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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第四章 対米死闘編
174/309

NYタイムズの男

●42 NYタイムズの男


 ロサンゼルスの大通り。


 その書店は、間口は狭いが奥行きがあり、中はけっこう広かった。


 入ってすぐの場所に、椅子が二十脚ほども置かれ大勢が座っている。中には立ち見している客もあった。


 みんなが見つめる先には、ジョセフィン・マイヤーズがいた。


 軍服に身を包んだ小さな身体を、ちょっと高いバー用のストゥールにおさめて、分厚い書籍を朗読している。


「……ヒトラーをどう思うか、と尋ねたワタシにナグモは言った。ヒトラーを肯定するやつなんかいない。全てを否定する。その眼に嘘はなかった。私はさらに訊いた。ではキサマの国はどうなんだ。他国を侵略したり略奪するのは、同じじゃないのか?彼は黙ってワタシを見つめ、やがてようやくその重い口を開いた。ポーランドを侵略したのはドイツだが、ソ連も同じことをやっている。日本は……」


 一節を読み終わり、拍手につつまれる。


 やれやれ、こういうのは得意じゃないんだがな、とジョシーは思った。しかしこれは処女作だし、今日はその発売日だ。たった一週間で書き上げたのに、前評判はすこぶるいい。きっと原爆についての、アインシュタイン博士との対談がよかったのだろう。


 本のタイトルだって自分で決めた。


『NAGUMOとワタシ 17歳女性パイロットの手記』


 いかにも際物風で気に食わないが、世間の耳目をあつめるには仕方がない。それが今は大型の本になり、表紙には白黒だがすましたポオトレイトも載っている。われながらなかなかの美人だ。


 朗読が終わると、本を購入した客たちへのサイン会がはじまる。


 ようやく終えて、店から出たとき、一人の男に声をかけられた。


「ミス・マイヤーズ?」


 背が高い。年は五十くらいか。金髪でやや頭頂部が薄くなっているが、身なりの良い紳士だ。


 たしか、ずっと後ろの方で立ち見をしていた。


 男は優しげな笑顔を向けてくる。


 歩道のない舗装路には、車が行きかっていた。


「なんだ? サインなら……」


「いえ、そうじゃありません。ちょっとお願いがございまして。私はニューヨークタイムズのザルツバーガーと申します」


「……」


 男は背広をきちんと着て、ネクタイをきちんと締めている。


「アメリカ最大の新聞社主、A・H・ザルツバーガーがこのワタシになんの用だ?」


 男は、ニッと口角だけで笑った。


「失礼ですが、ミス・マイヤーズは……」


「少佐だ」


 ジョシーは言下に否定する。


「え?」


「ワタシは今も予備役として特殊な任務にある。その内容は言えないがな。だからワタシのことはマイヤーズ少佐と呼んでくれ」


「これは手厳しい……わかりました、マイヤーズ少佐」


 手厳しいのは当然だ。人を見た目で判断する人間が多すぎる。特に相手が女の場合、男はたいてい敬意よりも、馴れ馴れしい甘えを先に出す。だが相手が軍人だと知り、その次に知能がそのへんのカエルより優れているとわかると、やっと初対面にふさわしい口をきくようになる。


「ワタシになんの用だ?」


 金髪の髪をかき上げた。


 風に目を細める。長い睫毛のおかげで、埃には強い。


「ではマイヤーズ少佐、単刀直入に申し上げます。ニューヨークにお越しいただくことは可能ですか?」


「なぜだ?」


「実は先日、うちの社は合衆国政府に呼ばれましてね」


「……」


 新聞と政府はいつも凭れあっている。だとすると戦意高揚の人形にでもするつもりか?


「ま、いわゆる政府のプロパガンダに協力しろってことです。このタイミングでわが合衆国の国力を示す記事を書かせて、今の不利な戦況を糊塗しようとする狙いですな」


「ありそうなことだが、ワタシは協力しないぞ」


「いえ、逆です」


「……」


「先日、私はアインシュタイン博士の講演に招かれました。テーマは……民衆は戦争を知らねばならない。長距離爆撃機と、原子爆弾によって、やがて民衆が被害の主役になる、でしたかな」


 確かに逆だ。


 しかも、この男はワタシという一風かわった海軍少佐がいることも、アインシュタイン博士から聞いたのに違いない。


 だとすると興味の対象は、戦争が継続することで受ける自分たちへの被害か。


「なるほど、大都会を根城にする企業としては、戦争を煽ってばかりはいられない……というわけかミスターザルツバーガー」


「真実を報道するのは新聞の役目だからですよマイヤーズ少佐。あなたはナグモとの日々を本にされた。私は出版社からの献本ですでに読ませていただきましたが、とてつもなく感情の排除されたハードボイルドな文体ですな。しかも内容は非常に興味深い。この本はナグモの捕虜の扱いや、戦争思想、原爆の開発など、アメリカ国民が知っておくべき示唆に富んでいる。できればプロパガンダと同時に、少佐のロングインタビューを掲載することで、報道のバランスをとりたいのです」


「それはいいが、合衆国がそれを許すかな?」


「はっはっは、それは私が心配することでしょう。どうです、来ていただけますかな?」


「ニューヨークは遠いぞ。どうやって行く?」


「おお!それなら車を用意してあります」


 そのとき、ロスアンゼルスの上空に大きなプロペラ音がした。


 見上げると、銀色に光るSBDドーントレスの編隊が、白い雲間を横ぎっていた。




「ど、どうして軍用機なんですか?」

「アベンジャーだ」


 飛行場で待機していた飛行機のプロペラが、キュンキュンと音を立てて回り、ゆっくり動き始める。


 大きな身体のザルツバーガーが一番後ろの席に座っている。青ざめた表情で目をキョロつかせ、せっかくの紳士ぶりが台無しだ。おまけに背広姿にゴーグルをつけ、奇妙にアンバランスだ。


「わ、私は飛行機が苦手で……」


 ワタシはあのブックストアでの軍服のままだ。

 ふだんから無駄な荷物は持ち歩かない。膝の上に置いた黒い海軍バックひとつ、それだけで十分だった。


 操縦席の飛行士に声をかける。


「急な任務ですまない大尉」


「いえ、オクラホマ州エニド陸軍飛行基地を経由して、ニューヨーク州ウェストポイント基地までの緊急任務、合衆国ノックス海軍長官直々の依頼とあってはかえって光栄です」


「大尉、腕はたしかか?」


「……この基地では一番です」


「ロサンゼルス基地で一番なら、この機体でも宙返りくらいはできるな?」


「朝飯前です」


 三人の声はレシーバーで共有化されている。


「や、やめてくださいよっ!」


「お客さん、嫌がってますね」


「いや、遠慮してるんじゃないか? ……ワタシは飛行機乗りでな。長らく乗ってないからたまには身体を慣らしたい……やってくれ」


「ラジャー」


「ちょ、ま、ひい~~っ!」


 ブレーキを外し、スタートする。プロペラを全開にして速度をあげると、軽やかに離陸した。


 そのまま宙返り……。


「うわあああああ!」


 ザルツバーガーはブン屋のくせに飛行機が苦手なのか?


「ふむ、あと二回ほどやってくれ」


「NOOOOOOOO!」



いつもご覧いただきありがとうございます。久しぶりのジョセフィン・マイヤーズです。三人称が一人称に変化する文体に挑戦してみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] お見それしました。 なかなかのハードボイルドサスペンスの香り。 楽しんでいますよ。
[一言] 単純にTBFアベンジャーではロサンゼルスからニューヨーク迄ノンストップは無理なのでは。 何故TBFを使うのか、作者の趣味でしょうか(笑い) B17かDC-3の方が快適と思います。
[一言] ジョセフィンちゃん偶に中の人がオッさんの 某帝国の幼女と同じ雰囲気を感じる今日のエピソードであったw
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