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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第一章 真珠湾攻撃編
19/309

さらばビッグE

●19 さらばビッグE


 アメリカ空母の『エンタープライズ』は、まさにヤンキー魂を象徴するような、強靭で強力な空母だった。


 太平洋戦争の十年も前に建造された船であるにもかかわらず、大戦中のほとんどの海戦に参加し、成果をあげたし、空母としてバトルスターや大統領感状、海軍褒章も受け、戦後にいたるまで活躍し続けた。


 この成果は単にエンタープライズが優れた空母だっただけではなく、神がかり的までの幸運にも恵まれていたからだ。


 たとえば、太平洋戦争中は戦闘により十五度もの損害を受け、中にはこんどこそ万事休す、という壊滅的な被害をなんども受けたが、そのたびに修理船が近くにいたりして不死鳥のように蘇った。


 そのあまりの強靭さと幸運に、やがて『ビッグE』の愛称で呼ばれるようになった。


 そして今、その『ビッグE』に、新生・南雲忠一ひきいる帝国海軍、機動部隊からの、最初にして最大の試練が訪れようとしていた。


 エンタープライズからの迎撃部隊と交戦し、それを難なくやりすごしたわずか十分後、淵田は洋上を白波あげて南下するエンタープライズと、その護衛艦隊の姿を発見した。


「よっしゃ!おった!」


 淵田は操縦かんをぐっと押しこんだ。


「トツレ、トツレ、トツレ」


 編隊が突撃態勢にはいる。数機ごとにわかれて全方向に展開し、包み込むように艦隊にせまる。


 その間も空母からは敵戦闘機がつぎつぎに離陸するのが見えた。おそらく、攻撃される前に一機でも多く離陸させる気だろう。


 ドンドンドン!


 空母や巡洋艦から打ち出された高角砲の黒い爆煙が、かなり上空で爆裂しはじめた。


 この時代、アメリカ軍もまだ近接信管、すなわち戦闘機の位置を自動察知して爆発する仕組みは開発されておらず、対戦闘機用の高角砲撃は、すべて一定の高度で爆発するよう設定されていた。


 そして今次の戦いにおいてその精度はかなり悪く、日本側の戦闘機乗りは、ほとんど恐怖を感じずにすんだ。


 淵田は隊長機らしからぬ大胆さで低空に進路をとり、エンタープライズの砲撃を避けながらまっすぐに近づくと、一キロほど手前で左に大きく旋回した。


 そのまま上昇に転じる。やや距離をとって、味方の交戦を横目で見ながら朝焼けの空を舞った。


 制空を任された三十機ほどのゼロ戦隊は、その敵機を撃墜すべくすぐさま攻撃に移った。


 ガガガガガガガガガ!


 ゼロ戦と護衛機との激しい空中戦が始まる。


 しかし、性能と操縦能力の差は歴然としていた。


 敵の主力機グラマンF4Fとゼロ戦では、最高速度こそ同じようなものだが、回転性能はまさに段違いだった。


 ゼロ戦は連続とんぼ返りや、きりもみを軽々とおこなって、すぐに敵機の背後についてしまう。

 その後の二十ミリ掃射で、たちまち敵機は落とされていった。


 もちろん水雷と爆弾を積んだ攻撃機は重くて空中戦は無理だ。


 だから本来は、旋回してタイミングを待たねばならない。


 が、味方の優位を見て、二機の雷撃機がその態勢に入った。


 その二機は、申し合わせたように空母船団の左右から水雷攻撃の体制に入った。


 護衛の巡洋艦をうまく避けながら高度をすーっと下げ、海面と並行に機体姿勢を保ち空母へと急速に近づいていく。


 こういう場合、空母は全力で推進しているので、それを見越してある程度、空母進路の先にむけて水雷を発射しなければ命中させることはできない。


 しかし、彼らはすでに二年もの長きにわたり、その訓練をいやというほどすませてきている者たちばかりだった。


 二機ほぼ同時に、魚雷が発射された。


 真珠湾用にカスタマイズされた特殊魚雷が、いったん十メートルほど潜ったあと、その浮力で海面ちかくまで浮かびあがり、そのまま白い二重反転スクリューの軌跡を描きながらエンタープライズに近づいていく。


 エンタープライズが取舵(左旋回)全速で躱そうとする。


 左舷からの水雷をぎりぎりで躱せたかに見えたその次の瞬間、右舷からの一発が船の最後部に命中した。


 ドーーーーーン!


 エンタープライズにとってこの命中が不運極まりないものだったのは、この船にとって命綱とも言える、四軸あるスクリューのうちの右舷二本と舵を損傷してしまったことだった。


「水雷命中!」


 後方の通信士が下を見て叫ぶ。

 淵田はその声を受けて操縦かんを上にあげた。

 残りの攻撃を高みの見物で見てやろうと思ったのだ。


 しかしそのとき――。

 淵田機の後方に敵機グラマンがすべるようにして入ってきた。そのまま射撃に入る。


 ガガガガガガガガガガガガ!


 バシバシ!


 淵田機の翼を何発かの機銃弾が貫通する。


(ぬおっ!)


 慌てて回避しようとするが、敵機は喰いついて来る。


 ガガガガガガ!

(いかん!)


 淵田が被弾を覚悟したとき、グラマンのさらに後方から、一機のゼロ戦が滑り込んで来た。


「後方にゼロ!」

 淵田はレバーを下に押し下げる。


 それと同時にゼロ戦からの機銃音が鳴りひびいた。


 ガガガガガガガガガガ!


 銃弾は見事敵機の翼に命中し、空中で分解せしめたのだった。


「佐川機です!」


 後方の声を聞いた淵田は、回転しながら仰ぎ見た。


 佐川がバンクして離脱していくのが見えた。


(佐川に借りができてしもたわ……)


 淵田は黒煙をあげるエンタープライズを見ながら、その借りをいかにも嬉しそうに笑うのであった。


 三十機の敵をものともせず、わずか十機で空中戦を挑んだ佐川隊は、四機を失いながらもわずか十分足らずの戦闘で敵を全滅せしめ、急追してきたのだ。


 この佐川隊の参加で、制空権はさらに確固たるものになってきた。


 なにより肝心の空母がまともに動けなくなってしまったため、その護衛を目的とする巡洋艦も駆逐艦も離脱するわけにはいかず、くるくる、きりきりと、空中を舞う圧倒的性能の戦闘機に、高角砲をむなしく撃つばかりだ。


 やがて八機の九九式艦爆が急降下爆撃のため、はるか上空へと占位しはじめる。


 それを見て、戦闘機たちはあうんの呼吸で空母の周りをまわりはじめた。


 空母や巡洋艦の注意をそらせるためだが、こういう連携は、今の航空隊にはお手のものだった。

 それほど練度が高かった。


 案の定、高角砲はハエのように舞う戦闘機をうるさがって砲撃角度をあわせてくる。

 その瞬間、ころあい良しと見て戦闘機はぱっと散会する。


 次の瞬間、上空から八機の艦爆が急降下で襲いかかり、二百五十キロ爆弾がつぎつぎに切り離される。


 ヒューーーーーーーーーーーーッ!

 ドドドドドドド――――――――ン!!!


 少なくとも数発は命中したようだ。


 さらに今度は十機あまりの雷撃機が水雷発射の体制に入っていく。

 敵巡洋艦はあたらない高角砲を。むなしく撃ち続けるしかなかった……。




 広い海原に激しく燃料をまき散らしながらエンタープライズは断末魔の悲鳴を上げている。


 救命ボートが降ろされ、乗員を収容しながら、なんとか逃げのびた駆逐艦に救い上げられるのを大勢が待っている。


 ここに大きな戦艦はそもそもいなかった。


 最新鋭の巡洋艦や駆逐艦はいたが、最後の水雷攻撃により、そのほとんどが大破することになった。


 巨大で頑丈な空母は、瀕死の状態で、かろうじて浮かんではいるものの、それも時間の問題と思われた。


 味方機はまだ宙を舞っている。

 爆弾は尽き、二十ミリ機銃掃射もまばらだ。


「エンプラはまだ沈まんか」


 大きく傾きながらも、いまだ浮かびつづける空母を見おろしながら、淵田はこれ以上の攻撃は無駄だと感じていた。


 それに燃料も時間も無駄にするわけにはいかない。

 敵の空母はまだ残っているし、あの人使いの荒い南雲司令長官から、また大きな仕事が命じられるかもしれなかった。


 淵田は南雲中将の不思議な人柄を思いだしてにやりと笑った。


 以前は寡黙でいかにも水雷屋という感じだったのが、この作戦がはじまると急にたのもしくなった。


 饒舌になり、笑顔が多くなった。


 淵田は南雲に逢いたくなった。


「頃合いよーし、帰るぞ!」


 淵田は空域を離脱するため、操縦かんをぐうっと引きあげた。


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