不死身の駆逐艦
●34 不死身の駆逐艦
目のまえの海を、駆逐艦がゆっくりと過ぎていく。
空には味方の直掩部隊が舞い、そのさらに雲のかなたでは、いまごろ敵の攻撃部隊と、味方守備隊が激しい空戦をおこなっているはずだった。
「守備隊報告、敵機は百機以上です!」
「予想通りでんな」
源田が前衛の報告を聞いて言う。
「……来るな」
「おそらく」
二百対百。
それでもやはり全滅は無理だ。
どうしても撃ち漏らした敵機が、こちらにやってくる。
「南雲長官っ!」
村角がきた。怒っているような表情はいつものことだが、だぶついた軍装がなんとなくユーモラスである。
「駆逐艦三隻の配備が完了しましたっ!」
「お、予定通りだな?」
「は、はい。十七隻のうち、空母七隻には二隻づつ護衛にあたり、残り三隻は武蔵の前ですっ!」
おれはうなずいた。
「よろしい。お前の念願の主砲榴散弾だ。しかも今回は近接信管だぞ。しっかり狙い打たせろ。武蔵も三式弾で迎撃するからな」
「はい」
アメリカの攻撃隊は半数としても、五十機は来る。
それらを駆逐艦と武蔵の主砲で撃ち落とさねばならない。
「アメリカ艦隊の戦況は?」
おれは草鹿をふりかえる。
「はい。駆逐艦は残り九隻になりましたから、今は巡洋艦と空母に攻撃を集中しています。エセックス三隻は大破二隻中破一隻、ワスプはまだ動いていますが、爆撃を受け発着艦は不能です」
「巡洋艦アトランタは?」
「二隻のうち一隻は雷撃にて撃沈、あと一隻はまだ残っています」
「エンタープライズはどうなった?」
「仰せの通り、鹵獲のため爆撃はしておりませんが、あとは嶋崎に任せています」
「まあ、戦争は現場でおきているからな。小野、降伏の電文は打ったか」
小野がひょいと顔を出す。
「はい――空母エンタープライズに告ぐ。一時間以内にすみやかに降伏せよ。乗員の安全は保障する――英文で打ちました」
「じゃああとは待つしかないな」
空母エンタープライズの鹵獲はふとした思いつきだ。
捕虜はすべて今まで同様、上海で戦後までしっかり収容しておけばいい。それよりも人質が増えることと、旗艦を鹵獲されるというセンセーショナルなニュースは、アメリカ国民の戦争遂行の意思を大きく挫いてくれるだろう。なんなら、塗りなおして和名をつけてやってもいい。
そのとき、伝声管から対空監視員の声が響いた。
「右十度、グラマン爆撃機、戦闘機、カーチス雷撃機、ダグラス爆撃機および雷撃機!」
「おいでなすったぞ」
「対空戦闘!」
「対空戦闘用意」
「電探連動高角砲用意せよ!」
「電探砲用意します」
双眼鏡を目に当てる。
さっきまで近海を警戒飛行していた直掩機が、日本の攻撃をくぐり抜けてきた敵機へと飛び去って行く。
敵は双眼鏡でもまだ小さな点だ。羽虫のような大軍が、ゼロ戦の突入で、編隊を乱す。
たちまち何機かが黒い煙を吐いて、きりきり舞いをして墜ちていく。ここからでは敵味方の判別がつかないが、あれは敵機なのか?
敵の一団はいくつかの集団に分かれ、高空に舞い、あるものは雲間に隠れ、またあるものは大きく旋回してこちらを目指してくる。
やがて機影は徐々に大きくなり、見れば左の遠方から、五機編隊が三つ、こちらに向かって来ていた。
「おい、左の一群が来るぞ」
「指揮所、主砲、左の敵を狙え」
「主砲照準、左三十二度!」
艦内にもあわただしさが増し、緊張が走る。
武蔵の前方に据えつけられた一、二番の主砲、六門が上空を狙い迎角をあげていく。ブザー音が鳴り響き、乗組員への警告が発せられる。
「くるぞ!」
「主砲三式弾撃て~っ!」
ドド――――――――――ン!
ドド――――――――――ン!
轟音が鳴り響き、振動が艦全体を揺るがすと同時に、高速のつぶてのような砲弾が飛んでいき、ほとんど同時に、電探連動高角砲も火を噴く。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
黒煙がババババっと左の空の一角を埋める。ほとんどの敵機は砲撃を見て散開して避けたが、何機かは破片を飛び散らす。
バシャアアアアア!
逃げた敵機には、電探連動砲が自動追尾で追撃をはじめる。
キュイ――――ン
ドンドンドンドン!
やはりここでも近接信管の威力は抜群だった。
高度に関係なく、近くに敵がいれば爆裂するこの信管は、三次元の空を、あらゆる位置で攻撃することが出来た。
艦内に静かな歓声があがる。
何度見ても、見事な命中率だった。
人間がこんな自動機械と戦争してはたまらない。それは見る者に奇妙な恐怖心を覚えさせた。
そうこうするうちに、駆逐艦も主砲の榴散弾を撃ち始める。
これも三式弾と同じく散弾銃のような構造の砲撃だ。しかし、それよりも、やはり特筆すべきはおれの肝入りで装備された近接信管だった。こちらは平砲で電探とは連動してはいなかったが、最大仰角四十度の範囲で、あとは方角だけを見て撃てば、炸裂は自動でやってくれる。なんともありがたい高角砲になっていた……。
「命中!!」
「油断するな!次が来るぞ!」
「左三十度、仰角三十五度」
「左二十、迎角三十五!」
ここは駆逐艦『雪風』である。
若い砲撃手たちは、自分たちが撃つ砲弾の威力に驚いていた。
機銃以外はたいした対空兵器がないと思っていたから、これは嬉しい誤算だ。だが、これで俺たち駆逐艦乗りも、堂々と敵機を墜とすことが出来る。彼らは新型兵器を得て、水を得た魚のように生き生きとしていた。
「撃て~~~っ」
ド――――ン!
ド――――ン!
ド――――ン!
バシャシャアアアア!
「グラマン雷撃機に命中!」
「おお!こいつは凄いな!」
「奥で爆発したぞ!」
敵を見ている監視員はすぐさま報告を行う。
だが奢りはない。
それどころか、統率の取れたキビキビとした動作は見事だ。勇猛をもって知られた帝国海軍の中で、この駆逐艦雪風は特に整理整頓が行き届き、訓練においても常に優秀な成績であることが知られていた。
「機銃撃て!」
ガガガガガガガガ!
回転座がすばやく動く。
この艦では機銃操作に他の艦よりも多い操作人員を割り当てていた。それはこの艦独自の工夫であり、すばやく狙いをつけるために兵士たちが自分たちで考え出したことだ。
「グラマン二機撃墜!」
「カーチス命中!」
「ふ~ん、あれが雪風かあ」
「え? どうかしましたか?」
山口が不思議そうな顔をしておれを見た。
「いや、なんでもないんだけどね」
「?」
「……君らは帝国海軍の誇りだよ」
おれは生前の世界線で、最後まで生き残り、不死身と謳われた駆逐艦を感慨深くながめていた。
いつもご覧いただきありがとうございます。やっと雪風にふれることが出来ました。 ブックマーク推奨します。ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ありがとうございます。




