重巡な那智の奮闘
●21 重巡な那智の奮闘
清田の階級は大佐であった。
1892年生まれの五十歳。海軍兵学校四十二期生としては、まずまずの昇進ぐあいだ。航海長からさまざまな軍用艦で艦長を歴任しており、那智には昨年から艦長を拝命している。海には強いが、どうしたわけか機械に疎く、新奇を好まなかった。頑固一徹、しかし人情の機微には敏感で、兵士からの信望も厚い。
「機械なんぞ、あてに出来ん……」
清田はつぶやくように言い、砲撃長に向きなおった。
「わしゃ決めたぞ」
「は?」
「あの連動高角砲はあてにせん。この那智の二十サンチ連装五基の主砲を使うのがよか。対空戦闘には榴弾で弾幕を張るべし」
「し、しかし……」
砲撃長は連動高角砲の運用試験にも立ち会っており、そのスムーズな回頭と防御力には一応の自信があった。
「どげんしたと?」
「今回、この艦には電探連動高角砲が四連装四基、合計十六門、搭載されております」
「む?」
「通常の十二・七粍連装四基八門の換装でそうなりましたが、四基十六門はこの艦だけです」
「……ふむ」
「先にこれを試し、もしも艦長のお目にかなわなければ主砲に切り替えた方がよいと思います。この主砲榴散弾には近接信管が使われておりませんゆえ……」
清田はおろかものではない。
砲術長の顔色を見て、そのただごとならぬ気迫を感じとる。
「……わかった。では任せる」
「はっ!」
あからさまに嬉しそうな顔になり、砲術長は脇を絞める海軍式の敬礼をした。
通信員が電文を受け、やってくる。
「艦長、南雲長官より攻撃許可が出ました。――敵航空機を撃滅せよ。諸君の奮闘を期待す」
「うむ、対空戦闘用意」
艦長の合図で一斉に兵士が動く。
「全主砲、榴弾砲準備よし」
「機銃配置よし」
「電探連動高角砲用意よし」
「対空戦闘準備よし」
清田は双眼鏡を構え、艦橋の窓から四方の空を見まわす。
航海長、砲撃長らもずらりと並び、窓にとりつく。
白一面の空だった。
そのいくつかの雲間から、黒い点が降りてくる。
編隊に分かれているが、敵機だ。
数が意外に多い。十機ばかりの編隊が二つ。あとは数機が別の動きであらゆる方向から飛来してくる。
連動砲は一度動いた後は、空を睨んで沈黙している。
風が流れ、高い空に新たな晴れ間が見えた。
小さな黒い点は、さらに近づき、羽をぴんと伸ばした航空機の形になる。
うちの何機かが、ふらりと機体を傾けながら、急降下の態勢に入った。
「二時爆撃機来襲!」
遠くで、低空に降りてきた別の一群が、水雷を落とす態勢に入る。かなりのアウトレンジだ。
「三時に雷撃っ!」
「左舷緊急回頭!」
ごおおっとエンジンの音が鳴り、船が傾く。爆撃にも雷撃にも目が離せない。雷撃機に高空から疾風の一団が切り込んでくる。
曳光弾を走らせ、海面にぶつかりそうになりながらも、疾風が雷撃機に機銃を放っている。雷撃機の一機が主翼を吹き飛ばし、もんどりうって海面を転がる。
「おお!」
喜んだのもつかのま、雷撃の編隊はまだ残っている。いったんは飛行姿勢を崩したが、なんとか持ち直してふたたび雷撃の態勢に入る。
距離はすでに数千メートルに近づいている。これ以上の接近は同士討ちになってしまう。疾風はもうそれ以上の追撃をあきらめ、別の敵機を探しに飛び去った。
「爆撃来るぞ~っ」
清田が微動だにせず、それぞれの戦いを見守るなか、そのわずかな沈黙の後に、連動高角砲の砲撃音が鳴り響いた。
ドンドンドンドン!
それを合図に、砲撃長が伝声管に叫ぶ。
「全門撃てええ!」
ド――ン!
ド――ン!
ド――ン!
ババババババ!
空一面に黄色い爆煙が広がる。
主砲が連続して鳴り、機銃の音が激しく響く。那智の艦橋にあらゆる爆音が混ざって、耳をつんざく。
同時に那智の周囲にたくさんの小さな水しぶきがあがり、雨が降ってきたような錯覚に包まれる。煙、轟音、そして無数の水の飛沫……。
次の瞬間、船体が大きく揺れて身体が持って行かれそうになる。まるでがしゃがしゃと巨人の手で船を揺らされているようだ。
視界と聴覚が奪われ、あらゆる衝撃がうずまく。
本能的に伝声管のパイプを掴み、身体を支える。気がついたとき、清田は激しい息をしていた。
しばらくして、ようやく音が聞こえてくる。
清田は窓に近寄り、まわりを見る。船の揺れが徐々におさまる。
遠くでは相変わらず黒い点が飛ぶものの、そこにはあの雷撃隊も、爆撃機の姿もなかった。
「どげん……した」
奇妙なことに、連動砲も主砲も、機銃さえも今は沈黙している。
「電探、対空監視員、状況を述べよ」
「被害なし」
「射撃指揮電探に触接航空機なし」
「敵爆撃機は高角砲の直撃にて爆破したものと思われます!」
「雷撃機 二撃墜っ。残り一機は逃走せり。雷跡なし」
「う~む」
清田は腹から息を吐きだす。
どうやら、危機は脱したらしい。連動高角砲がやったのか、主砲か機銃がやったのか、それはわからないが、とにもかくにも、敵機はこの艦の迎撃により撃墜したのだ。するとさっきの雨は、飛散した敵の残骸が激しく水面に落ちたからか……。
「よ、よし、砲撃長、油断するな。また来るぞ」
「ははっ」
砲撃長はふたたび位置につき、数本の伝声管に命令を発した。
「主砲装填、機銃用意……」
「北艦隊攻撃隊より報告、われ第二次攻撃の要を認む」
おれのところに航空通信員がやってきたのは、那智に攻撃許可を発した直後だった。十分にひきつけ、その後高角砲で殲滅を図るため、対空戦闘を一分ほど遅らせたのだ。
いまごろは、その戦果が判明しはじめているだろう。
「第二次攻撃の要か……」
つまり、第一次攻撃隊の雷撃だけでは、空母艦隊の撃破までは無理だということだ。
「どうします? 角田を見習ってこちらも発艦しますか?」
と、草鹿。
それも面白いが、おれには別のアイデアがあった。
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