払暁の爆撃隊
●31 払暁の爆撃隊
夜が明けた。雨があがり、雲が去って今朝は嘘のような晴天だ。青とオレンジの海の上、腹をすかせた海鳥たちが、真っ白い翼をのばして海面を飛んでいる。
おれたちの艦隊は昨夜から十二時間ほども航行し、トラック泊地の、目的の海域にあと少しのところまで迫っていた。
各空母の甲板では、発艦命令を待ちかねた艦載機の中で、搭乗員たちが握り飯をあわただしく頬張っている。
電探情報を各艦や周辺基地とやりとりする情報管理班(おれが名づけた)は、入電した情報の整理と分析に多忙を極めていた。
「モートロック守備隊から電探反応あり!」
「反応海域に哨戒機を集中させろとのことです!」
「航空電探が敵影を捕らえました!」
そして……。
「敵艦隊発見!」
その情報は、おれたちがいる会議室にも、ただちにあげられる。
「報告します! 敵艦隊は空母五、巡洋艦四、駆逐艦二十二。輪形陣にて西へ航行中。すでに哨戒隊への攻撃を受けています」
電探通信参謀の小野が読み上げる。
「……んお、来たか!」
おれはうたたねから飛び起きる。
「よし、源田、すぐに第一次攻撃隊を向かわせろ」
「はっ!攻撃隊発艦します!」
かくして、いよいよ決戦の火ぶたが切られた。
「……あいつら、大艦隊だな」
濡れた手ぬぐいで顔を拭きつつ、おれは独りごちた。
ようやく、アメリカ艦隊の全容がわかってきたのだ。
「やっぱかなりの艦隊戦力だな。航空機もおそらくまだ二百機以上が出撃可能な状態なんじゃないか? 舐めちゃいられない」
「そうですね」と源田。
「昨夜三隻を撃沈させたはずですが、それでもこれだけ残っているわけですから、この上、まだ隠し玉がないとも限りません」
「対するわが方は、空母翔鶴、瑞鶴、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、龍驤、の七隻と、戦艦三、巡洋艦二、そして駆逐艦が十七か……」
おれは腕組みをして考える。
これは米空母の撃沈を主目的として戦ってきたおれへのアンチテーゼみたいなもんだ。結果的にこっちには空母が残り、しかし駆逐艦など艦隊決戦に欠かせない護衛船は数が少ない。
「草鹿、ところで、うちの潜水艦隊は今どうしてる?」
「ミッドウェーから南洋に向かわせましたが、まだ到着はしておりません」
「むう……当然、向こうにも潜水艦はいるよな」
「まちがいなく、いるでしょう」
不気味だが、今は警戒機を飛ばすしかない。海軍技術研究所では磁気を使った潜水艦探知および攻撃技術を開発したらしいが、残念ながら艦載には間に合わなかった。
「敵哨戒機が来ました!」
「迎撃機を出せ」
「はっ!」
戦闘はすでに始まっているのだ。悩んでいるヒマはなかった。
「おれは艦橋にもどる」
そう言って、おれは会議室を出た。廊下から鉄の階段をいくつもあがり、たどりついた艦橋の扉を開く。
そこでは、緊張した面持ちの艦長猪口、そして乗組員たちが、例の四角い窓から空を見上げていた。
「見えるか?」
「いえ、敵航空機は前線方向で二十キロ遠方のようです」
「そうか、これだけバラけて移動中だからな。迎撃機は向かったか?」
「空母赤城の戦闘機が発艦しました」
「おお!赤城か」
なんだか、なつかしい気がするな。そういえば、赤城にも長いこと乗ってない。
「おい、トラック泊地をめぐる各艦の配備図を、ここに持って来てくれ」
「はっ!」
若い兵士が海図を持ってやってくる。壁が無いので、中央を貫く太い丸柱の空いているスペースに貼らせる。
そこにはトラック泊地の各島と環礁、そしてその周囲をぐるりと取り囲む、わが艦隊の配備予定が記されてあった。
まずは右下、一番敵艦隊に近いところには最新鋭機を搭載した空母龍驤、そこからトラック泊地を左回りにぐるっと、翔鶴、瑞鶴の新鋭空母、そして赤城、加賀、蒼龍、そして最後が左下の飛龍だ。
戦艦比叡と霧島はそれぞれ右左翼を担う龍驤と飛龍につけ、この武蔵はその中間、そこからややトラック泊地よりの、引っ込んだ海域に鎮座させるつもりだった。ちなみに巡洋艦二隻はトラックの北部を担当する予定の、赤城と加賀に随行している。
「武蔵はあとどれくらいで指定場所につく?」
「一時間ほどです」
「なら、その時はもう戦闘中だな。そこは臨機応変にいこう」
「わかりました」
そうこうするうちに、参謀たちも艦橋にあがってくる。
草鹿、大石、山口、源田と小野、そして……。
「いよいよだな」
おれは村角大五郎に話しかける。
「あ、はい、必ずやりますっ」
今は通信参謀補として見習い中の村角を呼んでいた。なぜなら、彼は今回の輪形陣攻撃戦術の生みの親でもあるからだ。
あいかわらず、痩せぎす眼鏡をきょろつかせている。さすがに、ここでは下着一枚ではなく、少しだぶついた参謀軍装をちゃんと身に着けていた。
「敵哨戒機二機撃墜!」
「おお、もうやったか!やるな赤城」
思わず窓から外を見る。しかしそこからは、なにも見えなかった。
「第一次攻撃隊発艦完了しました。これより攻撃に向かいます」
源田が連絡を受けて言う。
「よし、手はず通り、輪形陣を外から雷撃せよ!」
さあ、いよいよだぞ。
はたして、弾幕の激しい輪形陣の中に入らず、外から雷撃して外壁の駆逐艦と、中央の空母艦隊を同時に狙うという、戦略はうまくいくのか……。
「敵影あり!」
また小野が叫ぶ。
「こんどはどこだ」
「十時の方角、距離一万。……もっとも近いのはこの武蔵です」
「なんだと?」
まずいぞ。
武蔵にも対空兵器はあるが、航空攻撃には弱い。この時代の人間よりも、おれにはその認識が強かった。
「くそっ、雷撃隊か」
「いえ、飛龍直掩機の視認によれば爆撃隊とのことです」
「へ?」
爆撃隊……マジで?
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