青い瞳の戦闘少女
●16 青い瞳の戦闘少女
目のまえに鉄の扉があった。
「こちらです」
案内の兵士は、怖いものが中に潜んでいるかのように、おびえた表情をして立っていた。
おれは開けろ、と目で合図した。
鍵が音高く回され、扉がぎいっと重そうに開かれた。
その部屋はせまく、天井から小さな裸電球がひとつさげられていて、薄暗かった。
部屋のまんなかの木の椅子に、後ろ手に縛られた、軍服の少女がすわっていて、ものすごく挑戦的な目つきでおれをにらみつけていた。
「そこで待ってて」
「は!」
おれは警戒しつつ、そっと中に入った。
後ろ手に扉を閉める。金属の大きな音が響いた。
おれは少女を見つめた。
見たところ身長は百四十センチくらい。十二、三歳てところだろう。ややくせのあるセミロングの金髪、青い目、米軍海兵隊飛行士のつなぎにマフラー、顔にはそばかすがあってクロエ・グレース・モレッツにちょっと似ている。ほんの少し東洋的な感じがするのは、左の瞳だけがわずかに黒みがかっているせいか……。
「日本語は……通じるわけないよな」
ちょっとうつむきかげんで、身じろぎもせず、おれを敵意むき出しのきつい目つきで睨んでいる。
女の子にこれほどの敵意で睨まれたことはなく、たじろぐほかなかった。さっきの兵士がおびえた表情していたのも、この少女の放つ、謎の気迫のせいかもしれないね。
「キミ、名前は?……え~と、What is your name?」
だめか……。
けっこう流ちょうな発音だと思うんだけどな。
「……」
少女は反抗的な目のままだ。
「How do you dou miss・・・Beautiful(はじめまして美人さん)」
にこりと笑ってみる。
だめっぽいので今度はおどけて、
「Oh Scary.Please don‘t look at me(おおこわい。そんなに見ないで)」
と、肩をすくめてみたが、やっぱりなんの反応もしない。
残念ながらこれ以上の英語スキルは無いし、そもそも今の英語がわからないはずはないと思うので、わざとしゃべらないのか、それとも別の国の人間なのか?
う~ん、まいったなこりゃ。やっぱちゃんと通訳いれて、じっくり尋問するしかないのかな……?
どうせ通じないなら、なんとか親愛の情だけでも感じ取ってもらおうと、日本語のまま話しかけてみる。
「自己紹介しよう。おれの名前は南雲忠一、この艦隊の司令長官だ。こう見えても、中身は民主主義で育った好青年なんだぞ」
「だから安心していいよ。キミを殺したり拷問したりしない。おれはキミの国もいい国だと思うし、野球やプロレスや格闘技が大好きだ。それにロックンロールやヒップホップもね。最近じゃエラ・メイや、あ、もちろんレディー・ガガは最高だな」
怖がらせないよう、できるだけにこやかに話しをする。
「さてさて、困ったな。そもそもキミはどうして戦闘服なんか着てるんだい?ああそうか、その服が気に入ってるんだね。うん、なかなかよく似合ってるよ。おれはどっちかってえと、ドレスの方がいいかも。でも、うん、それも悪くない。というかかっこいいよね。ところで、なんで戦闘機に乗ってたの?そうだ、あててみようか。もしかしてお父さんが操縦してたとか?キミはきっとお父さんが大好きで、お母さんにないしょでついてきちゃったんだ」
「……」
でも、やっぱりなにも答えない。
あいかわらず、鋭い目線をおれに向けているだけだ。
戦闘機を撃墜させた敵の船に掴まってるわけだから、そりゃ恨みにも思うだろうけど、それにしても、この敵意はなんなんだ。
ちっとはおどおどしたり、いや、泣いたってぜんぜんおかしくない状況と年齢なのに、この少女は今にもつかみかかりそうな激しい憎悪だけをこのおれにぶつけてくる。
「Don‘t worry.We Will not bully you.(心配しないで。われわれはキミをいじめたりしないよ)」
「……」
だめだ、反応がない。
いくら英語がわからなくても、ちょっとぐらい反応しろよ。
こっちはきちんと人間として扱ってるんだぞ。
だんだん腹が立ってきた。
「もしかして、バカなのかもしれんな……」
思わずひとりごちた。
「バカとはなんだ!キサマのような劣等人種が笑わせるな」
「……?!」
……。
なんだ?今のは?
おれは驚いて少女を見た。
今、この部屋には少女とおれしかいない。
声を出したのはたしかにこの少女だ。
「キミ、日本語ができるのか……」
「ふん、ワタシの父親は日本人だからな。だがこれだけは言っておく。ワタシはれっきとしたアメリカ人だ。同族と思うなよ」
「じゃ、じゃあ、飛行機はお父さんが操縦をしてたんじゃなかったのか……?」
「キサマに言っておくが……」
おいおい、なんでそんなに偉そうなんだ。
「第一に父は本国にいる。第二にこの制服は決められているから着ているだけだ。そして第三にワタシは十七歳だオロカモノ」
「な、なんだとお?!」
あらためて少女を見る。この身体の小さな、どうみても小学生のような少女が、十七歳だというのか?
「ああ!」
おれは決定的にまちがっていた。
この少女が、F4Fワイルドキャットの飛行士そのひとなのだ。
「そうか!キミはパイロットなんだな?アメリカのこの時代にも、女性飛行士がいたとは!」
「ふん、やっとわかったか」
少女はうっすらと口の端をゆがめた。
「ううむ、それにしても、十七歳で軍隊とは……」
「わがアメリカ軍は保護者の承諾があれば十七で入隊できる」
そ、そうなんだ……知らなかった。
「びっくりしたなあ……キミももしかして転生キャラか?」
「どういう意味だ?」
うん、違うみたい。
おれはどう説明していいものやらわからず、黙った。
「き、貴官の氏名を伺いたい」
ちょっとばかり敬意を表してみる。
「ジョセフィン・マイヤーズ、捕虜にするなら、名前は正確に記録しておけ」
「わかった、ちゃんと記録するよジョシー。とにかく生きて救助できたのはキミだけらしい。君はラッキーだった」
「別によくはないな」
吐き出すように言う。
「キサマらにパールハーバーの仕返しができなかった。実にザンネンだ」
「いや、それについては悪かったよ」
「悪かっただと?」
ジョシーがギロリとにらむ。
「あんなモールスひとつで何千人も殺しておいて、その言い草かっ!?民間人だって避難しきれなかったんだぞ」
おれはしばらく考え、やがてぽつりと言った。
「仕方なかったんだ。真珠湾攻撃はもう決められていた。おれがモールスで危険を知らせなきゃ、もっと不意打ちになって、君んところの被害だって、ずっと大きかった」
「詭弁を言うな南雲忠一」
あざ笑うように肩をゆする。さっき聞いたおれの名前を正確に覚えているあたり、記憶力はばつぐんにいいらしい。
「キサマ、ワタシを年下だと思ってナメているな?ワタシは階級もファーストで、知能はビネー・シモン検査で百六十の天才なんだぞ。操縦も戦略も、誰もワタシにはかなわないのだ!」
うん、でも性格はきついよね……。
「それってIQのことか?だったら、百六十ってアラン・チューリングなみの天才じゃないか」
本気で驚いた。
嘘か誠か、とにかく目の前の女の子が、大天才で、しかもどういう理由でか、この戦闘に参加していた事実だけは、なんとか理解した。
ジョシーは不愉快そうな顔をしたまま、頬をちょっとひくつかせている。
「頭脳明晰なら、おれの言うこともわかるだろう?」
「……」
「まず、おれは戦争が好きなわけじゃない。でも、おれがやらなければ、日本はこの戦争に負けてしまう。もしかすると、四百万人もの犠牲者を出して、原子爆弾も落とされて、無条件降伏して、めちゃくちゃになるかもしれないんだ。それにアメリカだって相応の犠牲を出すだろう。だからおれの目的は、世界をすこしはマシな未来にしたい。ただそれだけさ」
「たわごとはそれくらいにしろ」
「本当のことなんだ。おれは戦争でアメリカ人を殺したいわけじゃなく、なんとか早く終わらせて、世界を平和にしたいんだよ」
おれはため息をついた。
「ところで、きみはどうしてパイロットに?」
「かわいがってくれた叔父がヨーロッパ戦線で死んでな。飛び級でハイスクールを卒業したワタシが、かたきをとることにした」
「ほう」
見るかぎり、この可愛い女の子が、正式な米軍のパイロットとは信じがたいが、自分のIQが百六十なんてホラをふく奴はそういないだろうし、日本語を器用にあやつり、話す内容が大人びていることも、また事実だった。
おれはふと、ジョシーの顔に流れる汗に気づいた。
戦闘機で戦い、海に落とされ救助されたんだから、かなり疲れているはずだ。これ以上、あまり長く話すのはよくないだろう。
「叔父さんのことはお悔やみ申しあげるよジョシー。とにかく今は身体を休めて快復につとめてほしい。着がえと食事を用意させる」
「待て!」
「……?」
「キサマ、つくづくオロカモノだな、このワタシへの軍事尋問をなぜしない。こちらの空母の位置、艦隊兵力、作戦……」
「訊けば答えるのか?」
「ことわる!拷問するなら舌を噛むまで」
「なら訊くなよ。まあそういうことだ」
笑いながらロープを緩めてやった。
「……」
おれは扉を開け、兵士を呼んだ。
「おい、看護婦の比奈さんを呼んでくれないか。彼女の力が必要だ」
「わかりました!」
オレはジョシーを振りかえり、
「あ、今の会話はみんなにナイショな。ここの兵士たちは純粋に国を愛している」
と、ウィンクして言った。
比奈さんはすぐにやってきた。
今までも寝ずに負傷兵の世話をしていたろうに、白衣をきちんと着て、疲れた様子は見せなかった。
「お呼びでしょうか長官……?」
「比奈さん、つかれているのに悪いね、ちょっとこの子の面倒見てもらいたいんだ」
「あら?外国の女の子ですの?」
兵士が明けた扉をくぐり、部屋に入ってきた比奈さんが、金髪のジョシーを見て驚いている。
ジョシーもさっきよりは、ほんの少しだけ柔らかな表情になった気がする。縛られていた手をさすり、血を通わせている。
「女の子じゃない。海上で救出した敵のパイロットさんだよ。階級も一等曹長、すごいんだぞ。こう見えても十七歳の天才なんだそうだ。お客さんだと思って、なにかに着替えていただき、食事をしてもらってくれないか」
「は、はい」
「くれぐれも失礼のないように……あ、それと」
「はい?」
「この子、日本語しゃべれるよ」
「ええ?!」
ジョシーがにやりと笑った。
「疲れているところすまない、比奈」
驚愕で口をあんぐり開けている比奈さんにジョシーをあずけ、おれは部屋を出た。まったく、長い、長い、一日だ……。




