表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第四章 対米死闘編
177/309

小笠原の夜は眠れない

●45 小笠原の夜は眠れない


 一木清直は本来、この八月にガダルカナル島で亡くなっている。


 だが、目の前の彼はべろんべろんに酔っ払い、実に幸せそうだった。


無敵の南雲が言うことにゃ

空母艦隊許しちゃならぬ

飛ばせ零戦海原超えて

目指すはハワイの真珠湾


無敵の南雲が言うことにゃ

ラバウル超えては弾撃つな

トラック南洋わが手に収め

男情けの太平洋♪



 旅館の二階を借りきり、海軍と陸軍、五十人ばかりの怪気炎である。


 いつのまにか、みんなおれの前だというのに、ラバウル小唄ならぬ、南雲小唄を肩組んで唄いまくっていた。


「……あのなあ、なんで一緒に海に出てたお前らまでが大合唱してんだよ。こんな替え歌、いつ覚えたんだ?」


 おれは憮然としてたずねる。


 やせぎす眼鏡の村上大五郎が、顔を真っ赤にして答える。


「なに言ってんすかちょうかん、こらあもう海軍唱歌れすよ。知らないのは長官らけれす!」


……ひでえ。


 なんか、おもちゃにされてるみたいで、複雑な心境だよ。


「無敵の南雲が言うことにゃあ、とくらあ」


 おれは病み上がりで酒も飲めない。


 まあ鯛の鍋はうまかったけど、今はただ、お茶を啜っているだけだ。


 まだまだ続く南雲小唄をしり目に、おれは旅館をでる。


 外はすっかり暗くなって、草と土の匂いが強くなっていた。


 そういや、無理を言って病院を抜け出てたんだっけ。


 いくらなんでもそろそろ戻らないとな。


 そう思って歩き出したところを、誰かに呼び止められた。


「提督!」


 振り返ると、一木清直だった


「お、一木じゃん、どしたの?」

「あの、ありがとうございました」


 一木もさすがに赤い顔をしている。


 ズボンは履いているが、上はランニングの下着一枚だ。


 六月ともなると、もうこの島にはすっかり初夏が訪れている。


「なんだよ、急にあらたまって」

「いえ、自分は迷っておりました」


「なにを?」


 二階からはまだ南雲小唄がかすかに聞こえてくる。


 だけどここは旅館の軒先で、道のむこうには川の流れもある。


「自分は山本長官から北海道の歩兵大隊、砲兵中隊、工兵二小隊を任され、なにをやるのか不安でした。島を占領するとか、砦を築くとか言われましても、正直なにをやっていいのやら……」


 そういって、うつむく。


 でもすぐにぱっと笑顔になって、おれを見る。


「しかし、今日、提督よりラバウルのニューブリテン島を最新の兵器で武装するために任せる。しかもそれがアメリカとの講和や停戦に不可欠な要衝だと聞かされ、迷いが吹っ切れました。本当に、軍人でいてよかったと思いました」


「あ、ああ、そうかい」


「ですから、ありがとうございます!一木清直、かならずや、提督のご期待に沿えるよう、がんばります」


「う……うん」


 おれは一木の肩に手を置いた。


「たのんだよ」

「はいっ!」

「ところで、だな……」

「はい」


「実は、まだひとつだけ問題がある」

「な、なんでしょうか。あ、もしや私の技量に……」


「いや、そうじゃないんだけどさ、実は、あの話って、まだ上にはあげてないんだよね」


「えええええ~~っ」


 一木が目を剥いてのけぞった。

 まさかおれの一存で、こんな大きな計画を打ち明けられているとは思わなかったんだろう。


「すまんすまん、てなわけで、正式に発令されるのはもうちょと待って。おれから山本さんや永野さんに説明しとくからさ。じゃあな!」


 唖然としている一木をなだめ、なんとか病院に帰り着く。


 病院といっても、病室は二つしかないから、ほとんど診療所みたいなものだ。


 おれはこっそり裏口から入り、自分の病室に戻る。


 すると、そこにはカゴに入った果物が置いてあり、分厚い便箋の束が添えられてあった。


(誰だ? 武蔵の兵士たちか?)


 開けてみる。


 そこには若い小学校教諭の、切々とした文字が並べられていた。


『南雲中将様 


 お忙しい中大変恐縮でございます。私は村の小学校教諭をいたしております虹村清江と申します。米国との戦争でお怪我をされたと聞き、僭越ではございますがお見舞いを申し上げます。同封のものは、この村でご静養中と聞いた教え子の供たちが、どうしても中将様に一筆差し上げたいと申しましたので、大変失礼とは存じますが、お届けさせていただきました。


 実は私の弟も大陸に徴兵されまして、武運拙く今は靖国におります。お国のために命を投げ出すのは栄誉ではございますが、二人きりの姉弟でしたので、今はありし日の弟を思い、魂魄を弔う日々でございます。


 大日本帝国が一日も早く勝利し、一人でも多くの若者が笑顔で故郷に帰る日が来ますことを。そしてなにより、南雲中将様のご快癒と、兵隊さんのご武運、ご健勝を、心よりお祈り申し上げております かしこ


    父島小学校 教諭 虹村清江』



(ふーむ……)


 嬉しくもあり、悲しくもあり。


 小笠原の太陽の下、昼間は村の小学校で教え、夜、家に帰れば弟の仏前に祈る。そんな若い先生の毎日が目に浮かぶようだ。


 もうひとつの方も封を切る。


 たどたどしい文字の手紙がたくさん入っていた。


『なぐもちゅうじょうさま ごぶうんをおいのりします』


『なぐもていとく、はやく元気になってください』


『ぼくらは日本人でしあわせです はやくぐんじんになりたいです』


 どうやら、村の子供たちらしい。二十枚ほどのわら半紙に濃い鉛筆で書かれてある。中にはゼロ戦や軍艦の絵を描いているものもあり、蝋チョークや色鉛筆で器用に色を塗っているものもあった。


(ありがとう。……この戦争は、きっとおれが終わらせるよ)


 さっそく机の便箋をとりだすと、返事をしたためる。


「虹村清江様 たくさんのお手紙ありがとうございます。また弟君のこと、心からお悔やみ申し上げます。虹村様のお気持ちは痛いほどわかりました。私は少しでも多くの若者を救い、日本の未来を明るいものにするため粉骨砕身、努力する所存でおります。どうか虹村様もお体ご自愛ください。村の子供たちにもよろしくお伝えください。君らは日本の将来そのものだから、たくさん食べ、しっかり勉強して、立派な大人になってください」


 そこまで書いて、ごそごそと果物をあさる。


 お、パッションフルーツだ。そういえば奄美や小笠原じゃ古くから栽培されたんだっけ。


 かぶりつく。


 レモンのような酸味とさわやかな甘みが口に広がる。


(うまいな。……パッションフルーツって和名なんだっけ。トケイソウだったかな)


 これを使った小笠原の特産品があったよな……。


 追伸を書いた。


『追伸 パッションフルーツ(トケイソウの果物)ありがたく頂戴しました。とてもおいしいですね。焼酎につけこむと、保存がきいて島の名産品にもなりそうです』


(一木の件も、明日一番に海軍省に言わないとな……)


 いよいよ、忙しくなってきた。

 アメリカもこのまま大人しくしてくれるわけがない。

 やらなきゃいけないことは山積みだが、やれるのはおれしかいない。

 原爆や富嶽、そして核実験。

 アジアの共同管理に対米講和……。


 この日、おれは眠れぬ夜を過ごした。



いつもご覧いただきありがとうございます。南雲小唄のもと歌は『ラバウル小唄』です

https://www.youtube.com/watch?v=3eqeU1C-8Zg

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] よく考えたら、日中戦争を何とかしないと泥沼の戦いから抜け出せないよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ