ホワイトハウスにて
●37 ホワイトハウスにて
その日本の新聞は、マホガニーで作られた立派な会議テーブルの真ん中にあった。一面を上にして、記事がはっきり見えるように置かれてある。
わざわざ英訳レポートも添付され、見比べればひとめで内容がわかる。
つまり、こんな具合だ。
『帝国海軍、トラック泊地への卑怯な米襲撃を一蹴!』
『旗艦、米空母エンタープライズを拿捕!』
『西太平洋にアメリカ空母艦隊を許さず』
『南雲第一航空艦隊司令長官談話・米虜囚に武士の情け』
いかにもみすぼらしく曳航されている空母エンタープライズの写真がでかでかと掲載され、うなだれて歩くアメリカ人兵士たちの姿もある。
しかも日付を見れば、これはトラック島沖海戦が終結したその翌日の夕刊だった。おそらくは従軍カメラマンによる撮影ネガを、軍用機が一致協力して徹夜で空輸したのだろう。
さらにそれだけではない。
そのすぐ下には、こんな記事も大きく掲載されている。
『ジョンストン島近海で新たな海洋生物発見!』
『大日本帝国海洋調査団の快挙!』
『海洋大国の面目躍如、大高団長の執念!』
そして、大高が水槽を満面の笑みで抱える白黒写真だ。
「これはどういうことかねビル」
ルーズベルト大統領がしぼりだすような声で言った。
ここはホワイトハウス、ウェストウィングの地下にある、戦時会議室だ。今、この部屋には車椅子の大統領と、いかめしい軍装をしたアメリカ政府要人たちが、苦虫をかみつぶしたような表情で会議用のテーブルを取り囲んでいる。
すなわち、大統領がいつもビルと呼ぶ海軍大臣のウィリアム・リーヒ海軍大将。政府側の人間でもあるフランク・ノックス海軍長官。そして、真珠湾からサンフランシスコを経由して丸二日かけて飛んできた、現場指揮官のチェスター・ニミッツ、そして最近は陸軍のみならず、政府と軍のパイプ役として人望著しいダグラス・マッカーサーであった。
「弁解はしませんミスタープレジデント。すべては我々の責任です……」
神妙な面持ちで、年長者であるリーヒがおだやかな声で答える。
いつもは大統領に親しい口をきく彼ですら、この失態がどういう種類のものなのか、よくわかっていた。
つまり、今までアメリカ政府は国民に対してこう言ってきたのだ。
「「真珠湾でやられたのは不意打ちだった。だからやられた」」
「「ジャップは卑怯ものだ。いつも卑怯な手を使う」」
「「もうすぐアメリカ合衆国は立ち直り、憎いジャップをひと捻りする」」
真珠湾以来、アメリカは、ずっとそういうコンセプトで、国民に対し戦争の継続を促してきたのだ。
ところが、今回はまったく言いわけのできない負け方だった。真っ向勝負どころか、不意打ちを狙ったのはこちらであり、しかも返り討ちにされ、虎の子の空母を全部失ってしまった。しかも、今回ハルゼーの代わりに司令官を務めたスプルーアンスを含め、アメリカ海軍の象徴として有名な空母エンタープライズと、その乗組員まで捕虜になったのである。
「思いますに……」
と太っちょのノックス海軍長官が遠慮がちな上目遣いで言う。
「このことは、国民には秘匿せねばならないでしょうな」
「むろんだ!言えるわけがない!」
ルーズベルトが真っ赤な顔をして叫ぶ。だが言ってしまってから、彼はふと思いなおし、さっきから意味ありげに黙して語らない、陸軍出身の南西太平洋方面の連合国軍総司令官に目を向ける。
「ダグ、君はどう思うね?この屈辱を、国民の士気高揚につなげる策はないか?」
マッカーサーがちらりと周りを見る。この尊大な軍人も、近頃は政府関係者とのやり取りが多くなり、自分の発言で誰かの体面をつぶすしてしまうリスクくらいは、配慮できるようになっていた。
「大臣や長官はすでにお気づきでしょうが……」
手に持ったシガーの先で、テーブルの新聞をつつく。
「まずは、わが国も新聞などを通じ、その持てる国力を世界に示すべきですな」
「ほう……」
ルーズベルトは身を乗り出す。
「どういうことかね?」
「わがアメリカ合衆国と日本の国力差はあきらかです。資源、人口、工業用地。それらは埋めようと思っても埋まるものではありません。たとえこの戦況が一部のマスコミによって暴かれたとしても、たいした損失ではないということを、先手を打って宣伝すべきかと」
「ふむ、なるほど……」
頭のいいフランクリン・ルーズベルトは、すぐにその具体策を考え始めた。
「なら、こちらも新聞に書かせるか。たとえばだ、わが国は現在空母を量産体制に入っており、近い将来、五十隻を保有することになるとか、あるいは新型戦闘機や高高度爆撃機が十万機以上も製造されるとか、そういうことを」
「それならニューヨークタイムズのザルツバーガーを呼びましょう。機密が漏洩しない配慮をして、工場を取材させてやってもいいですな」
ノックスが肩をすくめる。
「もちろん、大統領のご指示次第ですが……」
「いいだろう。早速手配してくれ」
ようやくルーズベルトの紅潮した顔面がおさまってきた。血圧の高い彼は、興奮するとすぐに顔を赤らめた。
「ひとついいかな、ニミッツ君」
マッカーサーが口を開く。あの真珠湾での会談以来、すっかり仲の良くなった陸海軍の司令官二人は、この会合に向け、あらかじめ打ち合わせを行っていた。
「なんですか閣下」
「大統領に申し上げてはどうかな? ナグモをこのまま日本へ帰すつもりではないことを」
ルーズベルトがはっとしてニミッツを見る。
「なにかあるのかニミッツ」
「これは成功した暁にご報告するつもりでしたが……」
あくまでも今回の作戦失敗の責任者として、抑え気味の口調をくずさない。
「今回のナグモ艦隊には新型の巨大戦艦がいました。だとすると、そいつはたぶん旗艦でナグモが乗っています。しかも哨戒機からの報告によれば、その戦艦はトラック島を出航し、ジョンストン島近海で軽空母二隻と合流したようです。そこで、彼らの帰国経路に、潜水艦隊を向かわせました」
「で、では!」
「ええ」
ニミッツがようやく笑顔になる。
「もしかすると、明日の今頃、いいお知らせが出来るかも知れません」
いつもご覧いただきありがとうございます。敵が強いと、国や国民は団結する。となると南雲ッちにこれだけやられたアメリカは、それなりに挙国一致体制になるんじゃないかと思うのですね。というわけで、もうネタばれしてますが、アメリカ最後っ屁の潜水艦はどうなるのでしょうか。。 ブックマーク推奨します。ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。よろしくお願いします。




