正面から魚雷
●17 正面から魚雷
「哨戒より報告、敵機は……二十!」
思ったよりも敵の数が多い。
無傷の二十機編隊だとすると、艦攻や艦爆もいるだろう。
そうなると、魚雷一発で、この船は大きな被害を受けてしまう。艦爆から攻撃されれば、せっかくの新型爆撃機も飛べないまま、沈めてしまうことになる。
「疾風は出せるか?」
「いえ、残っておりません」
一刻の猶予もなからなかった。角田はただちに決断した。
「天山と彗星を全部発艦させろ」
「い、いいんですか?」
南雲長官からの指示は疾風十機のみの発進だ。機銃や高角砲戦になったときの混乱を避けるためと、敵機の艦爆による被害を受けたとき、甲板に飛行機があると誘爆してしまうことを避けるためだろう。
しかし……。
格納庫でやられるよりは一機でも多く飛んだ方がいい。
角田はあごを引き、歯をぐっと食いしばる。覚悟を決めたときのクセだった。
「電探連動高角砲に撃たれないよう、発艦したらまっすぐ五マイルは直進せよ。砲には右舷左舷ともに角度制限のラッチをかけろ。機銃と八九式高角砲は右舷と左舷でのみ使用し、前方には撃たないように」
「わかりました」
兵士が走る。
(天山も彗星も、甲板がやられたら宝の持ち腐れになる。しょせんこの艦の装甲では食らったら終わりだ)
伝声管と艦内放送を通じて、敵機来襲と発艦命令が伝えられる。
「発艦用意!全機だすぞお!」
「対空戦闘用意!」
それでなくとも発艦に時間がかかる龍驤だ。いつでも飛べるよう、飛行士も整備兵も準備はしていたが、敵機が来る中での発艦は、やはり非常事態だった。
甲板を飛行士が走る。整備兵も甲板の後方に走り、格納庫のリフトを操作する。
甲板で双眼鏡をかまえ、上空を監視していた兵士たちが、大声で叫ぶ。
艦橋構造物のない龍驤では、対空を監視するのは甲板上しかないのだ。
「敵機が来たぞおおおおお!」
「方位右三十!」
「対空戦闘準備ヨシ!」
機銃射撃手は配置につき、高空を睨んでいた。青空のない、白い空の向こうから、小さな黒い点がかすかに見える。
それがすぐに雲間に隠れたところで、チンチン、という音とともに、天山の姿が見えてくる。
さすがは猛将角田の率いる空母龍驤である。
対空戦闘のさなかであっても、その動きはなんら乱れはない。
機銃掃射されれば、自分たちは真っ先に撃たれることになるが、もとより命は戦場に捨てている。
飛行士が待ちかねたように乗り込み、プロペラを回す。
車輪どめが外されると、ただちにうなりを上げて甲板を走り出した。
ババババババババ……。
「いけええええ!」
「次だ次っ!」
ラッターを昇って、高角砲の砲台に数人の機関兵が出てくる。
「高角砲にラッチをかけろ!」
「右舷前方一番方位角四十五……もとい、六十。いそげっ!」
それぞれが走り、高角砲の巨大な回転機に大きなピンを嵌めていく。
「まだかっ!」
「終わりました!」
「始動、退避~~っ」
兵士が鉄のカバーを降ろして退避する。
キュイ―――――ン!
すぐに右舷の高角砲が反応を示す。
機銃座に座る兵士が、その音に振りかえる。
電探連動高角砲が首をふり、方位、次に仰角を合わせるのが見える。
本能的にその方向へと目をやるが、機銃座の兵には、まだ敵が見えない。雲に隠れているのか。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
唐突に高角砲の発射がはじまった。
人間にはまったく見えていなくても、電探は関係なく数千メートルもの遠方の敵影ととらえ、発射していく。
機銃座に陣取る数人の兵士が、高空をにらみつづける。
少しでも敵機が見えたら、必中の覚悟で撃ちまくるつもりだった。
しかし、まだ敵は見えない。
その間にも、天山が離艦していく。その大きな爆音のおかげで、空の敵機の音はよく聞こえない。
そこへさらに連動高角砲が動く。
キュイ――――ン
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ボボボ、っと雲の向こうで近接信管が反応し、爆裂する音がしている。
がしゃがしゃという、機体が壊れる音もする。
付近を航行する駆逐艦からも一斉に砲撃が開始され、あたり一帯の空に無数の黒煙があがる。
ひょっこり、という感じで、厚い雲の中から一機のF6Fが姿を現した。
「右三十、敵機~~っ!」
機銃が撃たれる。
ダダダダダダダダ!
ガガガガガガガガガ!
ガンガンガン!
こちらの甲板にも敵の機銃が走り、穴が開く。
幸い、甲板を離艦へと走行する天山にはあたっていない。
こっちも応戦しようとするが、あっという間に敵機は龍驤を通り過ぎ……。
キュイ――――――ン
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
バシャアアアアアアア!
左舷の高角砲に直撃されて、わずか二百メートルほど離れた海上に、F6Fは突入する。
「また来るぞ~!」
前方、甲板直下の指令室。
司令官の角田は、真正面から龍驤に向かってくる、敵の雷撃機アヴェンジャーを見つめていた。
「司令官、危険です!」
「……」
だが角田は微動だにしない。
この方向からの攻撃は、偶然にも電探連動高角砲の死角だ。
雷撃機なら、ふつうは空母攻撃に際して左右の腹を狙う。全速で走る空母の正面からというのはいかにも非常識だが、偶然にもこのコースに入ったのだろう。
アヴェンジャーはぐんぐんと迫ってくる。
高度は五百ほどか。
船の針路を変えたいところだが、発艦していく艦載機や乗員に危険がおよぶ。
アヴェンジャーがふっと姿勢を低くした。
胴体からぶら下がる敵の魚雷が不気味に黒い。
アメリカの魚雷は不発が多いが、今回にかぎって、そんな僥倖はありえないだろう。
角田は歯を食いしばった。
愛嬌が消え、生と死にわが身を駆ける武人の顔になる。
「……」
グオオオオオオオオオオ!
その時、頭の上から黒い影が現れた。
それは今まさに、離艦したばかりの天山だった。
そのまま、まっすぐにアヴェンジャーへと向かっていく。
(体当たり?!)
敵機はたまらずバンクして逃げる。
自爆なんかにつきあっていられない、とでもいうように、龍驤の横腹へと身をかわす。
指令室の斜め後ろにある機銃座は沈黙のままだ。突然のことで、追撃が間に合わない。
アヴェンジャーが方向を変えてから、わずか一秒。人間の反応では無理なのだ。
そう、人間では……。
キュイ――――――ン
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドカドカ……ド―――――ン!
空母の横へと逃げたアヴェンジャーを破壊したのは、電探により自動で攻撃を行う連動高角砲だった。
その直撃を受けた敵機は、胴の後部をふっとばされ、頭から海上へと突っこんでいった。
いつもご覧いただきありがとうございます。龍驤対アメリカ軍16機。ちょっと不利な感じで戦いが始まります。 ブックマークをよろしくお願いいたします。 ご感想ご指摘をお待ちしております。




