未帰還機
●14 未帰還機
一撃離脱を回避せよ。
この南雲のひとことは、小八重たち第一次攻撃隊の、P―38との空戦方針を決定づけることになった。
すなわち、高空への誘いには乗らず、低い高度で艦攻天山をうろつかせることで、P―38にとっては、高度九千という、ほとんど安全といっていい空域から、一転して高度四千という危険な乱戦空域へと転じることになった。
このため、緒戦の遭遇戦において、P―38はあっという間に四機を撃墜されてしまったのである。
P―38にすれば、低空での格闘能力は日本の戦闘機におよばないと知っていたし、だからこその一撃離脱であるから、この状況は失態に近いものだ。
わざわざウムナック島から遠路、日本艦隊の攻撃を阻止すべく飛んできたのに、こんなところでむざむざと手痛い反撃を食らうわけにはいかない。
あわてて再上昇し、一撃離脱のコースに入る。
落ち着いて何度も急降下と上昇を繰り返せば、やがては少しずつ削っていけるはず。ヨーロッパにおける優秀なドイツ戦闘機との闘いで、彼らはその自信をつけていた。
「「まずいな。敵さん、落ちつきを取りもどしよった。また、懲りずに上から狙う気や」」
隊長機の無線が入る。
いわば全体を見ている隊長機からの主観情報だが、小八重にはありがたく感じる。
どうしても乱戦では客観的な視点が欠落するものだ。
そして、そのあとにつづく命令も的確だった。
「「艦攻は雲を利用して離脱せよ。ゼロ戦は敵急降下に上昇迎撃で対抗し、あとは相手の再上昇を狙え」」
奇しくも小八重がやった戦法だ。
もしかすると、隊長は小八重の動きをつぶさに見ていたのかもしれない。
だが、この戦法は神経も使う。風防を開け、常に上空からの攻撃に注意を払わなければならない。そして攻撃を察知したら、すぐにこちらも上昇して敵弾を躱しながら反撃する。さらには、敵機と交差したらすぐに機首を落として、相手の引き上げ姿勢を狙う必要があった。
ただし、神経はつかうものの、それにさえ気をつければ、あとは圧倒的に有利だった。どだい、一撃離脱は、相手の不注意や高空優位からの不意をつく戦法だ。機動性に優れるゼロ戦相手に、なかなか成功するものではない。
列機とともに、三度ばかり往復してさらに一機のP―38を撃墜したあと、小八重は隊長機が二機のP-38に追いかけられているのに気づいた。
(速い!)
天山は何度か急な針路変更で逃れようとするが、そのたびに二機のP―38は悠々と追いかけ、ふたたび距離を詰めていく。最高速が違うのだ。
「篠田、大居、来い!」
小八重は列機に声をかけ、隊長機の方へ方向を変えた。
「隊長!七時の方向に来てください」
それを聞いた天山は、さすがに雷装していないぶん、軽やかにバンクする。
小八重は二機のP―38にまっすぐ狙いをつけ、相手がコースを変えたところで銃撃を開始する。
ガガガガガガガガガガガ!
二一型の六十発から、五二型になって二十粍機銃の銃弾は百発に増えていた。このため、倍近い攻撃をすることができる。
ガガガガガガガガガガガ!
バシバシバシ!
右の胴体と、面積の大きな水平翼に着弾する。
(手ごたえあり!)
列機とともに、一機のP―38を墜としたところで、ざあっと光の雨が降る。
「「小八重、上っ!」」
バババババババババ!
隊長の声と同時に、小八重は機体を横転させる。
すぐに銃弾を躱すとすぐに機体を戻し、機首を持ち上げる。
(おれとしたことが……)
なんとか立て直した小八重の目の端で、隊長機の天山がふらふらと下降していくのが見える。
「隊長っ!」
ほとんど錐もみ状態で、失速寸前だ。
隊長機を追っていた残り一機のP―38が、それを見逃すはずはなかった。
わざと速度を落としてがっつり狙いをつけてくる。
「「小八重、挟み撃ちだ」」
……挟み?
ようやく小八重は谷水隊長の狙いがわかる。錐もみは誘いだ。
上空からの攻撃を気にしつつ、小八重は針路を隊長機のほうに移す。下降していく隊長機と、それを追うP―38。そしてさらにそれを追う小八重のゼロ戦。それらがほぼ一直線になったとき、上空からの射撃は止んだ。
(井桁は目立つからな。同士討ちはできまい)
そして……。
ダダダダダダダダ!
ドガガガガガガガ!
天山とゼロ戦による挟み撃ちがはじまった。
天山には前方への射撃兵装がない。しかしそのぶん、後方には上下への手動射撃が可能な、七・七粍の機銃が装備されていた。むろん、小八重は全砲射撃である。
天山はしっかりと曳光弾に反応して、敵の銃弾をひらりひらりと躱している。後方機銃は手動ならではの正確さだった。
ダダダダダダダダ!
ドガガガガガガガ!
ボンッ!
P―38が火を噴いた。
隊長機を狙ったP―38は、小八重の二十粍機関砲に撃ち抜かれて黒煙をあげたのだった。
「敵の双発戦闘機二十と交戦なるも、撃墜八、撃破四」
「こちらの被害は?」
「第一次攻撃隊はそのまま北部艦隊へと向かったため、詳細は不明、未帰還機は今のところ艦攻一、艦戦一です」
「……そうか」
おれはうなずいた。
未帰還機、それは敵に撃墜された味方機のことだ。
だが、戦果や被害に一喜一憂はしてられない。
おれたち将官が哀しい顔をすれば、士気にかかわるし、部下の兵士たちも不安になる。いつだって司令官は自信満々でないと、兵隊は命をかけたくないものだ。
たった半年の実戦だったが、南雲ッちの経験値もあいまって、おれはようやく、ポーカーフェイスを身につけていた。
「よし、予想外の交戦だ。弾が少なくなった機は無理せずもどるようにと伝えてくれ」
「わかりました」
(まだ始まってもいない……)
まだどちらの攻撃隊も、互いの艦隊には届いていないだ。
そのとき、通信士が叫んだ。
「龍驤に敵機四十!直掩部隊と交戦中!」
アメリカ軍にも続々と新たな兵器が投入され、さすがの南雲ッちもだんだんやりにくくなってきました。熟練、技能優れる帝国海軍の飛行士たちを応援してやってください。 ブックマークをお願いいたします。




