空に罠を張れ
●19 空に罠を張れ
坂井は母艦への帰投のため、反転していた。
列機を従え、慎重にコースを選ぶ。
こういう乱戦のときは、いつ攻撃されるかもしれないので、高空を選ぶのが普通だ。しかし今日は雲が厚く、あまり高度をあげると海上もなにも見えなくなる。
「坂井隊、針路、母艦龍驤、高度四千……」
そう無線に流すと、軽くバンクして操縦かんを引き上げる。無線が優秀になっても、バンクや手振りなどの合図は、一番早く意思を伝えることができるので便利なのだ。
すぐに、母艦の直掩空域に入る。
「……ん?」
一瞬、雲の切れ間、かなり遠方の空に黒いなにかが見える。
坂井は機体を振って、確かめる。
また、見えた。
今度は黒い煙のたなびきだ。目を凝らすと、ふらふらと飛来するアヴェンジャーがはっきりと見えた。被弾しているのだろう、ともすれば傾きそうになる飛行姿勢を、必死の操作で維持しようとしている。
その故障機を左右から支えるように飛ぶ二機のF6Fもいた。艦隊戦の生き残りだろうか。
「こちら坂井。……敵さんいるな。ちょっと寄り道するか」
無線で列機に送る。
「諒解」
右にバンクさせ、一気にスロットルを開ける。ぐんぐんと近づき、照準を合わせると、まだ弾数に余裕のある正面機銃の七・七粍を掃射する。
バババババババババ!
列機も続く。相手が三機と見て、それ以上は必要ないと思ったのか、後続は一小隊のみだった。
ババババババババババ!
ガンガン!
バ―――――ン!
F6Fは慌てて避けようとするが、これを逃がす坂井隊ではなかった。疾風の馬力はF6Fを上回り、しかも技能には格段の差がある。あえて右に機銃を撃って、左に回避するのを見越した機体操作で確実にしとめた。
「「隊長、故障機が逃げますよ」」
ふらついていたアヴェンジャーだけが、そのまま艦隊への帰投に向かっている。
「武士の情けとは……」
そう送信したとき、共通チャンネルが鳴った。
「「龍驤から坂井」」
「こちら坂井」
逃げるアヴェンジャーを追いながら、無線を受ける。
「「角田司令官より伝言あり。敵機を残しておいたので、ぞんぶんに撃墜されたし」」
坂井は笑った。
こんなふらふらの敵を残されても、な。
「こちら坂井。帰投中の敵機二機発見、これを撃墜せり」
「「……」」
そのとき故障機に動きがあった。低速で飛行するアヴェンジャーのキャノピーが開き、中のパイロットが身体を出そうとしている。
細いアメリカ兵だった。操縦席を出て機体のへりに足を掛け、ひょいっとジャンプする。脱出したのだ。
坂井は急速に落ちる機体と、パラシュートを見る。
主のいなくなった最新鋭の機体は、黒煙をあげながらがくんと機首を下げ、失速して落ちていく。
一瞬迷い、首を軽く振った。
「いや、三機だ。……一機は落下せり」
おれは戦況を整理していた。
まずこちらは先に敵北艦隊を発見し、攻撃隊を発進させた。P―38の邪魔が入ったものの、なんとか追い返し、今頃は順調に駆逐艦を削っているだろう。雷撃を中心にした隼鷹の攻撃隊だから、そろそろ敵の空母が裸になるかもしれない。
南艦隊と龍驤の戦いは、見事龍驤が敵の攻撃隊を迎撃したようだ。さらに角田らしい、というか、艦隊に攻撃を受けている間にも、攻撃隊を強引に出したらしく、それらはもうすぐ敵艦隊を攻撃しはじめるころだ。直掩機隊、そして飛鷹隊、さらに龍驤隊も加われば、こちらはかなりの多勢になるので、おそらく問題はない。
(問題はおれたちか……)
北艦隊の艦載機はまだ見えない。
が、あきらかに連中がおれたちの隼鷹にむかってきていることは、レーダーによってあきらかだった。しかも、こちらには那智にしか、あの電探連動高角砲がない。
ならば……。
「草鹿」
「はい、なんでしょう?」
おれは艦橋で草鹿を振り返った。
「弾切れの航空機は全部この隼鷹の直掩にあたれ」
「は?」
草鹿は不思議そうな顔をする。
「弾がなくてどう掩護するんです?」
「今、この隼鷹は敵の北艦隊の攻撃隊から見て一番先頭にいるだろ? だから、連中の攻撃目標は当然この隼鷹になる。だけど、この空母には人力の高角砲しかないし、それも四秒に一発しか撃てないのが二連六基しかない。……機銃じゃいくら撃っても当たらないしな」
「……はい」
う~ん、やっぱりあれ載せておいた方がよかったかな……。
おれは出発数日前の、海技廠技官との会話を思い出してた。
「噴進砲?」
戦力会議のあと、連動高角砲がつかないことを聞いたおれが文句を言うと、予算と人材が潤沢にもらえて上機嫌の機関中尉が言い出した。
「ええ、まだ開発中のものなんですが、隼鷹には現在の四十口径連装砲の代わりに、二十四連装噴進砲を六基配備することが可能です。やりますか?」
「 出撃までたった五日……でか?」
「砲台ごと交換するだけです。弾が百発でよければご用意できますよ」
「噴進砲、つまりミサイルか……でも開発途中の兵器を実践投入するのは嫌だなあ」
「むろん、試験はしております。急降下爆撃にはいたって効果があると、上層部のお墨付きも得ております」
「なあにが上層部だよ……」
どうせ新兵器が大好きな上層部って、想像がつく。
おれの記憶によれば、この時代の噴進砲、すなわちミサイルは着火しても発射まで一分くらいかかったはずだし、発射したらしたで、今度は次の装填まで砲の自然冷却を待たねばならなかったと記憶している。海戦を経験してきたおれには、そんな悠長な武装は気が進まない。
新兵器も、結局は精度か連射か、そのどちらかが満たされないと効果は期待できないんだよな。
「いや、やめておくよ。噴進砲は爆雷だけにしよう。あれなら遠くに飛ばす効果は絶大だし、連射は想定していない。バラ撒くのが目的なんだからな。隼鷹にはもとの四十口径二連六基でいいや」
「そうで……ありますか」
そのいかにも残念そうな顔を見て、いつの時代も技術屋さんってのは自分の開発した兵器を使ってほしいもんなんだな、と感じたっけ……。
「では護りが手薄になるので、こちらに直掩機を集中させるのわけですか? しかし弾切れでは……」
草鹿が言う。
おれは海図のところに移動して、図上を差した。
「いや、那智に敵機を誘導するんだ。ここが現在の隼鷹と那智の位置だろ? これをこう……」
那智を少し前に出し、隼鷹を北に上げて見せる。
「こうやって空路を開き、このあたりを航空機で埋めよう。そうすれば敵機は自然に那智に攻撃をすると思わないか?」
「ははあ……」
草鹿はうなずいた。
「罠を張るんですね?」
「そういうこと。隼鷹は既存の武装と弾がまだある航空機で防御し、那智がおびきよせた敵を連動高角砲と榴弾で攻撃する。そのうち、南艦隊にけりが着けば、こちらの敵を蹴散らしに戻ってくるよ」
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