翼の真ん中を撃て
●13 翼の真ん中を撃て
P―38F ライトニング。
ローキード社、クラレンス・ケリー・ジョンソンが設計した迎撃戦闘機である。欧州戦線を経て幾度もの改良を重ね、劣勢の太平洋戦線にも、この春から投入された。
もともとB―17や25などの自国での開発が進む高高度爆撃機を意識して、敵の同仕様爆撃機を迎撃する目的でつくられたため、高高度性能にすぐれ、また航続距離や武装にも優れている。
旋回能力などの格闘性能は劣るとされ、太平洋戦争初期には日本軍の戦闘機に容易に墜とされたが、左右のエンジンスロットルの使い方や、高高度からの一撃離脱戦法が確立されてからは、リチャード・ボング少佐など、撃墜王を輩出し、おれの生前世界線では、ブーゲンビル上空で山本五十六長官が乗った一式陸攻を長躯の末、撃墜したことでも有名である。
……とまあ、そんなことぐらいはおれだって覚えている。
敵の北艦隊を攻撃に飛んだ第一次攻撃隊からの報告を受けたおれは、すぐに敵機がP―38だとわかった。だが、わかったところで、おれにできることはわずかしかない。
全速でひた走る空母隼鷹の艦橋で、ローリングに耐えながら草鹿に声をかける。
「草鹿、攻撃隊に無電送れるか?」
「ええ、送れますよ。……というより、攻撃隊全員が聞こえるチャンネルに声を流せます」
「そいつは便利だな。じゃあ、こう言ってやってくれ。敵機の狙いは高高度からの一撃離脱。躱して翼の中央を狙え」
「復唱します。敵機の狙いは一撃離脱。躱して翼の中央を狙え。……翼の中央ってなんですか?」
草鹿が自分の書いたメモを読んで、不思議そうな顔をする。おれは近くにあった紙に、飛行機の形状を書いて説明した。
「報告によれば三胴、双発、単座ってこんな感じだろ?」
くるくるとテキトーにP―38の概略図を描く。
「ということはだ。この戦闘機って操縦士は双発の胴に守られてるから撃墜しにくいし、双発ならエンジンも破壊できないってことだろ。だけど旋回性能は悪そうだから、双発の馬力を活かして一撃離脱戦法をとるはず。そこで、翼の中央を下からでも上からでも狙うと、それがちょうど操縦士の位置になると思うんだよ」
「……へえ、よくそんなこと、わかりましたね」
「そりゃまあゲー……いや、単純な推理だよ草鹿クン」
「はあ……ま、もういまさら驚きませんけどね」
艦橋にいる何人かがぽかんとしている中、草鹿はメモを書いて通信士に渡している。
「おい、これを共通チャンネルで送ってくれ」
斜め上空に見えた二十機ほどの異形の戦闘機は、すぐにこちらの編隊に気がついた。大きく散開して、さらに高度を稼ぎに行く。その動きが逃げているように見えて、小八重は本能的に追いかけようとした。
その時、赤のチャンネルランプが灯り、空母隼鷹からの緊急放送が入った。
「「南雲司令官より第一次攻撃隊へ。敵機の狙いは一撃離脱。躱して翼の中央を狙え。」」
愚直なまでの忠誠心が小八重飛曹の持ち味だ。同時にここは戦場であり、空戦の真っただ中でもある。一番機である小八重の判断で、小隊の運命が決すると言っても過言ではなかった。小八重は司令部からの内容を一瞬で読みとり、行動に移す。
「篠田、大居、追うな。」
攻撃隊は三小隊だ。それぞれの編隊長に無線を送る。
すでに高度八千。つられてこれ以上、上昇しては、やがてかなわない高度に追い込まれ、上から機銃掃射を浴びせられるかもしれない。やってはいけない。いや、それよりむしろ……。
「おれたちは高度三千に降りる。敵機が来たらお前たちが敵を撃て」
その時、ふたたび無線が鳴る。
「「待て小八重、おとりなら艦攻がやる」」
「隊長!」
谷水隊長からの割り込み無線だった。
だが、そもそも艦攻を守るための囮が戦闘機だ。
艦攻が囮をやるなんて聞いたことがない。
「し、しかし!」
「「かまわん。狛枝隊、八鹿隊は敵艦隊に迎え。佐科隊、吉野隊は高度三千まで降りろ」」
「佐科諒解」
「吉野諒解」
効果は抜群だった。艦攻が低空に逃げると、敵機は急いで降下態勢に入った。
たしかに、敵が一撃離脱を得意とするなら、この罠にはまらないわけはなかった。
相手にとって、倒すべき雷撃機が、よだれが出るような低空にいるのだ。
何百キロもの速度で飛ぶ中での、なにもかもが一瞬の判断だ。
小八重も迷っているヒマはなかった。
「戦闘機隊は高度三千から上昇して迎え撃て」
そう言って、小八重は自らも操縦かんを押しこむ。
高度を落とし、風防を開け放つ。
もう酸素は必要ない。上を睨みながら、あの奇妙な井桁のような機体を目で追いかけた。
はたして、数機がこちらに向かって急降下をしかけてくる。距離にして二千メートル、時間はわずか十秒。
隊長の声が聞こえる。
「「艦攻は合図をしたら転進せよ。……撃たれんなよ」」
いったん外に回り、機体を垂直に立てる。
スロットルを押し、全開にする。
五二型のエンジンが力強く吹き上がる。
敵機が銃撃を開始する。
ドガガガガガガガ!
「「艦攻、転進せよ」」
六機の天山が、放射線を描くように散りじりに逃げる。
小八重は迫りくる敵機に、照準を合わせていく。
迎え撃つ。
ガガガガガガガガガ……。
曳光弾が飛び交う中を、敵と味方の機体が交差する。
上空でスロットルを戻す。
ダイブレーキをかけ、失速寸前で機首をがくんと落とす。
下降に転じた。身体を浮かして下を確認する。
敵は……散った艦攻を撃てず、通り過ぎたあとに重い機体を引き起こしている。
小八重は上からの機影を初めて目にする。やはり、井桁のようだ。
(間に合えええ!!)
スロットルを全開にする。
相手は機体を起こそうともがく。
だが五二のエンジンが吹き上がる。
一機に狙いを定める。
(この、井桁がああああああ!!)
ガガガガガガガガガガガガガガ!
二十ミリと七・七ミリを同時に撃ちまくる。
翼のちょうど真ん中を狙う。
バキバキバキッ
敵機のキャノピーが粉々に吹っ飛ぶ。
車のハンドルのような操縦かんを握っていた敵の搭乗員が、血しぶきをあげてバラバラになる。
小八重機が機首を誇らしげに持ち上げて見事なバンクを見せたころ、力を失ったP―38Fの機体は、暗い色の海へと、双発の機体をひらつかせながら落下していった……。
毎日暑いですね。もうすぐ終戦記念日です。ぼくはこの連載をやりながら、ただ平和を享受しつつ、先人に感謝するだけの自分が申しわけない。そんな思いでおります。




