二百対百の戦争
●32 二百対百の戦争
アメリカ艦隊に、第一次攻撃隊の激しい雷撃が襲いかかる。
むろん、米駆逐艦のすぐれた対空兵器は、すさまじい抵抗を見せる。
「が、当たらん!」
ゼロ戦に搭乗している佐川大尉は、無数の機銃弾を躱して、大きく旋回した。
空母赤城から参加している佐川大尉の狙いは、最初からエンタープライズだ。撃沈したものとばかり思っていたこの空母が、生きていたとは晴天の霹靂だったが、こんどこそ撃ち漏らすまい。
高角砲の弾幕を抜け、敵艦隊が全速で航行する、そのななめ前方に位置をとる。輪形陣の弱点は、さんざん研究してある。
すなわち、輪形の中は弾幕すさまじいが、外はそれほどでもない。しかも、広い陣形中、同士討ちを恐れて相手直掩機はおらず、空母から離着艦するには、一度対空攻撃を控える必要があり、その時はこちらも好機となる。
「目標、前方フレッチャー級駆逐艦」
雷撃隊から無線が入る。追いついてきた。
「佐川隊、フレッチャー級駆逐艦にトツレ」
雷撃隊とは、すでに話がついていた。
エンタープライズを最終目標に、その手前にいる駆逐艦を雷撃する手はずなのだ。
佐川の任務は駆逐艦への機銃掃射をして、雷撃隊への注目をそらすことにある。砲弾の出所をたしかめ、そこへ二十粍機銃をぶちこむ。
ガガガガガガガガ!
接近し、バンクして上昇する。
駆逐艦を倒していけば、いずれ敵陣に穴が開き、そうなれば空母も狙い撃ちにできる。それはなんども練習してきた攻撃方法でもあった。
旋回してもう一度攻撃しようとした時、雷撃隊から無線が入る。
「西居隊、雷撃をはじめる」
一機が攻撃態勢に入るのが見える。フレッチャー級への雷撃だ。しかし、まだあまりにも砲撃が多い。
(この、慌て者が……)
操縦かんを押し下げ、スロットルレバーを押しこむ。雷撃機の前に割り込んで、相手の注意をひきつける。
雷撃機がそれを察して、すぐに艦隊の進行方向へと水平に移動する。一瞬、敵の攻撃対象から消える。
わざと機銃を撃つ。たちまち、駆逐艦は佐川機へと目標を変え、ものすごい弾幕を放ち始める。
シュンシュン、と、嫌な音を立てて敵の砲弾が佐川機の周囲を飛ぶ。佐川は冷静にコースを見きわめ、早めに離脱する。もう目的は達成できた。
目の端で、さっきの雷撃機を探す。右に旋回してその行方を追うと、水雷を投下するところだった。
(いいぞ!)
雷撃機の胴体下部につけられた巨大な水雷が、ぽん、と放り出されるように海面に投げ込まれる。水雷は雷跡をまっすぐ駆逐艦の進行方向へとのばしていく。
駆逐艦が遠くから放たれた水雷を発見して右へ進路を変更する。減速し、水雷をかわそうと動く。
雷跡はぎりぎりで駆逐艦を逸れた。
共闘を誓った三機の雷撃隊は、残りの二機も攻撃態勢に入っている。ぽんぽん、と連続して駆逐艦に向け水雷を投下する。
同じような雷跡がフレッチャーに伸びていく。
駆逐艦は今度は全速で航行をはじめ、左(取舵)へと航路を変える。しかし時遅く、一本が命中する。
ド―――――ン!
「よしっ!」
水柱があがる。ど真ん中だ。あれでは助かるまい。
(先のはどうなった?!)
先に放たれた二本の雷跡を追う。エンタープライズは?
ふたたび上空に舞う。高角砲の煙幕をすりぬけ、さらに上がる。
段違いに走る白い雷跡が見えた。
相手の艦隊は全速で動き、ほぼ輪形陣が崩れかけていた。
ド―――――――ン!
陣の中央付近で水柱があがる。
エンタープライズではない。しかしどうやら巡洋艦だ。アトランタか?!
輪形陣の中心部を狙うとは言え、敵は常に動いている。狙い通りにはいかないが、それでも交差する水雷をかわすのは無理がある。
他の雷撃隊からも、外からの攻撃をつぎつぎにやり始めた。
(お?)
狙いのエンタープライズに注視すると、なんと艦載機を飛ばしはじめていた。このままだと水雷の餌食と踏み、それならと意を決したか。
佐川は操縦かんを持ち上げ、高度をあげる。
ならば、格闘戦にもちこんでやろう。
輪形陣のど真ん中で、敵機を撃墜するのも一興だ。
「佐川隊、輪形陣に入れ。敵空母の離艦機をゆるすな」
無線を流し、率先して輪形陣の中に入る。どうせ僚機雷撃隊は、もう帰るだけなのだ……。
「駆逐艦撃沈!」
「敵空母に魚雷命中!」
「巡洋艦大破」
順調な戦果の中、敵が航空機を飛ばしはじめたとの報告があがる。
「いよいよ、敵空母はこちらへの攻撃を開始するようですな」
それを受け、おれは参謀に指示を出す。
「敵の攻撃は想定の範囲内だが、つぶしあいはしない。手はず通りにやるぞ」
空母戦はともすればお互いを殲滅しあうだけになってしまう。しかしそれでは物量に勝るアメリカはいいかもしれないが、こちらは困る。
「敵は攻撃を受けている。そんな中、飛ばせても多くて百機だろう。そいつらは一時間もしないうちにこのトラック泊地にやってくる。やつらの狙いはおれたちの攻撃隊を引き上げさせることにある。そこで、掩護のフォーメーションを変更するぞ」
狭い艦橋が静まり返る。みんながおれの命令を待っていた。
「まずは第二次攻撃の爆撃隊と、残りの戦闘機を発艦させろ。攻撃を終えた戦闘機は、弾があるものはこちらの掩護に加われ」
「わかりました」
「もう防御フォーメーションは必要ない。敵のくる方角はわかっている。最低限の艦戦直掩部隊をのぞき、島の前方に集中待機させて迎え撃て。……これは二百対百の戦争だ!」
二百対百。
なんだか弱い者いじめみたいで聞こえは悪いが、事実は事実。
敵を察知し、レーダーと索敵で先に見つけた。輪形陣を予想して、対策を練り、練習も重ねてきた。
結局は準備をしっかりやって、先に敵を見つけた方が優位になるのだ。
「ああ、それとな……」
おれは源田に顔を近づける。
「空母への爆撃はまだ待ってくれ。この分だと、すこし面白いことになりそうだ」
「駆逐艦がつぎつぎにやられています。敵の狙いは駆逐艦です!」
「あれで何隻目だ?」
「九隻です!」
奇襲のはずが、島は万全に近い防衛体制で待ちかまえていた。新型戦闘機もやってきて、落とせるはずの島が落ちない。今朝は五十機もの爆撃隊を送ったが、島に到達したのは数機で、それも向こうの新型戦闘機にやられた。
おまけに今は南雲艦隊が総攻撃をしかけてきている。それも、得体のしれない攻撃方法で、どんどんこちらの防衛艦が削られていくのだ……。
「とにかく相手の居場所はわかってるんだ。雷撃隊を行かせろ。そうすれば敵は戦闘機を引き上げる」
「また、駆逐艦に魚雷が!」
「味方航空機の進行方向を決めて、それ以外にはこ、高角砲で弾幕を……」
「空母ワスプに魚雷命中!」
「く……くそぅ」
スプルーアンスは一晩で十歳も老けた顔になっていた。
いつもご覧いただきありがとうございます。司令官の練度にも差があり、万事順調に見えますが、さてどうなりますやら。 ブックマークを推奨します。 ご感想、ご指摘なども、ございましたら是非よろしくお願いします。とても励みになっています。




