ヤマト魂VSヤンキー魂
●35 ヤマト魂VSヤンキー魂
ここは中国大陸。黎明の空にソビエト製のイ―16戦闘機が迫る。
坂井の搭乗する帝国海軍最新鋭機、ゼロ戦との真向勝負だ。
お互いの機先がそろう前に、イ―16の翼内に装備された機銃が赤い火を噴く。だが、坂井は軽くバンクして銃弾をかわし、大きく転回して二十粍機銃を叩きこんだ。
ガガガガガガガガガ!
バッと火を噴き、イ―16が墜落していく。その刹那、敵の搭乗員が赤い血にまみれているのが見え、坂井は手を合わせた……。
坂井は中国の奥地、成都で敵の戦闘機隊を撃墜する作戦に従事していた。暗い夜を、一式陸攻に先導されて飛び、その後舞い上がってきた敵戦闘機をゼロ戦で撃墜するという極めて高度な作戦である。
敵はソ連の戦闘機を使っていたが、むろんゼロ戦の敵ではなく、技量に優れる坂井は多くの敵機を撃墜した。
……ほんの一年前のことである。
その時にはまだ敵は中国であり、このような英米を敵と睨む戦いになるとは、夢にも思わなかった。
それが今、帝国は世界をまたにかけ、自分はゼロ戦よりも優秀な『疾風』に乗りこんでいる。倍ほどもある馬力、そして二十 粍と十二・七粍の強力な兵装、そして最新式の無線を搭載している戦闘機だ。
残った最後の敵機を撃墜するため、トラック泊地の秋島航空基地を飛び立った坂井は、敵機が群がっているという、戦艦武蔵に急行していた。そこはもうトラック泊地の湾外で、以南には太平洋が広がっている。
「こちら坂井、敵機の総数はいかほどか」
「……約二十」
「坂井諒解」
こちらは八機だ。僚機に翼を振って合図をし、操縦かんを引く。相手に不足はない。
高度を六千メートルまであげ、水平飛行に移る。翼下には緑の島々が見えていた。海は昨日と打って変わっておだやかになり、まばゆい太陽の照り返しがきらめいている。
さらに進むと、青々とした太平洋が見えてきた。
機首をさげる。
と、すぐに目標を発見した。
斜め下の海上で、激しく曳光弾を撃ちまくっている戦艦が武蔵だろう。まわりには駆逐艦もいて、敵の雷跡さえもちらりと見えた。
(あれは当たるまい……)
坂井は素早く敵機の状況を把握する。
総数はたしかに二十機ほどだが、戦闘機が半分、さらに雷撃機はぱっと見たかぎりは三機、それもかなり離れた場所で、まだ雷撃の機会を見計らっているようだ。
坂井はふたたび無線を取りあげる。
「こちら坂井、敵機はこちらが墜とす。対空戦闘を停止されたし」
無茶な進言ではある。
命が惜しいわけではないが、南雲長官からは無理はするなと言われている。味方の対空攻撃に突っこんでいくのは、いかにも阿呆のすることだ。
「対空戦闘停止する。五分で片づけろ」
「三分諒解」
わざとそう言って、隣を見ると、僚機の飛行士が笑っていた。手を振り、前方を差す。
スロットルを開け、ぐいっと操縦かんを押す。
二千馬力のハ45エンジンがうなりを上げ、まだ対空機銃が止んでいない真っただ中に割って入る。
駆逐艦に機銃掃射して機首をあげようとするF4Fにまず一射し、右へバンク、そのまま雷撃機を狙って突撃していく。
敵の戦闘機が二機、慌ててやってくるのを振りほどき、雷撃機に一射、そして宙返りして、しこたまぶち込んだ。
ガガガガガガガガガガ!
どかん、と翼をへし折られ、アメリカ、グラマン社製の艦上雷撃機TBFアベンジャーがバラバラになって墜ちていく……。
「あっという間に三機……」
おれたちは坂井の突入を、唖然とした思いで眺めていた。
「さすがは大空のサムライだな」
「あいつの技量がまさかあれほどとは……」
「世界一の飛行士が世界一の戦闘機に乗っているんだから、当たり前ですよ」
源田が自分のことのように嬉しそうに言う。
「あと二分です……」
時計を見つめている小野が、伝声管のそばで冷静に言った。
この坂井隊にゆるされた時間、武蔵はもちろん、駆逐艦三隻の甲板でも、乗員は戦闘機銃による誤射を警戒して退避している。しかし、その心配は無用だった。坂井隊は各艦から千メートル以上離れた空域で飛び回り、味方に機銃があたらないようちゃんと計算している。
坂井が駆けつけざまに三機を撃墜したあと、四機目に向かって猛然とエンジンをふかしたころには、八機の疾風はすでに半数の敵機を撃墜していた。もう雷撃機は一機も残っていない。あとは爆撃機のSBDドーントレスさえ警戒すれば、いいのだ。
その、ドーントレスが武蔵に向かって急降下をはじめた。さっきまで高度八千ほども上昇していた機体は、坂井らの攻撃ものがれて、突然雲間から姿を現した。
(……ん?)
坂井が大きく旋回している最中にその機体を発見したのは僥倖だった。僚機の数を確認しているとき、ふいに目の上をなにかが飛んだ気がした。気になって見あげると、まばゆい上空に黒い影が見え、風防を開ければ頭上からかん高い爆音が聞こえた。
「い、いかん!」
操縦かんを引く。
今からの上昇では間に合わないかもしれない。爆弾を投下されたら、どれだけ機銃を撃っても、あるいは敵機を撃墜しても、武蔵には被害が出る。対空砲火が爆弾の先端に当たれば、あるいは空中で爆弾を破壊することもあるが、今は坂井自身がそれを止めている……。
「あと一分です……間に合いますかね」
そういう小野にうなずき、おれたちは空に舞う疾風隊を追う。
「あと何機残ってるんだい?」
「わかりませんが、二~三機でしょう」
航空参謀の源田があちこちに双眼鏡をめぐらせている。
そのとき、艦橋に対空監視所からの声が響いた。
「直上、爆撃機一機!」
「なにっ!」
みんなが上空を見る。
「来るぞ!衝撃に備えろ!」
おれが近くの計器につかまり、身の安全を確保しようとしたとき、猛烈なスピードでこちらに向かってくる坂井の疾風が見える。
「なっ!」
武蔵の艦橋に機首を向け、けたたましいエンジン音をたてながら接近したかと思うと、ぐいっと上を向いて腹を見せる。そのまま上空へ駆けていく。
「いかん、体当たりでとめる気だ!」
「坂井、よせっ!」
いつもご覧いただきありがとうございます。ふたたび坂井飛行士の登場です。この海戦もあと少しになりました。もうちょっとだけおつきあいくださいまし。 ブックマーク推奨します。ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。よろしくお願いします。




