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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第五章 北の海編
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北に艦隊?

●5 北に艦隊?


樺太からふとです」

「樺太? まさか、そげなこつ……」


 樺太とは北海道の北に位置する巨大な島だ。三十七年前の日露戦争の結果、今は南半分が日本領で、北半分がソ連領となっている。


「むろん、今すぐじゃありませんがね。放っておいても、どうせソ連は国境を超えてくるんだから、同じことです。だったら、先に占領しておいたほうがよくないですか。中国戦線があるから、今は手が出せないけど、原爆実験にあわせて進軍させればいい。そうすれば最悪でも政治カードになって、撤兵を条件に、有利な講和ができる」


「ふむ……」


「それに、陸軍をその気にさせることが出来れば、その時はもはや仲介をたのもうなんて気は失せますからね」


 もちろん、こんなこと、おれの一存じゃ出来ない。


 そもそも、戦争は国家間の問題なんだから、大本営そのものが決定しないとありえない。この時代の頭の固い連中を動かすことだって、とんでもなく難しいに決まってる。


 でも、どうせ世界を相手に戦ってるんだし、ソ連はとうの昔に連合国側なんだ。問題は、そのことを知っているのは、おれだけだってこと。


 史実とは逆に、終戦直後に裏切って攻めて来られた衝撃を、スターリンに味あわせることになるけど、樺太に大量のソ連軍がいるかぎり、北海道は安心できないんだ。


 おれは考え込む佐伯翁をうながした。


 向こうでは、進もそろそろ立ち上がり、四海さんと仲良く片付けを始めている。


「さあ、もう少しですよ。やってしまいましょう」




 大分市内の宿で一泊し、往路と逆のコースで立川に帰る。


 軍用車に乗ってようやく東京に帰ると、おれは進と別れ、常宿にしている帝国ホテルに帰着した。


 海軍にも宿泊所はあるが、どうも落ち着かないんだよね。現代人のおれには、一番安い部屋でもホテルの方がくつろげる。それに、海軍省にも近いし、下着なんかも洗ってくれるので便利なんだな。


「あ、南雲さま」

 なじみのボーイがやって来て、おれに耳打ちをする。


「お客さまがお待ちです」

「客……?」


 ボーイが手のひらを向けた方を見ると、一人の背の高い軍人が立ち上がって敬礼をした。


「だれ?」

 一礼し、近づいてくる。


「お初にお目にかかります。私、陸軍参謀本部、第一部作戦課戦争指導班 山縣喜八やまがたきはちであります」


 なんか、気味の悪い男だな……。

 のっぺりとした馬面に、小さな丸い眼鏡をかけている。


 がっちりした肩を見ると、それなりに鍛えてはいるんだろうな。


 それにしても、なんだって?


「戦争指導班?」

「はい」


 くそ大げさな班名じゃないか。


 おれは思わずぷっと吹き出しそうになる。


 相手がさっと青ざめるのを見て、あわてて取りつくろった。


「いや、失敬。……で、おれに何の用? さっき九州から帰って来たばかりでさ、ちょっと寝たいんだけど」


 今はまだ昼過ぎだが、疲れてるからちょっと横になれば、一瞬で眠れる自信がある。


「お疲れのところ申しわけありません。実は海軍さんには内密に、南雲中将にご相談があります」


「海軍にないしょって、おれは海軍だぞ?」


「ですから、南雲中将だけに」


「しかも少佐のおまえがか?」


 三本線に星ひとつ。階級章を見れば、軍人の位は一目瞭然だ。


「いえ、私からではなく、上の者からの伝言とお受け取りください」


 上というなら、参謀本部長は例の杉山 元か。


「九州は佐伯翁とお会いされたと伺っております」


「ふん……そういうことね」

「……」


 この馬面め。

 ちゃんと知ってるぞ、と言いたいらしい。


 佐伯翁と会ったと聞いて、たぶん釘を刺しに来たんだ。


 でもおれにも言いたいことがある。反ソ連派の佐伯氏を襲ったのは、こいつらの一派かもしれないんだ。


「よし、聞こう。おれの部屋に来い」

「はっ」




 部屋に入ると、おれは背広の上着を脱いでネクタイを外した。


 軍服を着て行かなかったのは、公私をはっきりさせたかったのもあるけど、お見舞いに軍服だと、あまりにも偉そうで、似合わないと思ったからだ。


「それで、話とは?」


 窓際のテーブル席をすすめ、自分も椅子に腰を掛ける。


 一室だけの狭い部屋では、ベッドがむき出しだ。みんなタバコを吸う時代だから、壁は最初から汚れにくい濃い色の布を貼っているし、全体的に暗い印象がある。


 窓から見える戦時中の東京の街を見下ろし、おれは水差しに入った水を二つのコップに注いだ。


「今、陸軍と海軍はかつてないほど、うまくいっております。陸海融和には、中将もずいぶんご尽力されていると伺っておりますが……」


「おい、はっきり言ってくれ。おれは忙しいんだ」


 馬面があごを引いて目をぎょろつかせる。


「中将」

 低いバリトンの声をしてる。


 こいつがなんとなく不気味なのは、このせいかもしれないね。


「なんだ?」


「佐伯翁とはどういうご関係ですか」

「ああ、そのことか。息子の許嫁のご実家だ」


「……」

「なんだ、知らなかったのか?」


「はい。存じ上げませんでした。それだけですか?」


「山本五十六長官の仲人でね。進もむこうの四海さんも意気投合したみたいだし、今回は賊に襲われて放火されたと聞いたから、お見舞いに伺っただけだよ」


「……」


「ま、そういうわけだから、佐伯翁はおれの親戚になる。つまり……手を出したら、おれが敵になるよ」


「中将!」


 がたっと立ち上がりそうになるのを、素早く胸倉を掴んで制した。おれは柔道の達人なのだ。


 そのまま顔を近づける。


「杉山さんの伝言とやらををあててみようか? 佐伯翁には近づくな、だろ?」


「くっく、そんなところですな」


 おいおい、笑ってやがる。

 いよいよ本性を現してきたらしい。


 とはいえ、ここで暴れる気はなさそうだ。

 馬面はおれに応じて腰を降ろす。


「ならもうわかったろう。佐伯さんは嫁の実家だから近づくなってのは無理だ。それと、おれからも伝言がある。実はおれもソ連のことで杉山さんに一度会いたい」


「ソ連のこと?」


「ああ。永野さんが海軍のかなめなら、杉山さんは陸軍のかなめだからな」


「……」


 ゆっくりと手を離し、おれは立ち上がる。

 背中を向けて、風呂に入るためシャツを脱ぎだす。


「話は終わりだ。帰っていいぞ」


 その時、部屋の館内電話が鳴った。


「おい、出てくんない?」

「……はい」


 仕方なく馬面が立ち上がり、受話器を取り上げる。


「はい。○○号室です」


 あれ、部屋番号ってどこかに書いてたっけ?

 あ、電話機に書いてたか。


「はい、はい……少々お待ちください」


「どした?」


「山本長官からだそうです」


 おれは電話に出る。

「南雲だ。つないでくれ」


 この時代の館内電話は、外からの電話と、室内の電話を交換手が手でつないでくれる仕組みだ。


「今おつなぎいたします」


 すぐにガチャガチャと音がして、外線に接続される。


「山本だ」


「南雲ですが、なんですか? 今、九州から戻ったばかりで、これからひと眠りしようかと……」


「すまんが、すぐに来てくれないか。アッツ、キスカ島近海で、敵の艦隊を見かけたと哨戒艇から無電があった」


「敵艦隊?」


 もしかしてアメリカ艦隊の残存兵力か?

 それとも、あたらしい艦隊なのか……?


 冗談じゃないぞ、おれは日本に戻ったばかりじゃないか。


 あいつら、ゾンビかよ。

 これじゃ身体がいくつあっても……。


「どうされました?」

 おれはため息をつきながら、受話器を置いた。


「おい、君は軍用車か?」

 後ろの馬面を振り返る。

「は、はい、そうですが」


「すまんが海軍省まで送ってくれ。……どうやら、また海に出ることになりそうだ」



いつもご覧いただきありがとうございます。アッツ、キスカ、アリューシャンが騒がしくなってきました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 浅学にして陸海の力学などは殆ど知らないものですから,そこまで目を配ったプロットたいへん楽しんでおります。更新も楽しみにしておりますが,せっかくの連休どうぞよく休まれてください。
[一言] 主人公は、前世からの知識で米国の方が、科学力・人口・工業力などを含めた国力は日本より大きい事を知ってはいたが、実感したのは初めてだったのかもしれませんね。 今後の更新も楽しみです。
[一言] 大作になってまいりました。本当に楽しみになってきましたね。
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