晴れのち嵐、みたいな?
●2 晴れのち嵐、みたいな?
「なんですか腹案って……」
どうせろくなもんじゃないんだろうけど、聞くことにするか。
一応上司なんだし……。
山本さんは座ったまま話しだした。
「三木くん、その高高度爆撃機だが、今はまだ機体の設計段階だそうだね」
「正確には、機体の設計はほぼ終わっていますが、ジェットエンジンが決まらないのです。小型の軸流式ターボジェットエンジンは空技廠の中口技術大佐がすでに完成させましたが、大型化と試験に時間がかかっていまして、そのため、重量や大きさが決まらず、影響が出ております」
「それだが、要するに敵に見つからない爆撃機と、原子爆弾があれば、敵は降伏するしかない、ということだろ」
「はい、そうであります」
「それなら、いい案があるんだ」
そういって、山本さんは後ろの副官を振り返る。
「おい、あれをくれ」
「はっ」
黒い鞄からこの時代の図面である青写真をとりださせ、それを広げた。
「新兵器は南雲くんの専売特許で、非常に照れくさいのだがね」
……あ。
その図面を一目見て、おれは理解した。
まるで戦艦のようなスマートな船体、中央に水上機を格納できるまるでロケット発射装置のような艦橋。
「伊四百型潜水艦だ。オレがつくらせた」
山本さんが得意そうな顔でにこやかに説明しはじめる。
「前長百二十二メートル、全幅十二メートルの超巨大潜水艦だ。こいつは水上攻撃機二機を搭載し、潜水して敵に近づき、浮上してただちに攻撃機を発進、そのまま爆弾の投下が可能な潜水空母だ」
「おおお!」
みんなが図面をのぞき込む。
「どうだ南雲くん」
「なかなかいいですね」
「だろ? この水上攻撃機は八百キロ爆弾まで搭載できるし、高度も一万メートルだ。これなら原爆の投下までできると思わんかね」
「ええ、たしかに」
うーん、原爆はもっと重いけどな。
「うふ、うふ、うふふ」
「まあ、惜しいのは敵への威嚇効果が薄いことと、ずっと潜っておくわけにはいかないので、浮上航行中に発見され、集中索敵にあう虞があること、あとは、飛びたったあとの晴嵐を、撃墜される可能性があること、ですね」
「……せいらんて、なにかね?」
「あ、いや、水上攻撃機の名前ですよ。晴れのち嵐みたいな名前がかっこいいかな、と思ったんで」
史実と事実が頭でごっちゃになる。
「しかしまあ、南雲くんが言うように、わたしも原爆投下にはやはり高高度爆撃機が一番だと思うね。なんたって防ぎようがないんだから」
永野総長があっさりと断じた。
「そうですか……」
そう言われてしょんぼりしている山本さんに、おれはすかさずフォローを入れる。
「あ、ですが、もしも間に合わない場合の次善の策としてこれは覚えておきますよ。すごい新兵器だ」
「そ、そうかね?」
「そうですとも! ……ところで、これって九月までに間に合うんですか?」
「それが、間に合うんだ」
「ほう」
たしか、史実では就航は昭和十九年、すなわち再来年の年末くらいだったはず。
「いやあ、オレも南雲くんが頑張ってくれてるおかげでヒマでね。ずっとこれに掛かりきりになれた。今や南方からの資源も順調に届くし、学生の大量採用で呉の海軍工廠も槌の音が絶えないんだ」
はしゃぐように言う山本さんを見て、なるほどね、と思った。
ミッドウェーをやらせないまま、山本さんをフリーにしておいたもんだから、アメリカ本土空襲を夢見てこいつをガッツリ作らせてしまったわけか……。
「八月には四隻が就航できる。だから核実験に投入して、急速浮上、水上機から投下させることも可能だ」
「いいですね。それならたとえば伊四百で通常爆弾の投下試験を行い、直後に富嶽で投下試験をして原爆を爆発させる手もありますよ。そして世界にはこの空と海、両方の新兵器の発表を行う。そうすればより脅威を与えることができるかもしれない」
「島をもうひとつ原爆で爆破するのはどうかね?」
「いや、嶋田大臣、残念ながら原爆はウラン235の製造量がかぎられているので、九月にはどうしても二発がいいところです。そう考えると本番用の一発――これを使わないで済むように祈るばかりですが、残さないわけにはいきません」
「まあそうだな」
「でも山本長官のこれ、かなりなものですよ。未来の人間が見たら、きっと日本の高度な変態技術に驚くと思います」
「そうだろうそうだろう……ん、今なにか変な修飾語が」
「まさに、潜水空母!」
「う、うむうむ」
「いや、海底要塞!」
「いい響きだなあ」
「あのう……」
そのとき、坂上機関参謀がおずおずと口を開いた。
「なんだね、坂上」
山本さんがにこやかに応じる。
彼は自分の新兵器を褒められて得意満面みたいだ。
「さきほど、うっかり聞いていたのですが……」
坂上は手元のメモを見ながら話す。
「なにかね?」
「三木君の発言で、なにやら、小型のジェットエンジンが完成したと、言っていたと思うのですが」
「はい。言いましたが、なんでしょうか?」
三木がなにごとかと訝しむ。
「そのジェットエンジンというのは、どのくらい馬力がありますか?」
「はい。噴進機関の場合、軸馬力に相当するものがないので、推進力で測っております。それも大気圧や燃料流量で変化するので一概には言えませんが、実験による測定だと五トンまでは……」
「五トン!」
「……それなら、普通の戦闘機なら楽に飛ばせるな」
「あ!」
戦闘機の重量はせいぜい三トンまでだから、彼らが開発できたというジェットエンジンなら、一発で戦闘機を飛ばせる勘定だ。つまり、富嶽の大型ジェットエンジンを開発する過程で、小型ジェットエンジンの開発が完了したとすると、それをつけた国産ジェット戦闘機の開発も大きく早めたことになる。
かくして、会議はさらにあさっての方向へむかう。
「空技廠で相談してみます」
「機体が心配……」
「いや、爆撃機として……」
「そんなエンジンなら最高速も……」
とにかく議論がつきない。
偉いさんと言っても、みんな心は少年のままだ。
勝ち戦に新兵器、盛り上がらないわけがない。
まあHG作戦を否定されないだけましか……。
「これは楽しみだねえ」
そう永野総長が漏らし、会議は無事終了した。
みんなが出されてきた茶を飲んでいる。
途中で話がずいぶん逸れたが、おれとしては事実上両作戦の承認を得たので満足だ。
雑談の中、山本長官が言う。
「それにしても、H作戦は面白い。今ならまだアメリカのグルー大使も日本にとめ置かれているから、交渉窓口になってもらえる」
「うん、今月にもモザンビークでむこうの日本大使館員との交換をする予定だったが、ちょっと延ばして、いろいろと交渉に役立ってもらえばいい」
永野総長も上機嫌だ。
みんな、それなりに偉いさんなので、このあたりの事情には詳しいんだろう。
「まあ、口の達者な欧米人だから、日本を信用できないとか、捕虜を人質にとって苦し紛れの無理難題とか、いろいろ言い返してきそうだが、なあに、その時はまた、戦争で叩き潰せばいい!」
いや、嶋田大臣……。
叩き潰すとか言ってますけど、それやるの、たぶんおれですよね。
いつもご覧いただきありがとうございます。妙にもりあがる作戦会議です




