噴進爆雷砲
●11 噴進爆雷砲
「新しいスクリュー音を探知。方位三百、おそらく駆逐艦です」
聴音士の言葉に、乗組員全員がどきりとする。
新手の登場だ。こいつも駆逐艦なら、前後を挟まれることになる。
ギルモアは耳をすませる。
スピーカーから聞こえるのは、たしかにシャラシャラという水かき音だった。
「さっきの船は?」
「まだいますが停止しているようです。方位三十、距離五百」
なら、少し安心だ。
それだけ離れていれば、爆雷投下からは免れる。
「深度百二十」
この付近の海域は二百メートルがせいぜいだ。海底まで潜ってしまえば察知はされないが、動きが取れず、爆雷の餌食になる。百二十まで潜り、万一の爆雷にそなえながら、後方の駆逐艦に射線を合わせて攻撃のチャンスをうかがおう。
「左舷微速前進」
無音の電動のスクリューが静かに動く。
やがて、後方からのスクリュー音が、徐々にグロウラーへと近づいてくる。
おそらくこの船はこちらの動きに気づいていない。
ならば、浮上して雷撃し、急速潜行すれば正面突破で前方へと抜けられる。
むろん、このままずっと潜っている選択肢もあるが、われわれは戦争をしに来ているのだ。逃げているだけでは戦いとは呼べない。
それに、どのみち取り囲まれたら、結局はどこかに風穴を開ける必要があるのだ。
ギルモアはゆっくり目を開いた。
「後方との距離は?」
「約……千です」
「前方を五度下げ。急速浮上、潜望鏡深度」
船首がゆっくり下がり、艦内が不安定になる。乗組員は近くの機材に掴まる。
「潜望鏡深度に浮上します」
「魚雷発射用意 後方、七、八、九、十」
「深度あがります。……八十、七十」
「敵の距離、八百……七百」
「方向ヨーソロー」
「両舷停止」
「深度二十!」
「浮上やめ、潜望鏡あげろ」
ギルモアは潜望鏡に目を当てる。。
ハンドルを後方に回そうとした彼の眼に映ったのは、目前に漂う大きな駆逐艦だった。
(近い!)
だが、まだ距離がある。
あれなら爆雷は届かない。
が、その時……。
ボン、となにかが打ち上げられる。
一瞬、なにか樽のような大きなものが、上空に飛んでいくのが見える。
「!」
爆雷の撃ちだし装置、だと?
迷っている時間はなかった。
一気に潜望鏡を回し、後方を見る。
くそっ! 射線が少しずれている!
だがやるしかない!
「魚雷発射!」
ズボン、ズボンという発射音が艦内に響くと同時に、ギルモア艦長は大声で叫んだ。
「急速潜行!爆雷が来るぞ!」
ドカ―――――――――ン!
ドド―――――――――ン!
金属のぶつかり合うもの凄い音がして、ざあっと海水がなだれ込み、その刹那、薄暗い潜水艦に光が差し込む。
前方の駆逐艦から帝国海軍最新鋭の噴進爆雷砲が、続けざまに放たれ、海面近くに深度設定されたその爆雷は、ガトー級潜水艦グロウラーを真っ二つに引き裂いたのであった。
「右十度、雷跡四、距離百っ」
後方から迫っていた駆逐艦、曙の監視所では、海上監視員が伝声管にむかって大声で叫んでいた。
距離百なら十秒でやってくる。
回避行動ができる距離ではなかった。それでも艦橋にいる艦長中川は、瞬間的に右舷の窓に目を向けていた。
「衝撃に備え」
帝国海軍、それも南雲機動艦隊の一員ならば、魚雷なんかで右往左往したりはしない。しかも今は対潜戦闘の真っ最中なのだ。
見れば雷跡は四本。
そのうちの、最も左の一本が当たるかに見えた。
シャァァァァアアアアアアア。
雷跡が白い泡を海面下に残し迫ってくる。
ぐっと手すりを掴む。
他の乗組員たちも、しっかり身体を支えている。
当たるか? ……いや、逸れる。
シャアアアアアァァァァァァ…………。
四つの雷跡が駆逐艦の横を通り過ぎる。
ギリギリのところで、潜水艦グロウラーの放った四本の魚雷は、駆逐艦曙を逸れ、後方へと通り過ぎたのだった。
乗組員全員とともに、中川は息を吐く。
安堵とともに、知らず緊張した肩の力を抜いた。
「第七駆逐隊より対潜報告」
通信室から兵士がくる。
「うん」
「航空磁気探知による航空爆雷投下および駆逐隊爆雷投下による撃沈、二。海域封鎖および聴音探知により駆潜艇二十七の放った爆雷砲にて撃沈、一。それぞれ存命乗組員は救助、引き続き警戒と追跡を続けております」
「わかった。ご苦労さん」
報告を終えた兵士は、びっと敬礼して回れ右をした。
三隻撃沈とはかなり満足な結果だ。
ただし、敵潜水艦の残存数は不明である。しかもおれたちがにらんだ通り、アッツ島とキスカ島の中間海域に潜水艦がいたということは、今後もいつ魚雷攻撃があるかわからない、ということでもある。全速で前進すれば、振り切ることはできるが、後顧の憂いを残してしまう。
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