坂井三郎への伝言
●18 坂井三郎への伝言
ベーリング海を空母龍驤が全速力で航行している。
米軍の艦載機と、龍驤艦隊の攻防はまだ続いていた。
「来るぞおおおお!」
上空を旋回して、駆逐艦砲撃の隙をうかがったF6F二機が、龍驤の左舷後方より機銃をまき散らしながら近づいて来た。
バリバリバリバリバリ!
「機銃撃ぇ~~~っ!」
ガガガガガガガガ!
機銃座も必死で応戦するが、なかなか当たらない。
しかし……。
キュイ――――――ン
ドンドンドンドン……。
ドンドンドンドン!
バアアアアアアアアン!
F6F一機が榴弾を受けて黒煙を上げ、もう一機も主翼に被弾して海上に墜ちていった。
「うおおおおおおお!」
「またやったぞ!」
だがその一瞬の間隙を縫って、爆撃機ドーントレスが上空から急降下爆撃をしかけてきた。
ギャーン、というカン高いプロペラ音を響かせ、ぐんぐんと龍驤に迫ってくる。連動高角砲はまだ反応のあるアヴェンジャーへの攻撃をやめず、運悪く弾切れをおこす。
「弾薬包っ」
「急げっ!」
必死の命令も、急降下の音にかき消される。
頭上にドーントレスが迫る。
巨大な空弾倉を外し、別の兵士が二人がかりで四十キロ近い重さのある新しい弾倉を装填すると、鉄のトグルをがつんと入れる。
さらに爆撃音が迫る。
兵士が退避する。
キュイ―――――ン!
ドンドンドンドン!
ドカ―――――ン!
ものすごい爆発が上空数百メートルもの近くで起こり、燃えた鉄片が雨のように降り注ぐ。
グオオオオオオ!
二十メートルほど離れた海面が盛り上がり、龍驤の船体を揺らす。
激しい水しぶきのなか、兵士たちはなんとか身体を支えた。
ドーントレスはかろうじて撃墜され、その爆弾が海上で爆発したのだ。
「交換の弾薬包を用意しておけ」
「はっ!」
兵士たちも、電探連動砲の威力を理解し始めていた。
片側二基の連動高角砲が同時に火を噴くと、ほとんどその一射で敵機が墜ちる。だが弾切れになったり、一度に三機以上が別の方向から攻撃をしてくると、どうしても迎撃が間に合わなくなる。
そうしないためには、すべての駆逐艦に、この連動砲が装備されることが望ましいが、現状ではそれは間に合っていない。
ドカ――――――ン!
兵士たちが一斉に音の方を見ると、駆逐艦が雷撃を受け黒煙をあげている。
「あれはなんだ?」
「ね、子日です!」
「子日か! くそお……」
数字の21と大きく書かれた船体が、艦橋前部の右舷に雷撃を受けていた。それをやったのは遠くに見える敵機か。
子日の航行速度が落ち、みるみる後方へと遠ざかっていく。
上空には、まだ小さな黒い機影が見えている。自分のやった戦果を確認しているのか。
そこへむけて、四十口径の手動高角砲を操作する兵士が発射を行う。
ドンドン!
ドンドン!
発射速度こそ一門につき約四秒と遅いが、こちらにも近接信管はとりつけられている。したがって方向さえ間違いなければ、敵機のそばで自動的に破裂してくれるのだ。
「撃て撃て~~~っ!」
ドンドン!
ドンドン!
バッ!
一機に見事命中し、きりきりと墜ちていく。
「おおお!やったぞおお!」
電探連動高角砲と近接信管。
その異様な精度に気づいたのは味方ばかりではなかった。十六機の編隊が戦闘機、爆撃機、雷撃機と、その種類にかぎらず、しだいに墜とされていくのを見て危機感を覚えた敵編隊は、アウトレンジからの雷撃に切りかえはじめた。
慎重に高空を旋回し、一マイルほどの遠方から、水雷投下を行う。これなら高角砲が発射されても、すぐに翼をひるがえして、なんとか回避することができた。
その間も、甲板からは離艦が続いていた。
リフトで新たな航空機を甲板にあげ、それを人力で後ろ向きに列に加える。最後尾から発艦していく戦闘機は、リフトの上昇を待って左舷に空いた滑走路を通って発艦していかねばならない。とにかく人手と時間がかかるのだ。
「あと何機だあ?」
「これが最後の天山です!」
「よし、行けええ! 敵の艦隊をつぶしてこい!」
「左舷前方に雷跡っ!一、二!」
指令室内に監視員からの報告が響く。
「艦長、ぬかるな」
角田の静かな言葉に、無言でうなずいた加藤唯雄艦長は、高さのないこの指令室から、その雷跡を見極めようと双眼鏡を構えた。
「ヨーソロー」
一本の雷跡はどう見ても後方へと過ぎ去る。問題は少しあとに来るやつだ。それは全力で走るこの船の、やや前方を通り過ぎるように見える。だが……。
シュシュシュシュシュ……。
一本目が後方へと過ぎ去る寸前、加藤が声をあげた。
「両舷停止!」
「両舷停止~~っ」
前方にぐんと重力がかかり、船速が落ちる。ほとんどその直後、あとの一本が龍驤の前方を通り過ぎていく。
シュシュシュシュシュシュ……。
「両舷全速」
「両舷全速~~っ」
ふたたび龍驤のスクリューに機関が接続され、高速に回転をはじめる。船首が浮いて速度があがる。
気がつけば、攻撃はかなり減ってきていた。
低い雲間に見え隠れするのは、数機ばかりで、あとは次の機会を慎重にうかがっているようだ。
このままやりすごせば、敵は引き上げていくかもしれない。
しかし、それではいくばくかの敵を、無事に帰すことになる。
また、やられた駆逐艦子日の救助も気になった。後方でもたもたしていると、敵戦闘機の機銃攻撃の的にもなる。
「機銃、高角砲、撃ち方やめ」
「機銃撃ちぃ方やめ!」
「連動高角砲撃ち方やめ~!」
角田は通信士を振り返った。
「直掩機と迎撃隊を呼び戻せ。本艦隊周囲にいる敵機を撃墜せよ」
「はっ!」
「それから……」
「はい」
「坂井に伝えろ……敵を残しておいたから、ぞんぶんにやってくれ、とな」
角田は口の端をきゅっとあげた。
いつもご覧いただきありがとうございます。龍驤の戦いも終盤にさしかかりました。はたしてなにごともなく……? 感想、ご指摘にはいつも助けられています。ブックマークをよろしくお願いします。




