる。
そうなのだ。
今日は昭和十六年の十二月七日、明日はいよいよアメリカ、ハワイ州オアフ島にあるパールハーバー、すなわち、真珠湾基地を奇襲攻撃する日なのだった。
てことは……。
やっぱ、おれ、転生したんじゃね?!
南雲忠一に?!
「うわあああああ!」
おれは思わず頭を抱えこんだ。
「だ、だいじょうぶですか?」
草鹿が手を出そうとして、またひっこめる。
ようやくまともに戻ったと思った上司が、また奇妙な反応をしたので、気味が悪くなったのかもしれない。
「すまん、ちょ、トイレ!」
その場をごまかしようもなくなったおれは、ふらつきながら艦橋を降りて、南雲忠一の記憶をたよりに司令官専用の便所に逃げこんだ。
ここまで生きてきた(だろう)南雲の記憶はちゃんとあるみたいだ。
「ヤバイよ!ヤバすぎるよ!」
木のドアを開けて中に入ると、鏡の下の水道をひねる。
冷たい水に衝撃を受けながら、勢いよく顔を洗う。
マジか。夢なら冷めてくれ!
さんざんに水を浴びせると、おれはおそるおそる鏡をのぞきこんだ。
そこにはおれの知っている自分の顔があった。
あれ、南雲じゃない……。
だって、南雲さんなら五十四歳ですよ。
どう見たって、おれは二十五歳のままだもん。
そう思った瞬間、田舎くさい、むくんだ中年オヤジの顔がフラッシュのようにオーバーラップする。
(あれ?どっちだ?)
意識を集中すると、中年オヤジ。
気を抜くと、もとのおれ。
どうなってんだ?
おれは目をこすり、自分の意識で鏡に映る映像がどっちにも変化することに気づいた。
なんてこった……。
おれはやはり、南雲忠一に転生したらしい。
まだ霧島健人の自我がのこっているから、二重写しのように、どっちの自分をも認識してしまうみたいだ。
こりゃあ、まいったな……。
がちゃ、バタン!
「……え?」
奥の個室から、軍人が出てきた。
「ありゃ、これは司令長官、すみませんな!」
「えっと、源田飛行参謀か!」
そう。彼はたしか源田実。赤城に乗船した艦隊参謀の一人のはず。
「いよいよ明日ですな。わしも腹にいらん力が入りますわ」
あはは、と笑って、その精悍な顔をした男は出て行った。
やっぱり、そうなんだ。
いよいよ、覚悟を決めなきゃならない。
中学校の屋上から落ちて死んだ霧島健人の記憶。
生前、もっとも興味を持っていた過去の人物。
そしてこの揺れる船と軍人たち……。
おれはやっぱり……昭和十六年十二月七日の、南雲忠一に転生したんだ。




