H作戦とG作戦
●1 H作戦とG作戦
おれが太平洋戦争の南雲忠一となってから、まる半年がすぎた。
この間、おれは真珠湾を攻め、アメリカの空母艦隊を消し去り、オーストラリアのラバウルを攻略して南の最前線としたうえ、インド洋に出てイギリス艦隊をほぼ殲滅した。
そして今年に入ってからはアメリカ相手にドーリットル空襲を防ぎ、艦隊決戦を重ねて、ついに、アメリカの空母艦隊を根こそぎ叩きつぶし、旗艦空母エンタープライズまで鹵獲したのだった。
この間、こちらにも被害は色々あったけど、まあ結果的に見ると出来すぎだよね。おかげで、大英帝国とは停戦交渉が始まり、現在は実質的な停戦状態にあるわけだし、なんとなくだけど、アメリカの世論も、最近は過激なアジテーションが影を潜めている感じがする。
とはいえ、もちろん油断はできない。イギリスは彼らが重視するヨーロッパ戦線にカタがつけば、あっさり裏切ってこちらに向いてくるだろうし、アメリカだってそろそろ鬼のような工業全力を発揮してくる。明日にでも新型空母やF6Fの大量投入があるかもしれないのだ。
と、いうわけで、結局はこれしかない。
1942年(昭和十七年)六月九日(火曜日)。
東京、海軍省二階の会議室。
おれたちは新たな作戦計画のため、初の会合を行っていた。
出席者は次の通りだ。
嶋田繁太郎 海軍大臣
永野修身 軍令部総長
山本五十六 太平洋艦隊司令長官
南雲忠一 第一航空艦隊司令長官
伊藤庸二 海軍技術研究所 技術大佐
三木忠直 海軍航空技術廠 技術少佐
坂上五郎 第一航空艦隊機関参謀
淵田 美津雄 中佐 飛行隊長淵田
南雲 進 作戦特務少佐
一番上手には向かいあった嶋田大臣と永野総長がいて、その隣にはおれと山本さんが同じく向かいあう。そこからは、階級の高いものから順に席次が決められてあった。
この他にも発言は許されないが、窓際に座るのは、
太田正一 第一航空艦隊司令部付大尉
木村健一 第一航空艦隊二等整備兵曹
の二名だ。
「それじゃ、始めさせてもらいます」
おれは立ち上がり、黒板の横に向かった。
そこには、二つの作戦が書いてあった。
『一、H作戦 米国兵士の捕虜返還を条件に通商破壊の停止とラバウル以南、または太平洋各島への攻撃を停止させ、もって停戦を既成事実化ならしめる』
『二、G作戦 H作戦の後、太平洋ビキニ環礁にて原子爆弾の実験を成功させ、米国政府と民衆を一気に屈服せしめる』
おれはみんなを見渡し、手早く作戦の内容を説明していった。
「まずH作戦。……頭文字は捕虜の略です。要するに、現在上海に大量捕獲している二万近い捕虜を、すこしずつ返してやるわけですね。もちろん一度に返すわけではなく、小出しにして、そのつどどこかの停戦を提案するわけです。たとえば今後一年ラバウルを空爆しないと約するならただちに毎月百人ずつ返していく、みたいな感じです」
「うーむ、アメリカが停戦を守るか疑問だな」
山本さんが首をかしげる。
おれはうなずいた。
「最初は守らないでしょうね。まあでもアメリカは民主主義の国ですから、そのうち民衆が動くでしょう。ポイントは事前に返還する兵士の氏名も公開して、家族に期待させることです。むろん、アメリカ政府に握りつぶされないよう、この前やった海洋調査のニュースルートに載せて提案は世界に開示します。この時代にはあまりない発想かもしれませんが、交渉をオープンにしてしまうのですね」
「しかし、優秀なパイロットや士官クラスは最後まで返せんぞ」
「それはもちろんです。しかしそれ以外の捕虜にはさほど価値はありません。むしろただ飯食わせるくらいなら、戦略活用すべきかと思いますよ」
「……少なくとも揺さぶりにはなる。そういうことだね?」
あいかわらず頭のいい永野総長がうなずく。
それを見て、嶋田大臣が口を開く。
「くれぐれも、敵を利することのなきよう」
「わかっています。それに、われわれには次のG作戦がありますよ。しょせんはあと三か月です」
「G……原爆作戦だね」
「そうです永野総長」
おれは続ける。
「どちらかというと、こっちのG作戦が本命です。H作戦で資源の安全を確保して、戦線の硬直化を図っても、アメリカはその間に戦力を増強し、大量生産していずれ戦争を再開させてきます。そうさせないためには、なんとしても原爆実験を行って、アメリカ、いや世界を震撼たらしめる必要があります」
「世界を震撼……」
嶋田大臣がぷるっと武者震いする。
こういう表現って、昔の人は好きなんだろうなあ。
「原爆についてはみなさんおれの書いたレポートを読んでおられるそうですから省きます。このG作戦には二つの側面があり、まずひとつは原爆そのものの開発、もうひとつは、高高度爆撃機の開発ですね」
おれは伊藤技術大佐と息子の進を見た。
「ではまず原爆の進捗状況を説明してもらいましょう。伊藤大佐」
「はい」
おれが座ると入れ替わりに、伊藤大佐が立ち上がる。
「海軍技術研究所の伊藤です」
彼はおれの要請で、電波兵器の開発と、原爆開発を指導してくれていた人物だ。
「それでは原爆開発の状況についてご説明申し上げます。まず原料となるウラン235につきましては、朝鮮の平山地帯に鉱山と分離工場、ならびに発電所をつくりまして、日産三トンのウラニウム鉱石から一日あたり約二キログラムの生産体制が築かれつつございます。原子爆弾の製造には二発分、すなわち約二百キロのウラン235が必要でありますのであと百か日、約三か月かかる計算でございまして、これより徐々に生産効率を向上させる予定でございますが、作戦期日でございます八月中に間に合うかどうかは、今もって不明であります」
みんなが、うーん、と唸っている。
「もっと効率をあげるしかないな」
と、嶋田大臣。
しかしおれは進から聞いて知っている。
伊藤大佐や進らが、現在も資材や人材の調達にどれほど苦労しているか、そして彼らをバックアップするためにどれほど多くの理系大学生が、軍部に大量採用されたか。
そのおかげで、この会議にいたるまでのわずか一か月ほどで、発電所は稼働し、分離工場も六ケ所が建設を完了して、実際の分離作業を行いはじめている。だが、それでもまだ、おれの指定した八月末に間に合うかは依然不透明なのだ。
「ありがとう伊藤大佐。じゃあもうひとつの方、高高度爆撃機については、海軍航空工廠の三木!」
「はい」
三木忠直が立ち上がる。
「では高高度爆撃機についてご報告します。これは高度一万五千メートルで航行し、航続距離は二万キロ、つまり一万八百マイルの飛行を可能とする超大型爆撃機であります。これが完成すれば、日本から原爆を抱いたままアメリカを爆撃して帰ってこれるわけであります」
「三木くんとやら」
山本さんが口をはさむ。
「は?」
「……結論から聞きたい。どうなんだ、間に合うのか?」
「いえ……ジェットエンジンの開発と、気密機体の設計に若干の遅れが生じております」
「よし、わかった!」
おいおい、わかったじゃねえよ。
思う間もなく、山本長官が勢いよく立ち上がった。
「それなら、オレに腹案がある」
あ、それ、ぜったいダメなやつだ………。
いつもお読みいただきありがとうございます。南雲が立案する2作戦ですが、例によって計画通りには進まない。さて、解決法はあるのでしょうか。山本さんがんばれ。




