三胴双発単座の戦闘機
●12 三胴双発単座の戦闘機
おれは悩んだ。
潜水艦がいるかもしれない海域に、艦隊をいつまでも停泊させておくわけにはいかない。だが、この海域はこれからも往復路で通過するし、敵の通商破壊も気になるところだ。これ以上、潜水艦に苦渋を舐めさせられるのはまっぴらだった。
「よし、駆逐艦帆風、汐風。それに駆潜艇三隻を残して、あとは全速で離脱せよ。残った船も、潜水艦の攻撃には十分注意をはらえ。磁気探知の哨戒天山も残して海域の警戒をするんだ。こちらは燃料がつきる前に母艦に帰還させ、同時に駆逐隊は補給船団の警戒にあたれ」
結局、一部の駆逐隊を残して艦隊を移動させることにした。
潜水艦は速度が遅いから、こっちが全速で航行すれば追いつけないのだ。
ただし、帆風、汐風は旧式駆逐艦で、駆潜艇も対空戦闘には難がある。ならばこちらに残して潜水艦の追撃にあたらせたほうがいい。
「そのあとは……そうだな」
おれは首をひねる。
残った潜水艦の数は不明だし、全滅させるのは無理だろう。窮鼠猫を噛むの例えもある。相手もずっと潜行はできないし、いずれは浮上しないといけない。後方に穴をあけてうまく逃がしてしまうのが賢いやり方だろう……。
「南雲艦隊への合流は必要ない。アッツ島への補給艦隊を掩護せよ」
おれたちが東進しはじめたころ、別の哨戒機よりより報告があった。
「敵飛行機三機、敵空母一隻見ゆ。北緯五十一度、東経百七十七度五十分。われ攻撃を受け応戦中」
航海士が海図を確認する。
「南です!アダック島西南約百二十 海里!」
近い!
一気に緊張がはしる。
「先の敵艦隊とは別か?」
「別ですね。先のは現在アダック島北西五十マイルです」
草鹿が海図を見ながら答える。
アダック島の左上に北と書いて丸で囲み、左下、それもかなりおれたちと近いところに、南と書いて丸で囲んだ。
「こっちの方が近いですね。距離は……」
指でなぞる。航海士が定規をあてて計測する。
「……百二十マイル」
「なら、すぐにやってくるぞ」
飛行機なら三十分の距離だった。
はたして、ほとんど同時にレーダーに反応があった。
「那智の電探に反応あり。方位右三十度距離……三十マイル!」
「進路は?」
「西にまっすぐです」
「狙いは……龍驤か」
おれはふたたび計算する。
航空機速度が二百五十マイルだから、八分の一時間、つまり十分とかからない。
「これは混戦になるぞ。角田に伝えろ。疾風を十機だけ飛ばせ。そのあとは電探連動高角砲で迎撃せよ」
「はっ!」
「各艦隊直掩機はただちに迎撃にむかえ。龍驤に近づけるな。飛鷹は敵南艦隊への攻撃隊を発艦させろ」
やはり、敵の艦隊はもうひとついた。ということは、先に発見された北の艦隊にはおれたちの隼鷹第一次攻撃隊が向かっており、逆に龍驤はこの南の艦隊から専制攻撃を受けることになる。
こうなったら、空戦の勝負だ。先に敵を倒した方が、掩護に向かって優位になる。第一次攻撃隊が北の艦隊を倒し、龍驤が敵の攻撃を凌いだら、あとは南艦隊をボコってやる……。
そのころ、空母隼鷹を出た五二型ゼロ戦の小八重飛曹は、重く垂れこめる雲間を、順調に飛行していた。先導する谷水竹雄隊長機がうまくコースをとってくれているため、見失う心配はない。
ただし気温は極めて低かった。風防を開けてはとても飛べない。
「こちら谷水。そろそろ敵の艦隊に着く。高度を八千まであげ」
クリアな無線がはいる。各編隊の隊長がただちに応電を行う。
小八重が整備兵に言った「無線が便利」という言葉は嘘ではなかった。この半年で海軍は電波技術が躍進したが、中でも航空機同士の無線がこれほど戦術的に有効とは思いもよらなかった。
これまで日本の戦闘機隊は編隊を組んでいても、乱戦になってしまえばもうそれまでで、仲間がどこにいてなにをしているかは、他の機は目視以外、知る由もなかった。いくら編隊を組んで、隊長を決め、ひとつの指揮のもとに戦っていても、結局は各人が技量を活かし、単独で戦っているのに等しかったのである。
それが新式無線を得て訓練を行うと、互いがまるで距離のない一つの身体のように感じた。自分が頭、仲間が両手、そんな感覚すらあった。
三機編隊を、近く五機編隊にするかもしれないという、参謀本部の通達も、航空機の量産体制がうまくいっているだけではなく、無線発達のなせる業かもしれなかった。
隊長機に続いて高度をあげていく。
スロットルを押すと、小八重の機体はぐんぐん上昇していく。こうなるとあきらかに五二型は馬力を感じることができた。
高度計を見る。
……七千、七千五百……もうヒマラヤ山脈とかわらない高度だ。
空気が薄くなり、気温はあっという間に氷点下になる。なんといってもここはアリューシャンなのだ。
送話器つき酸素吸入器を咥えてバルブを開けると、シューっと音がして、酸素が流れてくる。まだ大丈夫だ。確認だけしてすぐにバルブを締めておく。
高度八千。
「水平飛行に移行する。このまま敵艦隊に接近」
ようやく雲が薄くなってくる。隊長は艦隊の直前で低空に出て、そのまま一気に攻撃をするつもりだろう。
小八重は悲鳴を上げるエンジンをなだめて、なんとか高度を維持する。ゆっくりと機首を落とし、水平飛行に移る。
「「あれ、なんや……」」
とつぜん、無線から谷水隊長のめずらしい関西弁が聞こえてきた。
「敵機見ゆ!方位右四十五度、高度九千……双発の敵機!」
高度九千で敵機に遭遇、だと?
小八重隊は軽くバンクして右方向に機体を向ける。
見れば、たしかに斜め上になにかが飛んでいる。まちがいなく、敵機だ。
だが、その姿は異様だった。
見たことも聞いたこともない形状をしていた。
「谷水より全機。われ北緯五十三度五分、東経百七十七度五十分、高度九千にて敵不明戦闘機と遭遇。これより攻撃する」
戦闘機?
あれが戦闘機だと?
胴が三つないか?
爆弾は?
いや積んでいない。
なら戦闘機だ。だが、なんだあれは?
その飛行機は二機が左右から合体したような形をしていた。左右にプロペラのついた胴体が二つあり、真ん中にプロペラのない胴体がある。三胴双発単座戦闘機だ。あれじゃあ艦載は無理だろう。近くの島から離陸したのかもしれない。あるいは、少ない艦載機を補うための増援か。
敵機から目を離せない。数は……二十ほど。
高度をあげて対抗しないといけない。小八重はさらにスロットルを押し、上空へ向かう。はげしい空戦に備えて酸素ボンベを開き、慎重に近づいていく。どう見ても動きは鈍そうだ。
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