見つからない敵
●7 見つからない敵
ここでアメリカ側の状況を説明しておこう。
アッツ島、キスカ島からの連絡が途絶え、飛行艇による偵察を行ったアメリカ海軍は、両島付近には日本艦艇が停泊し、さらに兵舎が建てられていることに仰天したらしい。
そして大規模な上陸を予想した統合作戦本部は、ただちに臨時の艦隊を編成し、両島への派遣を決定することになった。
つまり上陸部隊によるこれらの奪還と、これを機に日本の艦隊をおびき出し、地の利を活かした攻撃作戦で敵艦隊の殲滅を謀ったのだ。
浮上したガトー級潜水艦グロウラーの甲板に、艦長ハワード・ウォルター・ギルモアはいた。
「艦長、ジャップは艦隊を繰り出してくるでしょうか?」
ギルモアの隣で、副艦長となったフレンドル大尉が言う。
二人は鉄柵にもたれて景色を眺めていた。
「わからんが、今度の侵略には日本側の並々ならぬ決意を感じる。なんと言っても、ここ、アリューシャン列島はわがアメリカ合衆国の一部だ。占領すれば士気も上がるだろうし、数珠繋ぎのように基地を次々に建設して、やがてはアメリカ本土への攻撃をやり始めるだろう」
「まさか、そこまでは……」
「……朝鮮や満州を見ろ。やつらはどこまでもやる。太平洋も、たった半年でここまで荒らしたんだぞ」
フレンドルは苦笑して、ぺっと唾を吐く。
「まるで悪魔ですね」
ギルモアは肩をすくめ、うっすらと笑った。
「だが、ここはやつらにとっても、日本の防衛に欠かせない場所なんだぞフレンドル。われわれがアリューシャン列島からソ連のカムチャッカ半島、そして千島列島へと出れば、日本の本土が見えてくるからな。ようするに……」
ギルモアが煙草を咥えて火をつけた。
「……お互いがゆずれん要所なのだよ」
「自分はこの戦争で、合衆国がこれほど守勢に立たされるとは、正直思ってもみませんでした」
「私もだよ……」
甲板ではしゃぐ兵士たちを尻目に、二人はため息をついた。
ここでは万年雪に覆われた山々が間近に見え、凪でも寒さが身に沁みる。垂れこめた灰色の曇はその山々に重苦しくかかって、わずかな陽光を遮っている。
そんな天候でも、潜水艦の乗員たちは外の空気をたのしむために、外に出ていた。
「ジャップには資源がない。兵士の練度も、いずれはわが合衆国が追いつき、追い越すだろう。私はそう思っていました。ですが、こう負け続けては……」
「マクモリス中将はこれまでの戦いをつぶさに検討したそうだ」
「?」
「この艦隊の指揮官だよ」
「ああ」
フレンドル大尉が苦笑する。
「君が言う通り、ジャップには負け続けている。それを分析したところ、一番の理由は航空機の性能と、その搭乗員の練度だったそうだ。たしかに、あのゼロファイターには苦渋を舐めさせられっぱなしだし、爆撃機や雷撃機の命中率は信じられないほど高い。わが艦隊もイギリス艦隊も、ほとんどがその誤算でやられた」
「なるほど」
「だが、彼らにも弱点はある。空母と航空機の運用に比べ、圧倒的に稚拙なのは潜水艦の運用だ。あのナグモに打撃を与えたのは、わが潜水艦部隊であることを思い出せ。だからこそ、マクモリス中将はこの艦隊に八隻もの大型潜水艦をそろえたのだよ」
「マラッカ海峡の仇は、われわれが討ちます」
フレンドルがめずらしく感情をあらわにした。
「したがって今回、先行するは、グロウラーを含む大型潜水艦八隻、その後方には、空母インディペンデンスと、プリンストンが控えているわけだ」
「それにしても、よく空母が間に合いました」
「まあな。太平洋地域に空母が不在となってしまったため、急遽建造中のクリーブランド級軽巡洋艦を改造して建造された軽空母だが、見た限りバランスもいいし、しかも飛行甲板と格納庫の下には巡洋艦装甲があって強度にすぐれるそうだ。速度だって三十ノットとまずまずらしいぞ」
「ありがたいですね」
フレンドルはため息をついた。
「とはいえ、先鋒はわが潜水艦隊だ、アッツとキスカを分断し、日本艦隊に大きなダメージを与えねばならん!」
「例の、恋人作戦……ですね」
二人は顔を見合わせた。と同時に吹き出す。
「ひどいネーミングだ!」
大笑いするのを、他の兵士たちが不思議そうな顔で見つめている。
「海軍統合作戦本部の連中は、きっととんでもないロマンチストなんですよ」
「だろうね」
空からプロペラの音が聞こえてくる。単機だ。
二人は音が吸い込まれる厚い曇天を見つめた。
「来たかな?」
そう言うギルモア艦長に、フレンドルは腕時計を見る。
「そうですね。みんな待ちかまえていますよ」
乗組員たちが手を振っている。
雲間から水上機が現れ、着水の態勢に入る。
二人の目線の先、百メートルほどのところに、水しぶきをあげたG―21飛行艇が着水し、やがてこちらへとゆっくり近づいてきた。
停止した水上機のドアを開け、搭乗員が叫ぶ。
「野郎ども。愛しい恋人からの手紙が着いたぜ!」
おれたちが日本の大湊を出発し、二日がたった。アッツ島、キスカ島の先発攻略部隊と合流し、あらためて艦隊を編成する。
この時点で、おれたちの陣容はこのようになっていた。
空母三 ―― 隼鷹、飛鷹、龍驤
重巡三 ―― 那智、摩耶、高雄
軽巡洋艦三 ―― 木曽、多摩、阿武隈
駆逐艦十一
(第六駆逐隊) 暁、響、雷、電
(第二十一駆逐隊) 若葉、初春、子日、初霜
(第七駆逐隊) 潮、曙、漣
伊号潜水艦六
さらに、そのほか、このところ活発な動きをみせている米潜水艦への警戒を厚くするため、駆潜艇と呼ばれるやや旧式だが小型の対潜水艦艇を三隻用意していた。
いままでの第一航空艦隊とは比べるべくもないが、辺境の島の攻防だとすれば、十分のはずだよな。
「なんだけどなあ……」
おれはまだ迷っていた。
「どうかしました?」
司令官室での作戦会議はまだ続いていた。
「敵の潜水艦が、気になるんだよ」
「なにがですか? 今回は磁気探知もやっていますし、見つけたら駆逐隊が殲滅する、でしょ?」
「うーん……」
たしか、アリューシャンでは潜水艦にやられたはずなんだ。おれもあまりはっきりと覚えていないのが辛いところなんだけど、たしかこのあたりの戦いでは、緒戦に敵潜水艦が駆逐艦を三隻ほど雷撃破壊した気がする。だから、潜水艦にはかなりの警戒をすべきなんだ。
「このままアッツとキスカ、二つの島を包囲し、島々に点在する敵基地からB25がやってくるのを艦載機で墜とす。それから徐々に島を制圧して、最後はキスカ島を前線にして要塞化し、あとの島は敵が滞在できないように破壊していく。問題ありませんよ」
草鹿がおさらいするように言った。
「でもさあ、敵には空母がいるんだろ? てことはだ、おれたちの空母艦隊とも決戦になるぞ? そしたら地の利のある方が有利だ。それに哨戒機からの報告がまだない。やつらはいったい、どこに隠れてんだ?」
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